6話
「まさか、このまま帰ろうとか、思ってないよねぇ?」
「いっ、いやあ?」
思ってました。
はやく帰りたいデス⋯⋯。
俺が思いっきり目を泳がせると、エルはあきれてため息をついた。
「コアが原因でこんなことになってるんだから、まずアドニスを追いかけなきゃでしょ」
「なんでだ。俺が原因ってわけじゃないだろ」
「いーや、コアだよ。僕もコアがハルマを助けたのはいいと思ってるよ。それは間違いない。だけど、アドニスはコアに怒ってた」
「俺は悪くない。アドニスが勝手に⋯⋯」
「コアの大事な日常が、壊れるかもしれない」
淡々と俺の言葉をさえぎったハルマは、静かに俺を見つめていた。
「みんなと過ごすのが楽しいって言ってたよな」
「「えっ」」
思わずといったふうにもれた声は、アルトとセピアだ。
⋯⋯なんだよ。おかしいかよ。
俺がキッとにらみつけると、彼女らは慌てて口に手を当てる。
「で、そのみんなには、アドニスも入ってるんだろ」
「ああ」
「このままだとアドニス、帰ってこないぞ」
「⋯⋯は? なんで?」
俺が眉をよせると、ハルマはあきらめたように、スンと目をすわらせた。
「おい、その目やめろよ」
もう手遅れだ、みたいな、見放した目。
俺、そんなにヘンなこと言ったか?
明日も学校あるし、そのときに会えるだろ。
「あんなこと言って、戻ってこれると思う?」
エルが見かねたように助け舟を出す。
あんなこと⋯⋯って、劣等クラスが疎まれてるって言ったことか?
でもそんなの、前から言われてることなんだろ。
今さら気にすることでも⋯⋯。
「⋯⋯あー、そういうことか⋯⋯」
「遅いな」
「うるさい」
まだ嗚咽を上げてうずくまってるレイラ。
アドニスは心配だって言ってたけど、それは俺のことが心配なんじゃない。
ハルマの家が妖倒士長に厚意にされてるから、俺がハルマの兄に手を出したことで、追放やらなんやらってされないか心配なんだ。
教室を逃げるように出ていったのだって、自分の「優しいお兄さん」なイメージが崩れたと思ったからか?
⋯⋯くだらないな。
俺は初めからアドニスがうさんくさいと思ってたし、妖倒士長のお気に入りだからってなんだ。
それがアドニスの本性なんだろ。
嘘の仮面でとりつくろったって、いつか必ずボロが出るものだし。
でも⋯⋯そうだな。
アルトもセピアもショックそうだし、レイラにいたっては泣かせてる。
戻りづらいかもな。
「じゃあ、分かったなら行くよ。僕もついてってあげるから」
「えぇ⋯⋯。結局俺ぇ⋯⋯?」
「ああ。俺らよりつき合いの短いコアたちのほうが、アドニスも本音を出しやすいだろ」
「そんなことないと思うけどな⋯⋯」
「つべこべ言わないの。行くよ」
メンドくさいなあ。
帰りたい⋯⋯。
そんな俺の思いもむなしく、エルに引きずられるようにして、教室の扉へと連行される。
「なあ。けっこう時間経ってるし、もう家に帰ってるって可能性は⋯⋯」
「ないと思うよー。アドニスは家族に心配とかかけたくないタイプだし」
「ななな何があっても、同じ時間に帰ってりゅから⋯⋯!」
「ソーデスカ」
食い下がる俺に、アルトとセピアの援護射撃が命中する。
くそっ、ダメか⋯⋯!
「あきらめろ。みんなで、この先も過ごしたいならな」
嫌な言い方するな⋯⋯。
これで俺が行かなかったら、アドニスはどうでもいいと思ってることになる。
そんなことは、絶対にない。
一人でも欠けたらダメだ。
俺がそう思ってるのを知ってて、弱いところをついてきたんだ。
行くしかない、か。
「俺、行くよ。アドニスつれ戻してくる」
俺が自分の足で立つと、エルはぱっと手を離す。
⋯⋯問題は、どこにいるか、だよなあ。
エルのわきを通って、扉の取手に手をかけ、向こう側へおし出す。
「ガアッ」
「うぉっ!?」
扉を開けた瞬間、目の前に焦げ茶の毛むくじゃらの腕が迫ってきて、とっさにのけぞる。
そのまま床に手をつくと、けり上げた足で腕を挟んで一回転。
ダンッと床にたたきつけ、俺は素早く魔力でソレをおさえこむ。
「⋯⋯妖?」
「みたいだねぇ」
エルが膝に手をついて、隣からのぞきこんでくる。
猿みたいな長い手足に、球体の胴。
腕四本に足二本の、明らかに異様なソレは、よく見る典型的な人食い妖だ。
この山だと妖って、訓練場にしか出ないんじゃなかったか?
それとも、今日は臨時で訓練があったとか⋯⋯。
アルトたちのほうを見ると、ハルマは片眉を上げただけで、特に反応ナシ。
泣き疲れたらしいレイラを抱えた二人は、首がもげそうなくらい全力で首を横に振っていた。
おびえきった表情で、今にもへたりこみそうなくらい足が震えてる。
あー⋯⋯そうか。
訓練場には、基本的に獣型かそれに似た下級の妖しかいないもんな。
異形の妖は慣れるまで恐怖心がつきまとうって話だし⋯⋯はやく水晶にするか。
魔力の刃を妖の首に当てたときだった。
「あー、ストップストップー」
パンパンッと手をたたく音がして、俺は肩ごしに振り返る。
開け放たれた扉からゆったりと歩いてきたのは、砂色の髪の男の人だ。
アルトより少しだけ高い身長で、女性と間違えそうなくらい華奢な体格。
王子様みたいな甘い顔立ちで、左目の下に泣きぼくろがある。
「悪いね。少し試させてもらったんだ」
「⋯⋯お前、誰?」
「おっと失礼。名乗っていなかったね」
間合いに入る前にエルが牽制し、彼は手を上げて足を止める。
どことなくアドニスに似てるな。
うさんくさいところが。
「私はアネモス。三年十組のリーダー⋯⋯だから、十組の総リーダーになるのかな」




