3話
「やめ⋯⋯っ! ぐっ⋯⋯!」
アレは⋯⋯ハルマ?
先に行ってたはずなのに、米粒だった位置から変わってない?
待っててくれたにしては、フラついてて様子がおかしいし⋯⋯。
ハルマのすぐ隣の木の陰に、ちらちらと赤い炎が揺れる。
「奥に何か⋯⋯」
「これはマズいねぇ。能力使ってる」
「は? ハルマに?」
「うん」
どういうことだ?
なんで?
「妖倒士同士での戦いは、許可をとらないとダメだって⋯⋯」
「バレなきゃいーんだよ! 俺は、」
ゲスで聞き心地が最高に悪い声が響く。
「この、オブツの兄貴だからなあ!」
それを聞いた瞬間、頭がサアッと冷えた。
「あっコア!」
走り出す勢いでエルの手を振り払い、刃状にした魔力を水平に一閃する。
ぐんっと一気に加速してとび上がると、木が倒れて開けた視界に、まだハルマを向いている人たちが現れる。
一、二⋯⋯三人か。
主犯とその取り巻き。大したことないな。
今やっと顔を向けようとしてる時点で、遅い。弱い。
俺は、方向転換用の魔力の壁を作ると、膝をバネにして、取り巻き二人を足場にけり倒す。
「へっ?」
高くとび上がった俺は、空中で一回転して、首に回しげりを命中させてやった。
布きれのように吹っとんだ主犯は、木にぶつかってズリ落ちる。
俺はソイツの正面まで一歩でつめると、胸ぐらをつかみ上げる。
「おい。もっかい言ってみろ」
「は、ハア? 何を? てか、キサマは誰なんだ。この俺に許可なく話しかけるなど⋯⋯」
「うるさい! もう一回言えって言ってるんだ!」
つかんだ手を乱暴に揺さぶると、彼はおびえたように唇をわななかせた。
それでもプライドを守るためか、引きつった笑みを浮かべる。
「ぁ⋯⋯アイツがどんなものか知らないのか? 憎き妖の血を引く半妖だぞ!? 俺はその兄で、オブツだと、事実を言ったまで⋯⋯ヒッ」
腹の底が煮えくり返って、朝食ったご飯が胸のあたりに感じられる。
そのせいか、動悸もはやくなって、いくら息を吸っても苦しい。
わあわあわめいてる気がするけど、その表情、声、動きまでもが全て、胸の不愉快なところをなでて回って、カッと頭に血がのぼる。
あーもういいや。
コイツは、害だ。
パシッ!
「ハルマ⋯⋯?」
「ソレはもういい。行くぞ、アドニスたちが待ってる」
つかみ上げていた手をほどかれ、その逆の手首を引っぱられる。
その包みこむような重低音に、ハッと我に返った。
⋯⋯俺、今、アイツをたたこうとしてた?
刃状の魔力を握って?
それって、最悪大ケガじゃすまないぞ⋯⋯!?
記憶があいまいだけど、あのときたしかに、消してしまおうと思った。
明確な殺意ではないけど、たしかに。
俺はあのとき、何もしてない人間を手にかけようとしたんだ⋯⋯!
「ぃ⋯⋯っ!」
しばらく歩いた後に、ハルマが左肩をおさえてうずくまった。
「大丈⋯⋯っ」
声をかけようと手を伸ばした俺は、とっさに引っこめる。
無自覚。そう、無自覚だ。
あのとき自分で、何をしようとしたのか分かってなかった。
それってつまり、人間を殺すことが、呼吸と同じ感覚になってたってことだ。
そんな⋯⋯そんなの、化け物じゃないか⋯⋯!
自覚すると一気に自分自身が怖くなって、ギュッと腕で体を抱きしめる。
と、誰かがそっと俺の頬をなでた。
「コアは悪くない。俺がアイツに攻撃されてたから、助けにきてくれたんだよな。コアは、俺を守ってくれたんだ」
ハルマはぎこちない笑みを浮かべ、手を離す。
少し迷うように瞳を揺らすと、おそるおそる俺の頭に手を置いた。
「コアは優しい。だから、自分を責めないでくれ」
俺をはげましてくれてるはずなのに、どこか痛々しい表情で、俺は言葉を失う。
自分で言ったことが、ブーメランで返ってきて、それを必死に見せまいとしてるみたいな。
どうして、そんな表情を⋯⋯。
「⋯⋯俺が言えた話では、ないかもしれないが。俺は、新しい環境で楽しむんだって決めてる。半妖でも、みんなと同じ心を持ってるから」
ハルマはわずかにくちびるをかみ、手を膝に戻す。
一度視線を地面に落とすと、真剣な瞳で俺を見つめた。
「死なない。ちゃんと生きる。だから⋯⋯コアも俺を信じてほしい」
有無を言わせぬ迫力。
けど、一切のくもりのない純粋な、ハルマの目。
驚きもしないし、不安も晴れた。
なんでだろうな。
底が見えないガケのふちを走ってるみたいに、怖くてしかたがなかったのに。
ハルマの目を見たら、そんなの風にさらわれていった。
「俺も、ごめん。つい、なんか心配になっちゃって⋯⋯。うん、そうだな。信じるよ」
「ありがと。⋯⋯でも、あとはアレだな。仮面とったことくらい、気づいてほしいな」
「お前、根に持つのな⋯⋯。家でつけてなかったから、そっちで慣れちゃったんだよ」
「二週間も気づかないのはおかしいだろ」
「ごめんって。俺、そういうのよく分からないから⋯⋯」
「おアツいところ申しわけないんだけど」
俺が頬をかくと、エルが近くの木の影からひょっこり顔を出した。
「今さぁ、もう九時回ってるんだよね」
ちょいちょいと、親指でエルが校舎をさす。
え⋯⋯九時って、集合の三十分遅れじゃん。
俺らはいつも、五分前にはつくように家を出てる。
あんなヤツらのせいで、大遅刻だ⋯⋯!?
「はやく行くよ」
「ああ分かった。けど⋯⋯ハルマ、肩、大丈夫か? 痛いんだろ。保健室行って⋯⋯」
俺がさし出した手をとって、ハルマが立ち上がる。
「大丈夫だ。これくらい、明日には治ってる」
パンパンッと、膝の土を手で払ったハルマは、心配させないようにか、さっと身をひるがえして走っていった。
ムリ、してるよな。
急にうずくまるくらいなのに、大丈夫なわけがない。
なんでムリする必要があるんだ?
痛いなら、安静にしてればいいだろ。
エルが手をたたいて、俺の意識を戻す。
「ボーッとしてないでよ。楽しいんでしょ、学校。なら、遅刻なんてしてる場合じゃないんだから」
「っ!? べっ、別に、学校が楽しいわけじゃ⋯⋯!」
「はいはい。行くよー」
反論しようと口を開いた俺を抱えて、エルがぐっと膝を沈める。
おろせ、と言うよりはやく、エルが地面をけり、一面が筆を引いたように緑と焦げ茶に染まった。
肌をそぐような冷たい風が頬をなで、俺は反射的にマフラーに顔をうずめる。
一瞬にして廃れた倉庫の前に着地すると、エルは俺をおろした。
「他にもやり方、あると思うんだけど」
「これが一番速いんだよ。まだまだ抱えやすいし」
「な⋯⋯っ!? 俺が小さいって言いたいのか!?」
「違う違う。まだ僕のほうが大きい、って⋯⋯」
「それ俺が小さいって言って⋯⋯んぐっ。どうした、エル。急に止まって⋯⋯」
エルが扉を開けて、目を丸くして固まる。
急に止まるなよ、鼻ぶつけたじゃん。
ムッとして、エルの体のすき間から中をのぞいた俺も、思わず口を開ける。




