11話
⋯⋯ウソじゃないの、本当は分かってるんだ。
ハルマの左胸に小さくあいた赤い穴。
そこから、水たまりが広がるみたいに、鉄臭い血が流れ出ている。
安らかに閉じられた目は、満足そうで、俺は魂がぬけたみたいにボーッと見てることしかできない。
⋯⋯どうしてこうなった。
ハルマは強いから、理不尽な暴力にも耐えてきた。
⋯⋯いや、耐えれてしまった。
でも、ハルマは強いから、いつか俺を助けてくれたみたいに、これからたくさんの人を救えたはずだ。
ケジメつけるってハルマは言ったけど、そもそも、そうなった原因は周囲の人間にある。
半妖だからなんだっていうんだ。
人間と妖の間に生まれてきただけだろ。
同じ生き物として、かわりはない。
プラスに捉えて、ハルマを受け入れてやることはできなかったのかよ⋯⋯!
「いてっ!」
小石みたいな何かが、弾丸みたいな勢いでぶつかってきて、無防備だった俺は、こらえきれずに後ろに倒れる。
⋯⋯って、すぐ後ろ大穴!?
慌てて魔力で支え、落ちるのを回避する。
「コア」
優しく包みこむような重低音に、ドクンッと心臓がはねた。
⋯⋯まさか、いや、そんなこと⋯⋯っ!
そんなはずないと思いながらも、体は急ぐようにバッととび起きる。
「ハルマ⋯⋯っ!?」
「ああ、俺だ」
慣れないように、ぎこちなくほほえむハルマ。
何事もなかったかのように上半身を起こしたハルマの手には、スズメくらいの大きさの白い小鳥が、ぐったりと寝そべっている。
⋯⋯ショックすぎて、俺、夢でも見てる?
ギュッと頬をつねってみると、ちゃんと痛かった。
現実だ⋯⋯!
喉がキュッとしまって、目の奥が熱くなったときだった。
「⋯⋯なぁんてな」
もてあそぶような声色に、ゾッと全身に鳥肌が立った。
ハルマにとびついて、小鳥――ディルを奪うと、そのままの勢いで、二、三歩とび退く。
コイツ、ハルマじゃない⋯⋯!?
「ガンマ、あたしの宝物を壊したら、今度こそ冥界に送るからねー」
「わーってるよ。ったく、面倒な制約つけやがって⋯⋯こんなん、まともに戦えねー」
聞き覚えのある声にバッと振り返ると、長い赤髪を揺らしながら、小柄な少女が歩いてきていた。
「アルファ⋯⋯!?」
「久しぶり、コア! 会いたかったよー!」
「うおぁっ!?」
アルファは、抱えていた黒猫をぽいっと放り投げると、まばたきの間に俺の首に腕を回した。
速⋯⋯!?
しかもなんか、重い⋯⋯っ!
俺は、受け止めきれずに後ろに倒れ、ゴンッとコンクリの地面に頭を打つ。
「〜〜〜〜っ!」
「あ、人間てトロいんだった。ごめんね?」
「お前⋯⋯!」
「えーっと⋯⋯あった! コレで許して?」
アルファは俺に馬のりになったまま、液体状のナニカを俺の顔面にぶっかける。
「ゲェホッ! ゴホゴホ⋯⋯ッ!」
とっさに魔力で守れたのは、目と鼻のまわりだけ。
他はびしょぬれで、口や耳に液体が流れこんで、おぼれたかのような錯覚を覚える。
アルファのヤツ⋯⋯!
絶対許さない⋯⋯!
「おい俺様をムシすんなよ」
「あっ、ちょっと⋯⋯!」
アルファの肩をおして、俺の胸ぐらをつかみ上げたのは、ハルマの姿をしたガンマだ。
同じ顔なのに、似ても似つかない表情と雰囲気に、俺はカッとなってガンマの腕をつかんだ。
「⋯⋯いいのか? コイツの腕がぶっ壊れるぞ?」
「ハルマを返せ」
「あーあー、怖いねえ。俺様がいなきゃ死んでたんだぞ、コイツ。ま、息子のためだ。別にいーけどな」
「っ! お前が親を語るな!」
俺がたたきつけるように叫ぶと、ガンマはひるんだように一歩下がる。
体が熱い。頭が冷たい。
ハルマが今まで耐えてきたこと、コイツは知らないだろ。
親のくせして、守ってやろうともしなかったのに、何が今さら息子だ。
親面する権利なんてない!
「⋯⋯すっげー圧。妖力と魔力が合わさってんのか?」
「どうでもいい。失せろ」
「だってよ、アルファ。はやめに入れ物、頼むぜ」
「はいはい。いい子にしてたらねー」
ガンマは、アルファの言葉にふっと目を細めると、気を失ったみたいに俺のほうに倒れこんできた。
慌てて受け止めると、ガンマはすーすーと寝息を立てて眠ってしまった。
コイツ⋯⋯! 人の体で⋯⋯っ!
ハルマじゃなかったらスルーしてるのに!
フーッフーッと息荒く、空想の中でガンマをボコボコにしていると、アルファが横からガンマをのぞきこんできた。
「⋯⋯うん。妖から半妖に戻っても、問題なさそうだね」
「妖? どういうことだ。ハルマに何をした?」
「おー⋯⋯。そんなに怖い顔しないでよ、コア。今は一時的に妖力を多くして、妖よりにしただけだって。ほら、その半妖⋯⋯」
「ハルマだ」
「え? あー、そう。ハルマね。ハルマの傷、なくなってるでしょ?」
言われてハルマの背中を見ると、さっきは一向に治る気配がなかった貫通の傷が、キレイさっぱりなくなっていた。
でもなんで⋯⋯?
「いやー、ラムダから連絡がきたときはビックリしたよー。ガンマの妖力を増幅させることはできるかって、ガンマはあたしが七柱の儀式のときに倒したんだし、その必要が分かんなくてさー。⋯⋯でも、今なら、それ以外に方法がなかったって分かる。ガンマの回復力に頼るしかなかったって。ガンマはホントにタフネスだからねー」
黙らせるのに苦労したもんだ、とつぶやいて、アルファが懐かしそうに目を細める。
⋯⋯アルファは、珍しいモノ以外に興味がないって言ってたけど、ちゃんと覚えてることは覚えてるんだな。
たしかに、ハルマの回復スピードは異常だった。
妖であるエルとディルだって、もっと時間がかかる。
アレは、妖の体質を受けついでるからじゃなくて、ガンマのだったのか。
でもだからって、死んだ後の回復は⋯⋯。
そう考えて、俺はハッと息をのんだ。




