10話
「なあハルマ。俺、思うんだけど」
ハルマのつむじを見ながら、なんて言ったらハルマに響くだろうって考える。
生きててほしい。それは俺の願い。
本当な死にたくないんだろ。これは死に希望を感じてる時点で却下。
⋯⋯あーもうっ、思いつかない⋯⋯!
「⋯⋯なんだ?」
「あー⋯⋯その、あれだ⋯⋯」
ふと、ハルマと過ごした日々が頭の中に流れる。
「俺さ、ハルマと過ごしてると、すごい楽しいっていうか、あったかい気持ちになるんだよ」
「たの、しい⋯⋯?」
「そう。だから俺は、これからもハルマと一緒にいたいし、遊んでほしい。死んだらできないだろ」
「⋯⋯」
おっ、ちょっと思うところでもあったか?
でも、どこにだ? 全く分からない⋯⋯。
「⋯⋯俺は、生まれた瞬間から、暴力を受けて生きてきた」
なんの前触れもなく、ハルマがポツリと話し出した。
「俺は半妖だから死ななかったが、鎖につながれて一週間殴られ続けたり、四肢を切断されたり⋯⋯。それを見て、みんな笑ってた。あわれんだりとかもなくて、みんな。死ななかったが、すごく痛かった。意識がとんでも。殴られ続けたり切られたりしてて、俺だからいいって、たぶん思ってたんだと思う。⋯⋯でも、俺だってアイツらとかわらない。半妖ってだけ。ちゃんと、同じ心は持ってるんだ」
「⋯⋯ヒドいな。逃げたりはしなかったのか」
「物心つくまでに慣れたみたいでな。もう、そんな気力なかった。どうでもよかった」
「そうか」
無気力に口を動かすハルマを見てると、辛かったな、なんて軽い言葉はかけられなかった。
たしかに、人間からして妖は敵だし、許せない存在なのかもしれない。
でも、だからって、生まれてきたハルマにはなんの罪もない。
ハルマが人を殺したか?
何か害を与えたか?
⋯⋯否。ないだろ。
親も周りの人間も、どうしてハルマを一人の人間として見てやれなかったんだ。
どうして、生まれてきたことを後悔するようなことをするんだ。
どうして、そんな線引きばかり好むんだ⋯⋯!
「今でもずっとなんだ。家にいれば、もう後戻りできなくなる気がして。でも⋯⋯そうだな。俺も、コアたちといると気が楽だった」
「⋯⋯なあ。じゃあさ、俺ん家にこいよ!」
「っ!?」
気づけば、そんな言葉が口をついていた。
生きててほしいっていっても、このままじゃハルマが辛いだけ。そんなの無責任だ。
ハルマはぎこちない動きで俺を見上げると、ワナワナと口を震わせた。
「コア⋯⋯自分が何言ってるのか、分かってるのか!? コアの家の人にも迷惑がかかるし、それに⋯⋯」
「何言ってるんだ? そんなに気にするなら、家で仕事すればいいし、俺は報酬もらってるから、金もある。ハルマはもう一人じゃないんだから、俺を頼ってもいいんだ。な? 名案だろ?」
⋯⋯まあ、嫌がっても連行するつもりだけど。約束だし。
俺がニッと笑ってみせると、ハルマはあっけにとられたように口を開いた。
「よしっ。じゃあ決定な! エルとディルを回収して、帰⋯⋯」
「ムリだ」
声が出ないハルマを、勝手に肯定と受けとり、俺が立ち上がったときだった。
けげんに思って見下ろしたハルマの瞳は、穏やかだったけど、俺はすごく嫌な予感がした。
「⋯⋯まさか!」
耳をすますと、かすかにピッピッと単調な電子音が聞こえ、俺はバッとハルマの肩をつかむ。
「すぐに止めるんだ! さっきだって、プログラムをイジったんだろ!? だったら、止めることだって⋯⋯!」
「できない。俺は、戻ることなんて考えてなかったから、もう変更できないようにしてた」
「そん、な⋯⋯っ!」
止められない⋯⋯!?
「⋯⋯まだ! まだ何か方法があるはずだ! えと、爆発処理班を向かわせるとか!」
「ムリ。もうあと、四分」
「ディルにウイルス入れてもらうとか!」
「体の一部とはいえ、機械だぞ? 物理的なウイルスじゃムリだろ」
「じゃあ⋯⋯!」
「コア。もういい。十分⋯⋯」
「ダメだ!」
俺の必死の形相に、ハルマはなぜか、嬉しいような寂しいような、複雑な表情でほほえむ。
やっと⋯⋯やっと解決しそうだったのに⋯⋯!
ハルマは死ぬ気だ。爆弾を止めるために。
なんでハルマが死なないといけない?
ハルマが、何したっていうんだ⋯⋯!
「コア、笑って。俺、一回も見たことないから」
「ムリだ⋯⋯! まだあきらめるなよ!」
「俺が始めたことだ。ケジメはつける」
「ダメだ。そんなの、俺が許さない」
「悪いな。でも、嬉しかった。俺のために必死になってくれて」
「やめろって⋯⋯! 俺、勝負に勝っただろ!」
「⋯⋯悪い」
「謝るなら約束守れよ⋯⋯!」
心臓が痛い。呼吸が苦しい。
分かってるんだ、打つ手がないことくらい。
分かってるけど、認めたくない。
もう、大切な人を失いたくない⋯⋯!
「俺な、妖力も魔力も使えるようになったときから、本当は自分で死ねたんだ。でも、しなかった。なぜかどうしても、コアに殺してほしかったんだ。⋯⋯コアのおかげで俺、今すごい気分がいい」
「っ!」
俺は今、自分がどうな顔してるか分からない。
いや、そんなことどうでもいい。
鼻がつんと刺されたみたいに痛くて、視界が膜をはったようにボヤける。
「ありがとう、コア」
ハルマの手が、俺の頰をなでるように滑る。
そして、ごく自然な動きで俺の足元に移動する。
「貫通」
俺の足元に大穴があき、予想外の出来事に、俺は一瞬思考が止まった。
数十メートル落ちてから、魔力の足場を作って上にとび上がる。
まさかこれ、俺に死ぬ瞬間を見せないため⋯⋯!?
そんなことまですると思わなかった⋯⋯!
「⋯⋯はる、ま⋯⋯?」
ハルマのすぐ横に着地した俺は、目の前の光景が信じられなかった。
⋯⋯信じたくなかった。
脳がギュッと圧縮されたみたいに、何も考えられない。
地面の感覚すらもあやしくて、どこか意識がフワフワしてる。
まるで、夢を見てるみたいだ。
「ウソ、だよな。な、ハルマ。ハルマってば⋯⋯!」
俺はすとんとへたりこんで、ボウゼンとつぶやく。
⋯⋯ウソじゃないの、本当は分かってるんだ。




