5話
足早に部屋から出ていったエルを追い、俺はリビングにあるソファに腰を下ろした。
「今回は長くなりそうだな。この前にも、何回かあったっけ」
「そうだね⋯⋯って、この前? 僕がコアの使い魔になってからは、初めてだと思うけど⋯⋯」
エルがソファに少年を寝かせ、けげんそうに俺を見る。
そうだったか⋯⋯? でも、たしかに何回か任務が長引いて、朝を迎えることだって⋯⋯。
あれ。でも、一緒に朝日を見たのは、寄りそって寝たのは、誰だったっけ⋯⋯?
そもそも、俺の他に誰かいたか?
いや、任務が長引いたことなんて、なかったかも⋯⋯?
深く掘り下げるほど、記憶に霞がかかるようにあいまいになり、俺は額をおさえた。
「⋯⋯ア、コア!」
肩を揺さぶられ、俺はハッと我に返った。
心配そうにのぞきこむエルの目が、金色に光ってる。
なんでエル、俺に妖力を使って⋯⋯。
「ビックリしたぁ。急にコアの体が銀色に光って、魔力の暴走を始めるからさ。とっさに妖力を使っちゃったよ」
「俺が⋯⋯?」
言われてみると、体中にみなぎってた魔力が、少し減ってる。
減りすぎる前に、エルが止めてくれたのか。
エルは前の机に座り、腕を伸ばして、グッと伸びをしている。
「ごめん。ありがと」
「いいよいいよ。コアも暴走することあるんだなーって知れたし。それよりさ、僕の話、聞いてなかったでしょ」
「話? あー、聞いてなかった」
俺が気まずくて頬をかくと、エルは身をのりだして、顔を近づけた。
「じゃあ最初から⋯⋯」
「お兄ちゃんたち⋯⋯?」
少年が、目をこすりながら上半身を起こした。
眠そうに垂れた目に、みるみるうちに涙がたまっていく。
身構えたエルが、キラリと瞳を光らせる。
けど、涙はこぼれず、鳴き声を上がらなかった。
「あの、ねっ。俺、姉ちゃんがいなくなるとこ、見たんだ。嫌だ、って、姉ちゃんは叫んでたけど、俺、怖くて⋯⋯っ! ペチャッペチャッ、ってね、液体がとび散る音も、聞こえてたの。叫び声も小さくなってってね、窓から何かが出ていくとこも、布団のすき間から、見てただけでっ⋯⋯!」
泣くまいと必死に歯を食いしばる少年は、ギュッと毛布を握っている。
エルが少年の横にしゃがみ、背をさすってあげる。
「ゆっくりでいいよ。僕の質問に答えてくれる?」
「うん⋯⋯っ」
「ありがとう。お母さんとお父さん、お姉さんがいなくなったのは、いつ?」
「母ちゃんは三日前、父ちゃんは二日前、姉ちゃんは昨日、だったと、思う」
「そっか。窓から出ていったやつの姿は、覚えてる?」
「えっとね⋯⋯毛むくじゃらでね、丸っこくてね、腕が六本くらいあった」
「うんうん。怖かったね。よく頑張ったね」
そう言うと、エルは容赦なく少年と目を合わせ、気絶させた。
「⋯⋯絶対にくるね、今夜」
「ああ。腕が六本、じゃなくて、腕が四本で足が二本だろう。典型的な人食いの妖だ。少し遠くから、こっちをうかがってるな」
俺は、カーテンの閉まった窓をにらみつける。
まったく⋯⋯。妖は人なんて食べないでも生きていけるっているのに。
最近は、趣味感覚で人間を殺す妖が増えてきて、俺らのとこに依頼が止まらなくなってる。
なんで分からない。なんでやめない⋯⋯!
妖だって、家族単位で生活したりもする、人間より強いだけの生き物だろう。
自分以外を大切にする気持ちだって、どこかに持ってるはずだ。
だったら、俺らのその気持ちも分かってくれよ。
俺らの命は、お前らの玩具になるほど、軽くはないんだ⋯⋯!
「でもね、この子、襲われても殺されはしないかもしれない」
「? なんでだ」
殺されない?
でも、あの部屋には血が充満してた。
とてもあの量の出血で助かるとは思えない。
「子ども部屋のほう。あっちはたぶん、お姉さんの血じゃない。右の部屋の血の匂いと、全く似てなかったんだ。ほら、僕は鼻がいいから。同じ血の人間っていうのは、大体分かるんだ」
「別の人間の血をまいたってことか? なんでわざわざ、そんなこと⋯⋯」
「捜索させないためじゃない? ただ攫うだけじゃ、生きてるかもって思われるかもだから」
エルが目を細めて、口元を不気味にゆがませる。
あぁ、その表情、嫌いだ。
別の世界の壁を隔てて、俺とは違うって、はっきり区別されたみたいで。
エルがときどき、怖く思えるから。