5話
⋯⋯もう、会えない⋯⋯?
――行くぞ、コア。
いつも俺を引きずっていった、強引で力強い手の感触がよみがえる。
俺があの手をつかむことは、あの声を聞くことは、もうないっていうのか⋯⋯!?
「おい。勝手に殺すな」
「ッハルマ!」
「信じられない⋯⋯」
ディルがあぜんとつぶやき、エルは目を見開いて固まっている。
俺がバッと背後を見ると、数歩離れた場所にハルマが立っていた。
「ハルマ⋯⋯! よかった、死んじゃったかと思っ⋯⋯」
「待ってコア」
俺が駆けよろうと腰を浮かせると、エルが腕を引いて止めた。
なんで、と問いかけて、俺は声が出なかった。
エルがハルマを、鋭い目、疑いの目でにらみつけていたからだ。
「ハルマは体が真っ二つになった。こんなこと言うのもおかしいけど、普通の人間なら死んでるはずだ。僕とディルだって、人型じゃ死んでるかもしれないくらいの大ケガだよ」
「いや私は死なな⋯⋯」
「ディル、そういうのいいから。⋯⋯ハルマの能力は、超高速だよね。治癒系じゃない。それっておかしいと思わない?」
「⋯⋯濁すな。何が言いたい?」
「だからぁ、ガンマとの関係、そこにあるんじゃないの」
「ああ。そうだ」
「「っ!」」
エルがグンッと俺の腕を引いて、横に抱えるようにしてかばう。
ディルも刃物を構えて、殺気丸出しだ。
「目的は何? 七柱のスパイ? コアの暗殺?」
「エル⋯⋯!」
「コアは黙ってて」
反射的に口を開いた俺を、エルが有無を言わさぬ声ではねつける。
暗殺って、さすがにそれはないだろ。
やろうと思えば、いつだって殺せたんだから。
「どうなの、ハルマ」
シン、と物音一つしない沈黙が支配し、ほこりや建物の塗装の臭いが、一層濃く感じられた。
「⋯⋯俺は、望まれた存在じゃない」
誰一人として、緊張感に身じろぎすらしない中、ポツリとハルマが話し始めた。
「人間の母親と妖の父親の間の子、つまり半妖。母上は父のことを妖だと知らないまま身ごもって。俺は、物心ついた頃から屋敷中の人間に忌み嫌われてて、殺されかけたこともあった」
「⋯⋯あわれんでほしいなら、話す相手を間違えてるよ」
「違う! そうじゃない⋯⋯。俺はただ、コアたちに頼みたいことがあるだけだ」
ハルマは弱ったように言うと、頭の後ろに手を回した。
コツンッとかわいた音を立てて、ヤギの仮面が落下し、同時に息苦しくなるくらいの妖力が放出される。あのときの、ガンマの妖力だ。
「俺は嘘をついた。本当は、能力なんて使えない。超高速は、父である妖の体質を受けついだだけ」
「こんなに高密度の妖力を持ってるのに? 魔力だって、感じられる」
「だからだ。大きすぎる妖力は、まだ俺には扱えない。妖力が魔力をおさえてるせいで、魔力も使えない」
なるほど⋯⋯だからこんなに放出されて⋯⋯。
ハルマはユラリと顔を上げ、長い前髪で隠れていた瞳をあきらめたように細める。
「オッドアイ⋯⋯。ッ!」
青と黒の瞳を、吸いこまれるようにじっと見つめていると、ゾッと背筋に悪寒が走った。
あのときと同じ、圧倒的強者感。
本能みたいなモノだ。俺はハルマに勝てない⋯⋯!
「俺はスパイじゃないし、コアを殺す気もない」
淡々と感情のない声が、異様なくらい路地に響く。
ふところからとり出した一枚の紙を、丸めて俺に投げた。
「かして、コア」
エルが俺から紙をとり上げ、広げて目を通す。
⋯⋯そんなに変なこと、書いてあったか?
妖狼退治の依頼書の裏。
エルはサッと顔色をかえ、複雑そうに眉をひそめてハルマを見る。
「なぁコア」
俺とディルが紙をのぞくよりはやく、ハルマがすがるように声をかける。
「俺を、殺してくれ」
「「っ!?」」
言葉が出なかった。
殺してくれ⋯⋯?
何、言って⋯⋯。
「俺は、家のヤツらに殺されかけた。毒を盛られて、屋上からつき落とされて、刺客をけしかけられて。でも、死ななかった。死ねなかった。俺の中の妖の血が死ぬことを拒んでて、どんな状況でも、俺は生きる手段を本能的に選ばされてきた。⋯⋯でももう、正直疲れたんだ。コアと会ったとき、解放されたい気持ちがおさえきれなかった。俺と同じように、魔力も妖力も持つコアなら、俺を助けてくれるんじゃないか、って」
言葉が出なかった。
止めないとって思うのに、何も考えられなくて、ただじっとハルマを見つめてる。
俺は最近妖力が出てきたし、おさえられてるから、ハルマみたいに殺されかけたことはない。
エルがずっとそばにいてくれたから、魔力と妖力を持ってて、疲れたから死にたい、なんて考えたこともない。
「⋯⋯なんでコアなら助けてくれると思ったの? ハルマほどの強さ、コアじゃ勝てないと思うよ」
無意識か、俺の肩に回されたエルの腕に、力が入る。
「俺は魔力も妖力も効かない。物理攻撃も毒も、妖の体質のせいで、苦しいだけ」
「そんな⋯⋯不死身じゃん⋯⋯」
「そう。俺はどうやったって死ねない。ただ一つの可能性を残して、な」
「⋯⋯コアにはやらせない。危険だって、ハルマも分かってるでしょ」
「ああ。大人しくしていられればいいんだが、残念ながら、妖の血は反撃したがるらしくてな。コアじゃ俺には勝てない」
「だから、この依頼書に書いてある方法で、三人でかかれってこと?」
ハルマが静かにうなずく。
覚悟を決めたような、助けを求めるような、それでいて清々しい目をしていた。
「エル、依頼書って、何? もう任務は終わっただろ?」
終わったって言ってくれよ⋯⋯!
ようやく口から出た言葉に、エルは無言で紙を俺らに向ける。
『討伐依頼 報酬三百万
半妖のハルマティアの討伐
妖力等で弱らせた後、魔力と妖力を混ぜた攻撃での討伐を推奨』
器用にも、赤い字で走り書きされた文章を、俺は何度も往復する。
夢、だよな⋯⋯?




