3話
夜だったらまぎれてしまえそうな、漆黒の毛。
鮮血をそのまま固めたみたいな、真っ赤な瞳。
馬ほどの大きさもある狼の口には、人間がくわえられていて、鋭い牙が食いこんでいた。
アレはもう、手遅れか⋯⋯!
「コイツが依頼の妖狼? コアに回ってくるような強さじゃないと思うんだけど⋯⋯。コア、依頼の報酬額は?」
「えっと⋯⋯そういえば、見てないな。そんなに強いのか?」
「うん。七柱の次、つまり僕の下くらいだね」
「獣型なのに!?」
「例外もあるんだよ」
エルが俺をおろし、真剣な目つきで妖狼をにらみ返す。
フッと風が吹いたと思うと、俺の足元にはハルマがうつ伏せで倒れていて、妖狼の口からは大量の血が流れ出ていた。
「⋯⋯こんな感じでいい? あ、ハルマはしびれさせてるだけだから、大丈夫」
こっちは事切れてるけど、とつぶやいて、ディルが胴体のちぎれた人間を離れた場所に寝かせる。
⋯⋯まったく、むごいな。
俺は心の中で手を合わせると、キッと妖狼をにらみつける。
妖狼は苦しむようにもがいて、カッと赤く瞳を光らせた。
「うっ⋯⋯!」
「ディル!?」
ハッとディルを見ると、喉をおさえて苦しげにうずくまっていて、肌がサッと紫色に変化した。
ディルが震える手で腕を引っかくと、少しずつ肌の色が戻る。
「ゲホッゲホッ⋯⋯! ⋯⋯やられた。アイツ、攻撃を受けたら、術者に返す能力だ」
ディルは口元の血を袖で拭って、俺らの横に並ぶ。
⋯⋯アレはディルの能力だったのか。
妖狼はディルの能力を受けて、それを術者であるディルに返したんだ。
「え⋯⋯治ってる⋯⋯?」
ブルブルと頭を振った妖狼は、何事もなかったかのように、牙をむいて威嚇してる。
「そうか。私が自分で治したところも、返っていったんだ」
「は⋯⋯? じゃあ今回、ディルの能力は効かない⋯⋯?」
「そうだね。私みたいな、殺すのに時間がかかるようなのとは、相性最悪だ」
「ってことは、一発で倒せばいい⋯⋯いや、倒さないといけないねぇ」
一発、か。
俺が魔力で首を切るのもいいけど、もしあの熊妖みたいに、刃が通らなかったら、俺のほうが死ぬかもしれない。
妖狼は妖だから、首に多少傷がついたって、致命傷にはならない。
けど、俺は人間だから、首が傷つけば危ない。
エルは妖力を操るから⋯⋯妖狼から一気に妖力をぬいたら、イケるか?
俺がエルを見上げると、エルは困ったように苦笑いした。
「僕は、妖力を0にすることはできないよ。1とかに減らすことはできるけど、空にはできないんだ」
「それができたら、エルは今頃、七柱上位だからねー」
「しょうがないでしょ。妖同士は消し合えないんだから」
「まーねー。できても、弱らせて動けなくするくらいだ」
やっぱりそうだよな。簡単にはいかな⋯⋯。
⋯⋯弱らせる? 動けなくする?
「なぁ。それって、体の耐久性も低くなるのか? 切りやすくなるとか」
「! なるほどねぇ。まぁ、少しは柔らかくなるかも? ねぇディル」
「そうだね。妖力の残りが少なくなると、魔力への耐性は下がる⋯⋯ッ!?」
ディルが焦ったように顔を左右に振って、何かを探すような仕草を見せる。
なんだ? 他にも敵が!?
つられて妖狼から、視線を外す。
「ぐ⋯⋯っ!」
フッと獣の臭いがして、隣からディルが消える。
「ディル!」
速い!?
こんなの、エルが言うように、俺レベルじゃ倒せない⋯⋯!
⋯⋯いや、待てよ?
コイツは七柱の下。つまり、七柱序列三位のディルからしたら、だいぶ格下なはずだ。
そのディルが、反応すらできずに吹っとばされるなんて、そんなのありえな⋯⋯。
「⋯⋯妖力が感じられない。これじゃあ、ディルは妖狼の存在が分からない⋯⋯?」
ディルは目が見えないから、魔力と妖力を感じとることで、物や生物の位置を把握する。
だから、妖力を消せば、ディルは妖狼の動きが分からなくなるわけだけど⋯⋯。
でも、妖力を消せるのは上位の妖だけだろ。
って、この妖狼は上位層か!
「マズハ、フタリ⋯⋯」
しかも、しゃべるだと!?
しゃべるってことは、それなりの知性を持ってるってことで⋯⋯ああもうっ、最悪だ!
⋯⋯って、二人?
「⋯⋯コア、ハルマは?」
「ハルマ? ハルマならここに⋯⋯」
いる、と言葉を舌だけで発音し、やたらとカタい、エルの視線を追う。
「ハルマッ!」
頭での理解よりはやく、体が動いていた。
エルがなんか言ってる気がするけど、そんなの耳に入らない。
ただ目に映るのは、妖狼の口から垂れ下がった、ハルマの体だけだ。
「離せええぇええぇぇ!」
グシャッ。
魔力の刃を振り上げた俺の目の前で、妖狼の口が無慈悲に閉じられる。
とび散った鮮血が、四方八方にへばりつく。
俺は、胸の底がサッと冷たくなるのを感じた。
ゆる、さない⋯⋯!!
どこか懐かしいような激情が体中を支配し、頭がどうしようもない憎しみで真っ白になる。
「ねぇ待って! コア! 僕がやるから! 落ちついて!」
「うるさい。俺がやる」
「コアじゃ勝てないって! ハルマが目の前で殺されて、妖狼が憎いのは分かるけど、でも⋯⋯!」
「うるさいって言ってるだろ! エルは引っこんでろ!」
肩をつかんだエルの手を、乱暴に払う。
傷ついたように息を吸ったエルの気配が、やけに遠く感じる。
「ナカ、マ、ワレカ」
力なく垂れたハルマの体を、妖狼は雑に放り投げる。
ドサッと重い音を立てて、倒れているディルの上に重なった。
「お前⋯⋯っ! 絶対に許さない⋯⋯!」
ありったけの怨念を吐き出すと、妖狼は残虐に口元をゆがませた。




