2話
「あーもー⋯⋯! エル、分解」
ディルが、固まっている俺から顔をそらし、焦ったようにエルに声をかける。
「分かってる。LEVEL4、分解」
エルがハルマに触れると、ハルマは力がぬけたように、ガクッと膝をつく。
ほぼ同時に、開け放たれたままだった扉から、母さんがヒョッコリと顔を出した。
「コア、結界をぬけて妖が入ってきたみたいだから、一応気をつけておいてね。⋯⋯あら、ハルマティア君じゃない。エル、ディル、ダメよコアのお友達にヒドイことしたら」
「母さん! 友達なんかじゃないから!」
「そう? でも、毎朝迎えにきてくれるじゃない」
「そうだけど⋯⋯とにかく違うから!」
やっと喉を通った言葉に、母さんは楽しそうに笑いながら戻っていく。
よかった⋯⋯! バレてない⋯⋯!
なんか少し遊ばれたような気がするけど、まぁ一旦ごまかせた。
俺がホッと胸をなでおろしつつ、ハルマのほうを見ると、回復したらしいハルマが俺をじっと見つめていた。
「これ、受けるのか?」
「ああ、もちろんだ」
「俺も行く」
だよな、やっぱりダメだって⋯⋯ん? 俺も行く?
耳にとびこんできた言葉が信じられず、思わず目を見開く。
一緒に任務を受けるってこと、だよな?
でも、俺は正式に依頼を受けるって形で学校を休めるけど、ハルマはどうするんだ?
そもそも、ハルマは妖退治の依頼を受けたことがあるのか?
アドニスたちはないって言ってたけど、ハルマはあの熊妖を倒したくらいだし、意外と慣れてたり?
ってか、なんでついてくるんだ? そのメリットは?
「勝手言わないでよ。さっきの妖力は何? コレには僕も行く。僕は得体の知れないヤツと任務を受けたくない」
「ガンマとの関係は? ハルマの能力は? さっきまで何も感じなかったのに、急に妖力を出すなんておかしい。一体何者?」
エルとディルがハルマにつめより、質問を投げる。
そうだ。まずハルマが妖力を持ってる時点でおかしいし、七柱候補のなんて、何か関係があるとしか思えない。
俺のそばに、エルとディルがいるせいで感覚が麻痺してるけど、基本妖と関係を持つなんて、タブーだ。かくまうなんて、論外。
妖は討伐対象。それ以上でも以下でもない。
妖力を持っている者も、同様だ。
「俺、は⋯⋯」
依頼書に視線を落としたハルマの声は、かすれている。
一言も逃さないようにと、気をはる俺らとの間に、朝の山の冷たい風が流れる。
⋯⋯しゃべらない、な。
「抵抗するな」
「「コアッ!」」
「っ!?」
しまった、油断した⋯⋯!
パッとまばたきの間に、殺風景な部屋から、枯れた木々へと視界が移りかわる。
ほぼ線になって形を成さない景色が、一瞬で次々と後ろへ流れる。
くそっ、手足が動かない⋯⋯!
いつの間にしばって⋯⋯って、どこから縄なんか持ってきたんだ!?
ほどけないし、慣れてるな。痛くない。
ってか、ハルマのヤツ、今どこに向かってるんだろうな。
七柱候補だった妖と関係あるっぽいし、七柱のアジトとか?
だったらマズい⋯⋯!
エルとディルが追いかけてきてる気配はあるけど、ハルマのほうが速いみたいで、少しずつ離れてる気がする。
人型どころか七柱なんて、俺一人じゃ絶対にムリだって⋯⋯!
フッと胃が浮くような感覚とともに、地面が一瞬で目前にせまる。
スピードのわりに、トッと軽く着地したハルマは、俺を地面に転がすと、縄をほどいた。
「いってぇ⋯⋯。おい、なんか言うことあるだろ」
「目的地についたぞ」
「違う。⋯⋯って、は? まさかここ、依頼の⋯⋯」
涼しげな顔で、周囲の警戒を始めるハルマ。
俺は、ハルマがしまおうとしている依頼書の地図を見て、ポカンと口を開けた。
たしかに山から依頼のところまで、直線コースでつなぐと、今きた方角だけど⋯⋯。
本当に? 本当にそれだけ?
「⋯⋯悪かった。エルとアイツには勝てないって思って、話すと長くなるし、でも任務にはついていきたくて。コアを連行すれば、いつもエルはついてくるから、いいかって⋯⋯」
「よくない。よくないし、なんだよ、俺が弱いって言いたいのか?」
「俺よりは」
グッ⋯⋯ハッキリ言うな⋯⋯。
でもまぁ、反応できなかったのは事実だしな。
殺しにかかってきてたら死んで⋯⋯。
「コア! 大丈夫!?」
ヒュッと、脇を何かが通っていったと思うと、ハルマが顔をかばうように腕を上げていて、その両腕には、一本ずつ細い切り傷が走っていた。
ハルマの前にはディルが構えていて、俺はエルに抱えられて、五メートルくらい離れていた。
ディルもエルも、戦闘服に猫の仮面の姿だ。
エルは、俺に猫の仮面をつけさせる。
「っ待てって! ハルマはただ、任務についてきたかっただけで⋯⋯!」
「コア、ハルマはガンマの妖力を持ってるんだよ? もしかしたら、七柱の内通者かもしれないんだから」
「そん、な⋯⋯」
「コアが他の人をかばうようになったのはいいことだけど、疑うことも大切⋯⋯」
エルがパッと顔を上げ、近代的な一軒家が並ぶ道を見つめる。
「⋯⋯やりすぎちゃったなぁ。ディル! ハルマ回収して! 一旦引こう!」
「了解」
人の気配⋯⋯今ので、ここの住民が様子を見にきたのか。
車も人も通るのが少ないとはいえ、住宅街だからな。平日でも、一人や二人は家にいるわけだ。
エルは回れ右をして、近くの路地裏に駆け出す。
「なぁエル。俺、一人でも走れるんだけど⋯⋯」
「僕についてこれないでしょ。もうちょっとしたらおろすから⋯⋯っ!?」
エルが急ブレーキをかけ、俺は吹っとびそうになったのを、エルにしがみついてこらえる。
なんだ? 障害物か?
「グルルル⋯⋯」
地をはうような低いうなり声に、バッと視線を向ける。
夜だったらまぎれてしまえそうな、漆黒の毛。
鮮血をそのまま固めたみたいな、真っ赤な瞳。
馬ほどの大きさもある狼の口には人間がくわえられていて、鋭い牙が食いこんでいた。
アレはもう、手遅れか⋯⋯!




