1話
俺――コアは、手の中にある一枚の紙を読み、ニッと口の端を持ち上げた。
『人食い狼が出ます。退治をお願いできませんでしょうか』
ようやく退治系の依頼がきた⋯⋯!
最後の依頼が去年の夏くらいの頃だから、半年なんてもんじゃない。ほぼ一年ぶりだ。
俺が学校に通い始めてから、ハルマの強制連行もあって、毎日のように学校に行っている。
母さんはそんな俺に気を使ってか、依頼の持ちこみはパッタリなかった。
そんなの、気にしなくていいのにな。
学校は最初は嫌々だったけど、今はそんなに苦じゃない。
特に実践の授業なんかは、俺のレベルに合ってて、ちょうどいい訓練になる。
だけど、面倒なものは面倒だ。
依頼がこれば、休む理由にもなるし、報酬だって手に入る。
これを受けない手はないだろ!
「エル⋯⋯とディル。これを受けようと思うんだけど、いいよな?」
「あー⋯⋯いいんじゃない?」
「うん。コアがいいなら」
ピコピコピコ、バン!
エルは上の空な返事、ディルはテレビから顔をそらして、ニッコリと笑いかけてくれた。
右に『LOSER』、左に『WINNER』の文字を映し出したテレビ画面。ちなみに、右はエル、左がディルだ。
コイツら最近、コレばっかやってるな⋯⋯。
「また負けたぁ!」
「エルは七柱最下位だからねー。まずステータスが違うんだよ」
「う⋯⋯もう一回! 次は勝つ!」
「分かった。受けて立つよ」
ピコピコピコ⋯⋯。
再び高速でコントローラーをたたき出した二人を眺め、俺は大きくため息をつく。
「あのなぁ。お前ら、ちゃんと寝てるか? 学校行くギリギリまでやって、帰ってきてからも、ご飯食うとき以外ずっとやってるだろ。風呂も入ってないんじゃないか? ちょっとは離れろよ」
俺が背中に声をかけても、あーとかうーとか、テキトーな返事が返ってくるだけ。
もうすっかり集中モードだ。
コイツら⋯⋯!
主である俺をムシか! 居候共め!
俺が舌打ちし、口を開きかけたときだった。
「コア。学校行くぞ」
バンッと扉をけ破る勢いで開け放ったのは、ハルマだ。
相変わらず⋯⋯というか、もう俺が毎回行く気がないから、毎日のように迎えにきている。
本っ当に、ハルマもよくあきないよなぁ。
いくらハルマが速いからって、学校からじゃ三時間以上はかかる。
そうまでして、俺をつれていきたい理由は分からないけど、抵抗もむなしく、毎回必ず連行される。
でも俺は今日、任務に行く。
つまり、面倒なヤツがきてしまったわけで。
ハルマはまばたきの間にゼロ距離につめてくると、俺の襟首をつかんだ。
「まっ待て! 俺は今日は学校には行かない!」
「サボる気か? ダメだ」
「違うって⋯⋯! 真っ当な依頼だ。ほら!」
俺がヒラヒラと依頼書を振ると、ハルマは止まって、パッと俺の手から奪い上げた。
「⋯⋯本当だ」
「なんだそれ。俺がウソ言ってると思ったのか?」
「ああ。本当に討伐依頼なんて受けてるんだな」
あっさり肯定しやがった⋯⋯!?
なんてヤツだ。
俺はそんなこと、したことないだろ!
俺がハルマの手を払ってにらみつけると、ハルマは何かを考えるように、じっと依頼書を見つめていた。
何見てるんだ⋯⋯って、仮面つけてるせいで分からない⋯⋯!
せっかく背後に回ったのに、なんの収穫もナシか。
それじゃ面白くないよな⋯⋯。
⋯⋯そうだ、いつもやられっぱなしなんだから、たまには仕返ししてやろう!
俺は魔力を猫じゃらしの形にすると、ハルマの首に当て、スゥーッと背中を滑らせる。
「ひぁ⋯⋯っ!?」
⋯⋯ひぁ?
今の、誰から出た声だ?
エルかディルか⋯⋯いや、ゲームに夢中だな。声を出すどころじゃなさそうだ。
ってことは、ハルマ⋯⋯?
口数の少ないハルマにしては、まあずいぶんと、かわいらしい声⋯⋯。
ゾクッ。
「っ!」
強大な敵を前にしたような危険を感じ、俺はバッととびのく。
ヤバい、怒らせたか⋯⋯?
ただならぬ気配に、エルもディルも床に手をついて、ハルマを威嚇してる。
「⋯⋯これ、ガンマの妖力じゃない? 放ってるのは、アイツ?」
「ハルマだよ」
「ハルマ?」
ディルが不思議そうに首をかしげ、エルはパッパッと手を払って立ち上がる。
「ガンマって誰?」
「七柱の儀式のとき、序列三位だった妖だよ。血の気が多いヤツで、アルファに挑んで負けたんだ。もういないはずだけど⋯⋯」
言われてみれば、妖の、しかも七柱クラスの気配がするかも⋯⋯?
でもそれって、妖力ってことだろ?
ハルマは普通に能力を使ってるし、人間なんだから、持ってるのは魔力のはずだ。
俺はノアっていう妖と契約してるっぽいから、妖力も持ってるけど⋯⋯もしかしてハルマも?
たしかにハルマは、初対面で俺とエルの正体を見破ったしな。
それは、俺と同類だからってことなのか?
「ねぇ、こんなあからさまに妖力たれ流しって、どうなの。怒らせたなら、はやく謝って落ちつかせたほうがいいんじゃない?」
ディルが振り向いて言うと、エルはハルマに視線を固定させたままうなずいた。
言われて感覚を澄ますと、ピリピリと肌を刺すような緊張感が、探るみたいにただよってる。妖が侵入したときの、合図みたいなものだ。
たしかにそうだよな。俺のせいだもんな。
この山の頂上に俺の家、中腹や麓にだって、妖倒士の家が、少なからず建ってる。
俺の家には母さんしかいないけど、すぐに異変を感じて、俺の部屋にもくるだろう。
他のヤツらも、同様。
そうすれば、ハルマが妖力を放ってることは誰だって分かる。
なんでこうなってるかは分からないけど、とにかくバレたらダメだ。俺らも危ない。
でも、謝るって、どうやって?
そもそもなんで俺、ハルマにイタズラしようなんて思ったんだ?
イタズラなんてしたことないし、謝ることだって、今まで少なかった。
しかも⋯⋯なんだ、これ。
ムキになってるような、意地をはってるような。
呼びかけさえ、喉に引っかかって出てこない。
なんなんだよ⋯⋯っ!
面と向かって謝ることが、こんなにも難しいことだったなんて⋯⋯!




