7話
「ハ、ハルマ、何し⋯⋯っ!」
抗う間もなく、肌を焼くような暑さに襲われ、地面――妖の毛の上に下ろされる。
炎がないのは、エルがそこの妖力を分解してるからだ。
ということは、エルも近くにいるはず。
隣にいるハルマが、無言で俺の奥を指さす。
つられて顔を向けると、ギラギラと目を光らせ、今にもためこんだ妖力を使いそうなエルが立っていた。
「はやく」
「あ、ああっ!」
重低音で急かされ、声が裏返ってしまった。
⋯⋯恥ずかしい。
慌ててポーチから猫じゃらしをとり出し、魔力を流す。
エルがあんなに興奮してるのは初めてだけど、たぶん大丈夫だ。
不機嫌になってても、狩りがいのある獲物はここにいるわけだし。
「エル!」
俺の呼びかけに、エルが殺気のこもった視線をよこす。
数秒間見つめあい、誘惑に負けたかのように、エルがフラフラと歩いてくる。
「グルル⋯⋯」
落ちついたように猫じゃらしをもむエルを確認し、俺は魔力を引き上げた。
エルがピタッと凍りついて、動きを止める。
俺はルーティンのように、ニヤニヤとエルをのぞきこみ――たかったけど、エルが我に返ったことで、妖の肌が熱を帯びる。
このままだと、また火傷する⋯⋯!
俺は、まだ固まっているエルの腕をつかみ、思いっきり妖をけって空にとび上がる。
俺らを追うように、ゴォッと火柱が上がった。
近くの木に⋯⋯って、ない!?
そうか、妖が燃やしちゃったからか。
くそっ、また落ちる⋯⋯!
今度こそは、と落下し始める前に魔力で足場を作り、トッと着地する。
「⋯⋯うわ、すごい量の妖力が僕の中にあるんだけど。こんなに暴走してたんだ」
「ああ。あの熊の妖の妖力を、一発で分解しようとしてたしな」
「なんか悔しいけど、迷惑かけちゃったみたいだから、コレ使われても、なんとも思わないなぁ」
エルが、はい、と猫じゃらしを差し出す。
俺はそれを受けとって、ポーチにしまった。
そういえば、ハルマはどこに行ったんだ?
あれだけ速く動けるんだから、無事だとは思うけど⋯⋯。
俺らが妖力を持ってることを知っていながら、なんで助けてくれたのか⋯⋯正直、何か裏があるとしか思えない。
妖倒士からして、妖力を持つモノは所詮、討伐対象でしかないんだから。
「⋯⋯ぇ?」
エルがかすれた声をもらし、どうした、と聞く間もなく、俺もハッと息をのんだ。
「グァアアァァァ⋯⋯!」
一面にうねる、炎の海。
その中心――俺らの真下で、熊妖が苦しげにうめいてうずくまる。
動きが全く見られなくなったと思うと、フッと炎が消え、視界には青い残像が残った。
俺の魔力が通らないくらい頑丈な妖が、あんなにあっけなく倒れるなんて⋯⋯!
目の前の光景を信じられないでいるのは、俺だけじゃない。
エルも、目を見開いて妖を見つめている。
「誰が⋯⋯」
「俺」
「「っ!」」
二人してビクッと肩をはね上げ、バッと振り返る。
何事もなかったように魔力の足場に立っているハルマが、不思議そうに首をかしげた。
「⋯⋯妖力と魔力は察知できるのに、気配は感じられないのか」
「ぐっ」
「うっ」
仮面に隠れて表情は分からないけど、嫌味とかじゃなくて、心底不思議そうな様子が、余計に刺さる⋯⋯。
「まぁいい。行くぞ」
パッとハルマが消えると、グイッと腰を持ち上げられ、視界が青から焦げた木々に変わる。
フッと胃が浮くように感じ、顔に猛烈な風が吹きつける!
「待て待て待て! 首もげる⋯⋯! 寒い⋯⋯!」
「舌かむぞ⋯⋯って、何やってるんだ! 抵抗が大きくなるだろ!」
「風よけくらい、いいだろ!」
「我慢しろ! 落とすぞ!」
「ムリだって!」
ギャーギャー言い合う俺らを、同じくハルマに抱えられているエルが、ニコニコしながら見ている。
そんな視線に気づかないまま、ヒュッと風の音が変わると、すぐに地面に落とされた。
なんとかつま先と手をつき、四つんばいで着地する。
どうせ地面に近いなら、もっと優しく降ろしてくれたってよくないか?
重い荷物をポイッて手放す感じだったぞ。
まぁ、運んでくれたから、文句は言え⋯⋯言え⋯⋯ない⋯⋯けど。
俺は、乱れた髪と服をパパッと雑に直しながら立ち上がる。
タタタッと駆けよってくる足音に視線を上げると、アドニスたちが心配そうな表情で走ってきていた。
「大丈夫? すごい咆哮がしたし、先生たちが、血相を変えて妖訓練場に向かっていったんだけど⋯⋯」
「ハル!? 何その火傷!」
「あ、あのっ! わわ、私でよければ、応急処置します⋯⋯!」
「⋯⋯いい。大したことない」
「えいっ」
「っ! やめろ」
「痛いんじゃん」
あっという間にハルマが囲まれ、俺ら部外者は、ペッとはじき出される。
⋯⋯火傷?
あの熊妖は、ハルマが倒したって言ってたけど、そのときに?
痛がるハルマを面白がったトゥレーラが、再び手を伸ばす。
ズザザッと後ずさったハルマは、アドニスたちをとびこえ、逃げるように1−10の教室に入っていった。
いつものことなのか、慣れたようにアドニスがトゥレーラをたしなめる。
口をとがらせたトゥレーラがそっぽを向き、バッチリ俺らと目が合ってしまった。




