6話
「なん、だ、あれ⋯⋯」
低くうなるソレは、巨大な熊だった。
見上げるほどの、どころじゃない。
俺はほぼ木のてっぺんにいるのに、二足で立っているとはいえ、すぐそこに頭が見えるくらいだ。
動物型だから、中級?
いや、でも、こんなデカいの、聞いたことない⋯⋯!
一撃で木をなぎ倒せるなら、上級に入るかもしれない。
でも、こんな危険な妖、放っておいていいのか⋯⋯?
俺の限界は中級まで。
身の程をわきまえて、逃げるべきなのかもしれない。
「とりあえずエルと合流してから⋯⋯って、逃げるのもムリそうだな⋯⋯っ」
鼻をヒクつかせていた妖が、ゆっくりと顔を上げる。
ばっちりあってしまった鋭い視線に、スッと息をのんだ。
「ガアアアアァァアアアァ!」
森全体を揺るがす咆哮に、周囲の妖がクモの子を散らすように逃げていく。
俺を狙って振り下ろされた爪をスレスレでかわし、その毛むくじゃらの腕にヒラリととびのる。
一撃一撃が重い分、大振りだからかわすのは簡単だ。
あとは、近づけるだけ近づいて、魔力で首を切断するだけだ。
これだけデカいと、いつもの魔力濃度で刃が通るのか⋯⋯少し濃くするか。
俺は毛に足をとられないように肩まで駆け上がり、妖の喉の前に細長いブレード状の魔力を出現させる。
抵抗する間なんて、与えない⋯⋯!
「いけっ!」
サッと腕を横に振って、妖の首めがけてブレードをぶつける。
グッと食いこんだ感覚に、小さく息を吐いた。
「ガアッ!」
「なッ⋯⋯っあつッ!」
妖が不快そうに体をゆすり、全身から炎を吹き出した。
振り落とされないように身を低くした俺は、近距離で炎を食らい、グラリと視界が傾く。
マズい⋯⋯! 落ちるッ⋯⋯!
魔力で保護しようにも、炎のダメージが大きくて、うまく形にならない⋯⋯!
十階建ての建物くらいの高さから無防備で落下、なんて、本当に洒落にならないって!
クッソ⋯⋯!
俺は、死ぬのか⋯⋯?
俺が、最悪の場合を覚悟したときだった。
横からひざと肩をすくわれ、上向きだった風が横から吹きつける。
ダンッと着地の振動を感じたあと、そっと地面に下ろされた。
エル⋯⋯?
いや、違う。エルの妖力じゃない。
でも、エルの他に誰が俺を助けてくれたんだ?
頭の中で疑問がグルグルと回っている間に、口に筒状の何かをつっこまれる。
「⋯⋯プハッ⋯⋯! あれ、痛みがひいていく⋯⋯?」
「上級薬液」
上から降ってきた声に、バッととび起きる。
ヤギの仮面と浴衣風の忍者装束をまとった少年が、静かに妖を見上げていた。
「ハルマティア⋯⋯!?」
「⋯⋯ハルマでいい」
チリッと火の粉がハルマティ⋯⋯ハルマの仮面をかすめたかと思うと、グイッと首根っこ辺りの服を、後ろに引っ張られた!
そのままフッと地面が遠のき、俺は木の枝の上に座らされる。
妖の爪が、数秒差でさっきまで俺らがいたところにつきささる。
ブワッとインクが広がるように、炎が周囲の草木を巻きこみながら広がっていく。
あっぶな⋯⋯!
ハルマが助けてくれなかったら、今頃俺は火葬まで完了していただろう。
俺も、いつでも動けるように立ち上がる。
「ありが⋯⋯」
「エル」
「ん?」
「妖力。あんなに使うのは、まずいと思う」
ハルマの指さした先を見ると、炎に包まれている妖の肩の一部、毛が円状に露出していた。
あれは⋯⋯エル⋯⋯?
今にも一気に分解しそうなくらい興奮しているのが、遠目でもよく分かる。
たしかに、あれだけ大きい妖の妖力を分解するには、エルも相応の妖力が必要だ。
ハルマが言いたいのは、さっき狼の妖に使った妖力は少なかったから、他の人にはバレなかった。けど、多く使えば、バレるぞ、ってことか。
じゃあ、今まさに危ないんじゃ⋯⋯!?
止める方法なら、猫じゃらしを使えばどうにかなる。
でも、俺じゃあ、妖の肩まで行くのに時間がかかる。
その間にエルは、妖力を使ってしまうだろう。
「止められる?」
「え? あぁ、エルに近づければ⋯⋯」
「なら、いい」
ハルマは感情の読めない声でそう言うと、俺のひざをすくい上げた。
「ハ、ハルマ、何し⋯⋯っ!」




