5話
空気を震わせるほどの絶叫に、バッと耳を塞ぐ。
ビクッと肩をはねたトゥレーラの視線を追うと、そこにはフゥフゥと息を荒くしたアスベルトが立っていた。
セピアが必死になだめているけど、まったく効果がないみたいで、目が怒りで血走ってる。
とんでもない圧力⋯⋯何か、そんなに怒ることなんてあったか?
巻きこまれたくないから、近づいてきてほしくはないけど、まぁ都合よくはいかないよな。トゥレーラの近くにいるし。
アスベルトは大股でズンズンと歩いてくると、トゥレーラの胸ぐらをつかんだ。
エルやアドニスよりは低いけど、長身のアスベルト。
俺より低い、低身長のトゥレーラ。
普段どんなヤツなのかは知らないけど、我を失っているアスベルトは、地面からトゥレーラを浮かせた。
「うちのナイフ、破壊するなって何度も言ってるよね? あれ、その辺で売ってるものじゃなくて、対妖用なの。うちがお金を少しずつためて、やっと一本ずつ買ったモノなの」
「ごめ⋯⋯もうやらな⋯⋯」
「そんな言葉は聞き飽きてるって言ってんの! ねぇ、返してよ。今までの全部! アンタなら、金持ちなら、すぐに壊してしまえる程度の値段なんでしょ!?」
アスベルトが、ギリギリとトゥレーラをしめ上げる。
トゥレーラが苦しげに顔をゆがめたのを見て、あきれたように放っていたアドニスが、止めに入った。
「アルト、やりすぎだよ」
「アンタには分かんないよ! うちらが苦労して手に入れたモノなんて、親に頼めば手に入れられるアンタになんか! どうせレイラの肩を持つんでしょ!」
「⋯⋯っ!」
「ア、アルトちゃん落ちついて⋯⋯!」
「セピアまで⋯⋯」
「い、いや、私は⋯⋯!」
ワァワァと言い争いが、だんだん大きくなっていく。
あーあ、面倒くさいのが始まった⋯⋯。
巻きこまれるのはごめんだと、さりげなく離れようときびすを返す。
「⋯⋯ねぇ、おいてくの?」
「? ああ。妖がよってきてることくらい、気づいてるだろ」
「気づいてない」
「おわっ!?」
数十メートル離れていたはずのハルマティアが、耳元でボソッとつぶやいてきた。
ビ、ビックリしたぁ⋯⋯!
なんなんだコイツ。
移動するごとに、いちいち身体強化は使わないだろうから、俺らのところまでくるのに、こんなに速いはずがない。
これがハルマティアの能力⋯⋯?
でも、身体強化でカバーできるしな⋯⋯?
「気づいてない? 下級と中級の妖だから、妖力なんて簡単に察知できると思うけど」
「自分は上級だから、察知されない、と」
「なっ⋯⋯!」
「君は上級の妖、そっちは人間だが妖力を感じる」
ハルマティアは身じろぎ一つせずに、俺を見つめている。
もう確信持たれてる⋯⋯!?
「⋯⋯なんでそう思うんだ?」
「なんで、か。俺が普通じゃないからだ。⋯⋯安心してくれ。誰かに言うつもりはない」
「それって、どういう⋯⋯」
言い終える前に、ハルマティアがパッと姿を消す。
「うわぁ! ハル!?」
「ぅ、ゲホッゴホッ⋯⋯!」
声がしたほうを見ると、ハルマティアがアスベルトとトゥレーラを脇に抱え、グッと膝を曲げていた。
まばたきの間にハルマティアは消え、あっけにとられたアドニスとセピアが残された。
妖たちの気配が近づいてきてるな。
中級はともかく、下級なら身体強化で簡単に振りきれる。
なんでハルマティアは、アスベルトとトゥレーラを抱えていったんだ⋯⋯?
「ぅわっ!? 何を⋯⋯うわああああぁぁ⋯⋯!」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯っ!」
ボーッと眺めていた先にエルが現れ、ヒョイッとアドニスとセピアを抱えて地面をける。
真っ青な空に大きく弧を描き、アドニスの悲鳴とともに、木々へと消えていった。
一人残された俺は天をあおぎ、ため息をついた。
ハルマティアがどうやって帰ったのかは分からないけど、人を二人も抱えて高速移動したり、高くとんだり⋯⋯身体能力の差をつきつけられた気分だ。
俺も一人なら木の上をとびこえられるけど、あの教室まで一息に行ける自身はない。
下手にとんで、着地するときに妖に襲われれば、苦戦するのは目に見えてる。
この山に、妖がどこからどこまでいるのかは分からないけど、とりあえず木々の間をつっ走るしかないな。
「⋯⋯よし、行くか」
俺はグッと身を沈め、足に力を入れる。
ダンッと強く地面をけり、一歩で森に突入する。
「シャァァァァッ!」
「ピュルルゥルルル⋯⋯」
木々の間からとび出してきた妖たちを、切る&魔力を流して結晶化。
木の幹をけってジグザグに進みつつ、妖たちを片っ端から倒していく。
そういえば、下級と中級の結晶って小さいんだよな。
最近まで上級以上しか相手してなかったから、手のひらサイズだったけど、これはビー玉と、もう一回り大きいくらいだ。
⋯⋯まぁ、妖のほとんどは下級か中級なんだけど。
俺は、自分の運の悪さと境遇に苦笑し、何気なく左に目をやった。
「っ!?」
薄暗い視界で、何かがキラリと光を反射した。
とっさに足をついていた木をけり、頭上の枝に手をかけ、クルリと一回転してとびのる。
「うぁっ!?」
ドンッ!
重いものがぶつかる鈍い音とともに、俺がのっている木が、つり橋みたいに揺れる。
バキバキッと嫌な音を立てて傾き始め、俺は急いで隣の木へととび移った。
うそだろ⋯⋯。一撃だぞ⋯⋯?
上級はともかく、腕を広げても収まりきらない太さの木を、一撃で殴り倒すなんてムリだ。
ここは妖倒士の卵が集まる場所だから、上級なんて大物は、まずいないだろう。
一人前の妖倒士だって、討伐が難しいんだから。
俺は、おそるおそる下をのぞきこむ。
「なん、だ、あれ⋯⋯」




