3話
俺はベッドの下の引き出しから黒いコートと猫の仮面をとり出し、サッと身につける。
興奮して猫のしっぽと耳が出てしまっているエルも、隣の引き出しから戦闘服を引っ張り出した。
ウキウキと着がえるエルだけど、俺は不満だ。
ジャケットのような大きめの黒い服に、ピッタリと足に沿うタイツ。
口元をおおうマフラーに、俺とおそろいの猫の仮面。
おかしい。どう考えても、エルのほうが動きやすい服だろ。
俺のほうが、はっきり言って弱いんだから、もうちょっと腕とか出しやすくしてほしかったよ!
魔力を使うだけなら、いいんだけど。特別な動きは滅多にしないから。
だけどさあ、妖と戦うときは、走らないといけないじゃん。止まってられないんだよ!
俺がつき出した腕に被さるコートをじっとにらんでいると、着がえ終わったエルが、あきれたようにポンポンと俺の頭に手をのせた。
「あきらめなって。僕はいいけど、コアは人間なんだから、少しでも頑丈な服のほうがいいよ」
「くぅぅぅ⋯⋯! 俺だって、タフなほうなのに⋯⋯!」
「その髪だって、妖から隠れるのに不便でしょ。支給されたんだから、文句言わないの。どうしてもって言うなら、自分で作ればよかったんだから」
「それに命預けんのは、めっちゃ不安だろ!」
「ソダネー」
どうでもよさそうに冷たい目で見下ろすエル。
でも俺は知ってる。
その瞳の奥に、火傷しそうなくらい熱い闘争本能が渦巻いていることを⋯⋯!
「⋯⋯分かった分かった。もう行こうか」
俺の言葉に、パァッと顔を輝かせたエルが、タンッと窓枠に足をかけ、開け放った窓から外へととび出す。
さすが、速いな。
俺も追わないと。今のエルは戦いたくてウズウズしてるから、暴走しかねないし。
もうそろそろ現場に向かわないと、着くころには真夜中になって、犠牲者が増える可能性もある。
俺は窓枠に両足をのせ、近くの木に狙いを定めた。
「⋯⋯なんの音だ?」
ジジッとノイズのような小さな音が、後ろから聞こえ、俺は首を回す。
吸いこまれるようにして、ベッドの上に放り出された依頼書の文字を目でなぞる。
少し魔力をこめた視線は、報酬の数字にぶつかった瞬間、ジジッとノイズ音がして魔力を解かれた。
八十万の文字が押しつぶされるように歪みはじめる。
⋯⋯なんだこれ。
依頼書の文字が動くなんて、初めてだ。
しかも、報酬額だけなんて、何かそこに意味が⋯⋯。
「コアー! はやく行こうよー! 僕興奮が収まらなくて、この山ごと破壊しちゃいそうー!」
下のほうから、べキョッと何かが潰される音がした。
「ちょっ!? ああもうっ落ちつけって!」
まだ形を作らない文字から無理矢理目を離し、俺は窓枠をけって木にとび移る。
エルが暴走したとき用に備えてある、両腕で抱えこめるくらいの大きさの円柱の金属。
それが、エルが上からたたき潰したせいで、エルと同じ高さだったのに、四分の一くらいに凹んでる。
この金属、実は能力具で、魔力を流しこめば、元に戻るようになってる。
能力具っていうのは、魔力を流して使う道具のことで、様々なものがある。
妖を切る剣とか、治癒ができる機械とか、俺の部屋のテレビも、魔力で動いてる。
なんせ、こんな山奥には電気も水も、何も届かないからね。
不便なんだけど、この山には妖が嫌がるモノが充満してるらしく、安全なんだそうだ。
エルは⋯⋯たぶん俺の使い魔だからセーフ。
木の枝の上でしゃがみ、今にも地面を殴りそうなエルに猫じゃらしをつき出す。これも一応、能力具だ。
「おーいエル。行くぞー」
「⋯⋯っ! グルル⋯⋯」
殺気立った獣の表情を一瞬で引っこめ、エルは甘えんぼうな子猫みたいにトッと俺の隣に着地して、猫じゃらしに手を伸ばす。
⋯⋯何度見ても面白いな。あの大人なエルが、無邪気に身を乗りだしてるなんて⋯⋯!
名残惜しくも俺がフッと魔力をぬくと、エルはハッとしたように、猫じゃらしをつかんだまま固まった。
ニヤニヤとエルの顔をのぞきこむと、カァッと顔を赤くして猫じゃらしを離した。
「コア! ソレは使うなって言ったでしょ!」
「暴走するエルが悪いんだろ」
「はやくこないコアが悪い! ⋯⋯うぅっそんな目で見るなあー!」
エルは俺の視線から逃げるように上の枝へとび移り、南の方向へ木々を伝っていく。
あーあ、そんなに慌てて大丈夫か?
こういうときのエルって⋯⋯。
「うっうわああぁああぁー!」
山の麓あたりで叫んだエルの声が、山頂の俺まで届く。
⋯⋯エルって、恥ずかしくなるとドジ、だな?