1話
「うぅ、寒い⋯⋯」
俺は首に巻いたマフラーを引きよせ、ブルリと身震いをする。
風になびいていた葉は、いつの間にか見あたらなくなっていて、枝だけが残されている。
スッと吸った空気までもが体温を奪っていくようで、俺は首を縮めて、マフラーに顔をうずめた。
「そうかなぁ? 僕はそこまで寒くないけど⋯⋯」
「えぇ⋯⋯?」
涼しげな顔で隣を歩く人型の妖――エルをうらやましく思いながら見上げる。
そんな俺に気づいたエルが、困ったように苦笑いし、前を指さした。
「ほら、あと少しなんだし、我慢してよ」
「嫌だ。歩きたくない」
「ワガママ言わないの。気の合う子とか、できるかもしれないでしょ?」
「できない。俺は誰とも関わらない」
ムスッとふくれっ面になると、エルはますます困り顔になった。
俺らが今歩いてるのは、踏み固められてはいるものの、整備はされていない、山奥の獣道。
耳が圧迫されるような静けさの中に、どこか神秘的な雰囲気が漂っている。
エルが指さした先には、俺らの目的地――和風な大きい学校が建っていて、見上げるのも大変な門が大きく口を開けている。
あーもー、行きたくないって⋯⋯。
どうして俺が、学校に通わないといけないんだ⋯⋯。
そりゃ、俺は十三歳だし、一般的に見れば学校に通うべきなのは分かるんだけどさ。
なんで今なんだ。
もう中学一年生なんて終わる時期だろ。
一月も半ばだぞ?
今まで何も言われたことなかったのに⋯⋯ゼータのデータを送ったせいだ。
七柱も動き始めてるから、本部にもデータを送って、はやめに対策を考えといたほうがいいよなって、そう決めたのは俺らなんだけど。
でもまさか、妖倒士養成学校に通わされるとは思わないだろ!
「⋯⋯帰りたい」
「本部の命令なんだから、しかたないでしょ。まだ、僕と同じクラスなだけ、よかったじゃん」
エルにつられて足を止めると、目の前には『1−10』と書かれたプレートの教室があった。
いや、教室? これは教室というより⋯⋯。
「小屋? 倉庫と間違えてないか?」
「でも、僕たちの教室は1−10だよ。おかしいな、こんなオンボロで、校舎からも離れたところに、僕たちが通うわけ⋯⋯」
ドォン⋯⋯ッ。
どこからか聞こえてきた爆発音に、エルが警戒するように木々の奥をにらみつける。
結構遠い、な。
爆弾か、とも思ったけど、この独特な感じは、魔力っぽい。
妖倒士の学校なだけあって、魔力の実習でもしているのだろうか。
それにしても、離れているはずの俺らのところでも感じられる魔力。
相当な魔力濃度だ。
「⋯⋯この教室に人の気配は感じられない。たぶん、あっちにいるんだ」
エルが、どうする?という視線を俺に向けてくる。
どうするって⋯⋯校長とかへの挨拶が先じゃないのか?
何気なく背後の校舎を振り返ると、窓いっぱいに並んだ人の頭が、ピャッと下に引っこむのが見えた。
とはいえ、しゃがみきれていない人の髪の毛がのぞいて見えるんだけど。
キャー⋯⋯!
「叫び声⋯⋯? って、待てエル!」
かすかに聞こえた悲鳴に、ピクリと反応したエルが、木々の間へと消える。
助けに行くとか、エルはたぶん、そういう正義感で動いてない。
俺の言葉は聞こえてないみたいだったし、バッと木々の奥を振り返ったエルは、好戦的な瞳をしていた。
この山は、妖は入ってこられないはずだけど⋯⋯エルの変わりようは、妖を狩るときのものだったからな。
「最近は、落ちついてきたと思ったんだけどな⋯⋯」
また猫じゃらしの出番か、と口元が緩むのを感じながら、エルを追う。
不規則に地面から生える木の幹をけって進むと、次第に人が言い争う声が聞こえてきた。
二、三、四⋯⋯エルを除いて五人か。
「だから! うちらだけでも倒せたの! 余計なことしないで!」
「ああぁああアルトちゃん⋯⋯! 助けてもらったのは本当だってぇ⋯⋯!」
「アルトもセピアも、一旦落ちつこう。ね?」
光がさしこむ先に出ると、そこは見渡すかぎりの平野だった。
山の中だから、多少傾いてはいるけど、ほぼ地平線に近いところに、ポツポツと木々が立っている。
訓練場か何かなのか、ところどころ芝生がえぐれてたり、こげていたりしていて、魔力の濃度が高い。
この山に、こんなところがあったのか⋯⋯。
外から見た感じだと、そんなに大きく見えなかったんだけどな。
「いや、なんか、ごめんって⋯⋯あっ、コア!」
数人に囲まれてうろたえていたエルが、俺を見つけて、分かりやすくホッと眉を下げた。
それとほぼ同時に、三人の少年少女がバッと振り返った。
エルのやつ、勝手にとび出していったくせに、調子がいいよなぁ。
俺はため息をつくと、観念してエルのほうへ歩いていく。




