7話
「そういえば、細い路地なはずだもんな⋯⋯?」
俺がつぶやくと、エルは体を起こす途中でピタッと動きを止め、半眼で俺を見た。
「⋯⋯ねぇ、今気づいたの?」
「あぁ⋯⋯うん⋯⋯」
「もしかして、おばあさんがどうなったとかは⋯⋯」
「そういえば⋯⋯! 大丈夫なのか?」
エルはため息をつくと、地面に手をついて立ち上がり、俺を引っ張って立たせた。
「察しが悪いねぇ。僕のここの傷。ちょうどおばあさんを背負ったとき、腕が下がってたでしょ」
「え。あー? ゼータがおばあさんだったってことか?」
「そう。ゼータ、自分の周りの空間をいじって、僕たちの目を錯覚させつつ、妖力もうまく隠してたみたいなんだよね」
妖力を使って俺らをだましてたのに、妖だなんて分からなかった。
ゼータは、妖力の操作が精密なのかもしれない。
腰をおとして構えたエルにつられて、俺も姿勢を低くする。
ふと建物の影で俺らをにらむ妖に、俺に妖を渡さなかったガキを思い出した。
⋯⋯そういえば、依頼書にも猫が増えてるって書いてあったな。
「⋯⋯おいゼータ。最近増えてる猫は、お前が何かした影響なのか」
俺が妖のザワめきに負けないように声を張り上げると、ゼータは馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「俺が直接の原因ではない」
「直接?」
「ああ、そうだ。俺は、身勝手な人間どものせいで、死にゆく運命だった動物たちを、助けているだけ」
ゼータはゴミでも見るような目で、俺を見下げた。
「かわいいだのなんだのって、ぬいぐるみでも買うみたいに動物を飼い、あげくの果てには飽きただとか思ってたのと違うだとか? 滑稽すぎてヘドが出るわ。自分たちが頂点だと思っている人間どもとは違い、動物たちの行動には一つ一つに意味がある。気持ちがある。生きているんだ」
ゼータが腹立たしげにダンッと地面をけると、地震が起きたみたいに地面が上下にはねた。
「なのに、気軽に捨てるんだ。拾ってください、なんてはり紙もあったか? 他人の良心につけこみやがって、生物界のゴミが⋯⋯! それで罪悪感から逃れたつもりか? 罪滅ぼしにすらなってねぇんだよ! ⋯⋯他の生物をないがしろにするなら、生きる権利なんて、ないよなぁ?」
ゼータは文字どおり悪魔の笑みを浮かべ、妖たちに姿勢を低くさせた。
ウゥゥゥ、とうなる声には、憎しみがこもって聞こえる。
「だから、殺した。もちろん、俺じゃあない。動物たちの好きなようにさせたんだ。いい気味だよな、自分たちが下に見て、いらないって捨てた動物に殺されるんだから」
「⋯⋯つまり、猫が増えたのは、ガンマが妖化させて、死ぬ猫が減ったからだね?」
「ああ、そういうことだ」
エルの声が冷静だ。
ゼータの言うことに、納得しているのかもしれない。
ゼータは黙っている俺らに満足そうにうなずいたけど、また表情をなくした。
「俺は人間が大嫌いだ。妖帝様は人間どもを追いやって、妖の世界を創るとおっしゃった。俺は妖帝様を全面的に支持する。だから⋯⋯コア、キサマがいると妖帝様がおびやかされる可能性があるんだ」
ゼータが腕を横に振ると、妖たちがけたたましい鳴き声を上げて襲いかかってきた!
動物たちには関係ないことだから、傷つけたくないな。
とりあえず、守りに徹するか⋯⋯。
俺とエルを囲うように、魔力を変形させる。
「猫が多いね。犬、うさぎ⋯⋯え、モルモットにニワトリ、カメもいるよ⋯⋯!?」
「ホントだ⋯⋯って、上から!? インコとオウム!? 多すぎだろ! 無責任なヤツらが、こんなに⋯⋯」
ここにいる不純妖は、野生で一人では生きていけない。
拾う人なんて滅多にいないから、死んでいたはずの動物たちだ。
捨てられたとき、何を思っただろう。
飼い主への憎悪か、不安か、楽しかった頃の思い出か⋯⋯。
捨てた人たちは、そんな動物たちの気持ちを、自分に重ねて考えたことなんて、ないんだろう。
動物たちの命は、そんなに軽いものなのか⋯⋯?
「⋯⋯そういう人間ばかりじゃ、ない」
エルがボソリと寂しそうにつぶやいた。
フーッと長めに息を吐くと、集中するように目を閉じた。
「不純妖から妖力をぬくよ。まだ妖力がなじんでいない妖が多いから、全部とり除けると思う」
「は⋯⋯!? 不純妖が死ぬ可能性があるからって、さっきは少しも⋯⋯!」
「細心の注意は払う。⋯⋯だけど、人間のせいとはいえ、一度は死んでしまう運命にあったんだ」
「でも今は生きてるだろ! 運命に抗って何が悪いんだよ!」
エルが、そんなこと言うなんて思ってなかった。
そんなの、まるでしょうがないって言ってるものじゃないか⋯⋯!




