3話
本当に、エルは一応雇われてるんだから、ああいうときくらい大人しくしててくれよ。
エルは妖であることを、バレたらいけないんだから⋯⋯。
「おにーちゃんたちっ、またねーっ!」
タタタッと遠ざかっていく足音に、俺はハッと意識を戻す。
「コアおにーちゃん」
「うるさいっ」
「いたっ」
ニヤニヤとのぞきこんでくるエルの頭を軽くはたくと、わざとらしく手でおさえた。
エルのやつ⋯⋯ガキの雰囲気にのまれたか?
いつもはこんなことしないだろ。
俺が嫌がってもやめないことは⋯⋯あれ、あるな。
だからガキは嫌いなんだ。
自分中心に世界が回っているような態度で、相手の都合なんか、考えもしない。
自分が拒絶されることなんてないと思ってる。
だから、そんな態度でいられるんだ。
「あっ、そういえばさぁ。人間って屋根の下で暮らすのが一般的?なんだよね?」
「? ああ、少なくとも俺は⋯⋯」
エルがチラチラと視線を左に動かす。
なんだ? 何か気になることでも⋯⋯。
何気なくエルの視線を追い、俺はサーッと血の気がひくのを感じた。
地平線にうまるように、真っ赤な太陽が、もう姿を消そうとしている。
我に返って見回した公園も、街灯がないせいで闇に沈みかけている。
「⋯⋯なぁ、こういうことはもっとはやく言うべきだろ」
「僕は野宿でもいいからねぇ。コアに会うまでは、外で暮らしてたし」
あー⋯⋯妖は基本、屋根なんていらないんだったか。
依頼の調査が終わってから、泊まるところを探そうと思ってたのに⋯⋯ここは観光地でもなんでもないんだぞ。
近くに宿なんてあるのか? なかったら野宿?
ご飯は? 風呂は? ベッドは?
あぁくそっ、予想外なタイムロスだ。
「ねぇ、もう野宿でよくない?」
エルがしびれを切らして、足元の枝を拾い上げる。
まさか、それで火でもおこすつもりか!?
「おいエルっ、ボヤ騒ぎになるからやめろって」
「えー? でも最近冷えてきてるよ? 戦闘服じゃないし、夜はどうやって過ごすつもり?」
「それは⋯⋯」
ガサガサッ。
もうすっかり暗闇が支配する公園で、草をかき分けるような音が響いた。
猫か?
それにしては気配がおかしい⋯⋯?
独特な気配⋯⋯そう、妖みたいな。
困るな。この辺は妖が出るのか。
戦闘服じゃないと、少しかすっただけで傷ができるし、俺の銀色の髪は暗闇で目立つし。
アルファとの戦いでの傷だって、まだ万全じゃないんだ。
できれば接触は避けたかったけど⋯⋯あからさまな殺気だ。
敵意を向けてくる妖を、放っておくことはできない。
「⋯⋯エル」
「え、僕?」
「そうだ。こう⋯⋯ヒュッてできるだろ」
「妖使いの荒い主だなぁ」
エルはしかたなさそうに苦笑すると、前に腕をつき出した。
つかんで引きよせるように手首を返すと、エルの手には茶色の子猫がぶら下がっていた。
一見すると普通のどこにでもいるような猫、だけど⋯⋯。
「妖だな」
「フシャーッ!」
妖は意外と、その辺にいる動物と見分けがつかないヤツも多い。
人間社会の今、うまく溶けこめたほうが、妖倒士に見つかりにくいからだ。
住んでいた場所は人間たちに奪われ、かといって、反撃すれば妖倒士に退治される。
それでも人間を無意味に襲う妖は絶えないわけだけど⋯⋯。
妖倒士の俺が言うのもアレだけど、妖も大変だよな。
「⋯⋯この猫、不純妖だ」
エルが、暴れる妖の背を見つめ、真顔でつぶやいた。
⋯⋯ふじゅん、よう?
「なんだそれ」
「妖の生まれ方は、今のところ二種類あるっていわれてて、妖の親から生まれる純系と、動物や植物が、途中から何かが起きて妖になる、不純系があるんだ。僕は生まれたときから妖だから、純系。この猫は、少し前に妖じゃなかった時期があるみたいだ」
「⋯⋯つまり?」
純系と⋯⋯不純系?
少し前に妖じゃなかった時期って、そんなの聞いたことないけどな⋯⋯?
エルは何を考えたのか、ニーッコリと黒い笑みを浮かべた。
「アルファのときを機に、妖に関する資料を読んどいてって、渡したよね? 今どこまで読んだの?」
「⋯⋯⋯⋯だ」
「ん?」
「まだ⋯⋯一文字も、読んでない⋯⋯」
うっ、エルの表情は変わらないのに、どんどん圧が大きくなっていってる⋯⋯!
し、しょうがないだろ。
あんな、机をうめつくす紙の束なんて、読む気がしなかったんだよ⋯⋯!
アルファが暴れたせいで傷だらけになった部屋だったから、一回紙の重さで床が落ちたよな?
今にも崩れそうだったとはいえ、紙だぞ?
あのペラッペラな紙が⋯⋯どれだけの重さだよ⋯⋯。
「⋯⋯まぁいいよ。帰ったら、絶対に、ぜっっっっったいに読んでよ」
エルはハァッとため息をつき、まだ手足をバタバタと振り回す妖に目を戻した。
グッと軽く膝を曲げ、妖を持ったほうの手を遠心力で後ろに回す。
は⋯⋯? エル、何やって⋯⋯。
「え。まっ、エル!」




