2話
「あ゙ー、くっそ! また負けたぁ!」
俺は握りしめたコントローラーを放り投げ、ガシガシと頭をかきむしる。
大きく弧を描いたコントローラーは、空中で軌道を変え、黒髪の男の人の手に吸いこまれた。
「ダメだよ、コア。モノは大切に使わないと」
爽やかに笑ってコントローラーを差し出す彼は、あの黒猫のエルだ。
実は妖で、妖にとって難しい、人間に化けることができる。
襟足くらいの長さのサラサラの黒髪に、垂れた穏やかな目。
スッと高い鼻に、形のいいピンク色の唇。
左の目尻には泣きぼくろがあって、甘い雰囲気をさらに濃くしている。
ようするに、イケメンだ。
俺は、サラサラとはとても言えない自分の銀色の髪をいじり、そっぽを向いた。
うらめしい⋯⋯! なんで俺が着ても普通なシャツが、エルが着れば一級品みたいに見えるんだよ!
「コアは今日だけで、九十八戦中、一勝九十七敗だね。その一勝だって、僕には状態異常というハンデがあって⋯⋯」
「うるさい! それも実力のうちだ!」
「はいはい。コアはステータスが僕より低いからねぇ」
「俺は低くない! エルが高すぎるんだよ!」
ギャンギャンほえる俺を、エルが生あたたかい目で見ている。
俺のステータスは低くない。本当だ。ムキになってるわけじゃない。
ただ、エルと比べると⋯⋯だいぶ差はあるけど。
フーッフーッとエルを威嚇しながら向けた視線の先には、白く発光するテレビ。
伸びた配線はコントローラーの充電器につながっている。
テレビに映るミニキャラと横に並ぶ文字を見ながら、俺は小さくうなった。
俺らは今、テレビゲームをしている。
テレビの中の自分のキャラを操作して戦うっていう、よくあるゲームだけど、俺らがやってるモノには、特殊な点がある。
それは、俺らが宿している魔力をコントローラーに流すことで、その人の能力がそのままゲームのキャラに反映することだ。
魔力は、俺ら一族が生業とする妖退治に欠かせないもので、身体能力を上げたり、水や火を出したり、傷を治癒したりと、人間離れしたことができる力のこと。
濃度や量に個人差はあるけど、持たずして生まれた事例は、過去に一度だけ。
その人も、どうなったのかは、全く書かれていない。
歓迎された雰囲気ではなかったのは、たしかだ。
よくて雑用、悪くて⋯⋯想像するのはやめよう。
とにかく、魔力の有無はもちろん、濃度や強さなんかでも、周囲の扱いは大きく変わる。
ただし、実績を上げれば本家から称号を与えられることもあるから、必ずしも魔力が全てではない。
「俺のほうがステータス低いって分かってんだから、ちょっとくらい手かげんしてくれてもよくない?」
俺は画面の文字に目を滑らせながら、不満をこぼす。
悲しいことに、隣に並んでいるエルのステータスとは、全部十以上の差がある。
勝てっこないんだよ! このムリゲーめ!
エルはそんな俺に、こう言い放った。
「違うよコア。手かげんなんてしたら、コアが成長しないじゃないか」
それはそれは、キリリと顔を引きしめて。
あたかも全て、俺のためであることを主張するように。
「嘘つくな。俺をボコボコに殴ってるとき、口元が全力で笑ってんの、知ってんだからな」
「それは⋯⋯アレだよ。コアが少し成長したなぁって嬉しくなったんだよ」
「楽しんでるだろ」
「いやぁ別に? 本気でぶつからないと、コアの修行にならないでしょ。ほら、もう一戦!」
「こんの鬼! やられっぱなしの俺の身にもなれよ!」
俺はバッとエルからコントローラーを奪いとり、二つまとめてズダンッと充電器に差しこんだ。
傾いた太陽が、エルの期待で輝く顔を赤く照らす。
もうすぐ夜だ。
世界が光を失い、闇に沈んだ、その空間は。
ヤツらが活性化するとともに、地球に巣食った人間を絶望につき落とす。
そこで俺らに依頼がくる。俺ら一族しか対応できない、摩訶不思議な任務だ。