6話
フニッ。
「エル⋯⋯?」
俺は、頬をおす柔らかい感触に、うっすらと片目を開ける。
視界いっぱいに俺の顔をのぞきこむ黒猫の顔があった。エルだ。
見慣れた薄暗い部屋⋯⋯俺は気絶したのか⋯⋯?
それで、ベッドに寝かされてる、と。
っていうか、エルのやつ、俺に妖力使ったな!?
いつもみたいに眠らせるだけなら百歩⋯⋯いや千歩ゆずって許すけど、俺に使ったのは、『分解』だ。
エルの能力は、簡単にいうと、妖力と魔力をあやつることができるもの。
その中で、特に操作が楽なのが、生き物に宿った妖力か魔力を体外に放出することらしい。放出した後は勝手にどこかに行くから、だって言ってた。
戦闘のときに使うことが多い理由は、対象の負担が大きいからだそうだ。
まぁ、そうだよな?
妖力がなくなれば消える妖と、魔力が一定以下になれば死ぬ可能性のある人間から、妖力と魔力をぬくんだもんな?
⋯⋯なんで俺に使ったんだよ。
いつもより体が重たい感覚にため息をつく。
俺が弱いから?
俺が狙われてて、危ないから?
エルは俺を思ってやったことなんだろうけど、俺の母さんの問題だ。命が危ないんだ。
普段、少しおせっかいなところに、放っておいて、なんて言うけど⋯⋯大切な人に変わりはない。
助けなきゃって、助けたいって、そう思ってついていきたいのは、迷惑か⋯⋯?
エルがニャァと鳴いて、前足を頬におしつけてくる。
⋯⋯ニャァ?
エルと俺の他に誰もいないのに、エルが猫の鳴き声を出してる⋯⋯!?
恥ずかしがって、そんなことしたことなかったのに、こんな、至近距離で!?
そういえば、俺もなんとなく話しかける気がしなかったような⋯⋯?
まじまじとエルを見つめ、ハッと息をのんだ。
ツヤのある黒い毛なみ、暗闇に浮かぶ月みたいな丸い金色の瞳。
一見何も変わらない。
だけど、この黒猫の体内にある妖力の気配が、エルのものじゃない⋯⋯!
バッととび起きて壁にはりつくと、黒猫はトンッと身軽にとびのいた。
後ろ足で耳をかくと、興味深そうに目を細める。
「まさか、本当にバレちゃうなんてなー。ラムダの妖力をカンペキに似せたんだけど⋯⋯」
幼い子どものような高い声が、残念そうに響く。
ラムダ⋯⋯? 誰だ、それ。
じっと相手の出方をうかがっている俺を見て、黒猫は首をかしげた。
「あれ。コアからは妖力を感じないんだけど⋯⋯」
「⋯⋯っ! なんで俺の名前を⋯⋯っ!」
「ラムダの記憶を読んだの。あたしが作ったモノでね」
ラムダったら口がかたくてさぁ、とどうでもよさそうにつぶやき、黒猫の体にノイズがかかる。
空間が圧縮されるようにゆがみ、黒猫は小さな人間の子どもに変化した。
燃えるように赤い髪は少しパサついていて、一つに結わえて後ろに流してある。
意思の強そうな赤みがかった黒目は、こぼれそうなほど大きく、華奢で幼さが一層感じられる。
人、型⋯⋯!? 俺が勝てる相手じゃない⋯⋯!
ニッといたずらっぽく口角を上げた彼女は、裾を引きずる長さの白衣から一粒の錠剤をとり出し、放るようにして口に入れる。
「⋯⋯っ!」
コクッと彼女の喉が上下した瞬間、ブワッと強風が吹きつけるような圧がたたきつけた!
これが、コイツ本来の妖力⋯⋯!?
なんて量だ、こんなの、今までの妖とは比べものにならない⋯⋯!
「あらためて、あたしはアルファ。七柱の一人で、その中でも一番妖力が多いんだぁ! だからみんな、あたしに妖倒士と戦えって言うんだけど⋯⋯」
アルファ⋯⋯って、エルが入ってる、七柱トップで、母さんをあんなにした妖のことか!?
妖帝の次に強いんだよな?
俺、中級の妖がギリギリなのに、エルもいない今、アルファに攻撃されたら、反撃の術がない⋯⋯!
アルファは緊張に体をこわばらせる俺とは対照的に、床に足を伸ばして座った。
フッと笑みをぬくと、冷ややかな目を俺に向ける。
「興味ないんだよねぇ、人間と妖の戦いとか。人間なんてトロいから、手あたり次第、人間と人間を融合させるの。そしたら勝手に死んでくんだ。同じ生き物同士の融合は難しいからさぁ。成功例が少ない分、殺しちゃうなら簡単なんだよね。でもぉ、あっけなさすぎてつまんないの」
退屈そうに、アルファが床に指先で円を描く。
⋯⋯勝手に死んでく? 殺すのは簡単?
何いってんだ、コイツ。




