4話
「資料の並べかえをしただけでしょ。いつまでもゲッソリしてないでよ」
「⋯⋯何枚あったと思ってんだ。一万枚どころじゃなかったぞ」
「原因はコアにあるからね。切りかえ切りかえ」
両腕を伸ばしたくらいの高さの資料の束を後ろに従え、どこかスッキリとした表情のエル。
対照的⋯⋯いや、それ以上最悪の気分の俺は、横を歩きながら、重〜いため息を焦げ茶の床に吐き出す。
年季の入った、ところどころはげている木製の壁。
照らすだけのために埋めこまれた電球は、ときどきパパッと白くまたたいては消え、再びついて、をくり返している。
片手で数えられるくらいしかないアンティークな扉を眺めていたエルが、しょうがない、というふうに苦笑した。
「これ片づけたら、何か甘いものでも食べようか。たしか、冷蔵庫にプリンがあったはずだからさ」
「⋯⋯嘘じゃないな?」
「もちろん。先に食べてきてもいいよ」
「そーする」
もう限界だ。脳が消化不良を起こしてる⋯⋯。
フラリとよろけるようにして百八十度方向転換し、機械的に足を進める。
背中にあきれた視線が刺さっているように感じるけど、気のせいだろう。
頭真っ白状態で、いつの間にか着いていたリビングの扉に手をかける。
⋯⋯? なんだ、この違和感。何かを見落としているような⋯⋯?
「⋯⋯ったく、あんなに文字を読んだのなんて、初めてだっての⋯⋯」
疲れすぎてるんだな。さっきから、フワフワした感じで、地面の感覚でさえ怪しいような気がするし。
はやくプリン食べたい、と思いながら扉を横にスライドさせる。
「母さん!?」
右に台所、左にリビング。
昔ながらを思わせる木の香り。
一見何も問題ない部屋の床に、部屋着姿の女性が、力なく横たわっている。
「⋯⋯脈、呼吸、異常なし。寝てるだけ? いや、母さんは床で寝ないな。気になるのは、魔力、か」
母さんの側に膝をついて、手首の脈を測り、口に手をかざす。
そのときに体の中の魔力の流れをたしかめたら、案の定、ほぼスッカラカンだった。
これは魔力を持つ代償みたいなものなんだけど、常に一定以上の魔力が体の中をめぐっていないと、動けなくなったり、最悪の場合、目を覚まさなくなったりするんだ。
だから今、母さんは危ない状態といえば、そうなんだけど、魔力不足になるくらい魔力を使うことってないよな。家の中だし。
そうなると、誰かに持っていかれたって線が怪しいけど、妖倒士でそんな能力のやつは見たことない。いても、吸うのは妖力だ。
だったら、なんで⋯⋯?
「コア! 大丈夫!?」
エルが音もなく部屋にとびこんできて、不快だとでもいうように顔をしかめた。
「遅かったか⋯⋯。ここにくる途中、蚊みたいな虫がとんでたから、捕まえてきたんだけど⋯⋯」
俺の横にエルがしゃがみ、握っていた手を広げる。
つまめば潰れてしまいそうな、小さい真っ黒な虫。
注意して捕まえてきたみたいで、標本みたいに傷一つない。なのに、ピクリとも動かない。
エルが指先で羽をつまんだ。
「LEVEL1、分解」
羽のつけ根を中心に、ほんのり金色に光った。
エルが妖力を使えたってことは、この虫が妖力か魔力を持ってたってことだ。
でも、この虫が妖には見えないし、妖力を持ってたら、この山には入れないはず⋯⋯。
「⋯⋯今の七柱には、一人だけ桁違いな妖力を持った妖がいてね。本人は基本、何事にも無関心だから、七柱の儀式も、ただ向かってくるのを倒してただけだったし、妖と人間の争いにも興味なさそうだったんだけど⋯⋯」
「? だけど、なんだ。ソイツがやったのか?」
エルは迷うように視線をさまよわせ、意を決したように俺を見すえた。
「その妖――アルファは、珍しいモノを集めるのが好きでね、唯一アルファを動かす理由なんだ」
「でも、俺の家に珍しいモノなんて⋯⋯」
「コアだよ。あの人型になった妖は、七柱とつながってた。アレが水晶にされる前に、その七柱に情報が流れててもおかしくない。それで、アルファに伝わって、行動を起こしたんだ」
あくまで推測だけど、とエルが確信に満ちた目でじっと見つめてくる。
⋯⋯俺? 俺を狙って、母さんがこんな状態に?




