04.幸太郎様とアリア
トントン。
扉を叩く。
「幸太郎様、スフィアです。入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
部屋に入ると、幸太郎様とアリアが一緒に紅茶を飲んでいた。
「お姉様、お姉様も一緒に紅茶飲みましょ」
アリアはとても楽しそうだ。
どうやら二人は仲よくなれそうだ。
「ど、どうも……スフィアさん」
幸太郎様は軽く頭を下げた。
「幸太郎様、私達は夫婦になるのですから、呼び捨てで構いませんよ」
「で、でも女性を呼び捨てにするなんて……」
「あら、妻の事を呼び捨てにするなんて、帝国でも普通では?」
「そ、そうですけど……」
「お姉様、幸太郎は私の事をアリアちゃんって呼ぶの」
「あらあら、アリアも妻なのですから、呼び捨てにしてもらえないと」
「う……」
どうやら幸太郎様は女性に対する免疫があまり無いようだ。
そんな彼になにか可愛らしさを感じてしまう。
「では幸太郎様、私の名前を呼んでください」
「私も―!」
私もアリアも笑顔でそう詰め寄った。
「じゃ、じゃあ……ス。スフィア」
「はい」
「アリア」
「はーい!」
顔を赤くしながら幸太郎様は私達の名前を言った。
「はい、よく出来ました」
「出来ましたー」
思わず二人して拍手してしまう。
幸太郎様は顔をすごく真っ赤にしている。
「じゃぁ、僕のことは幸太郎、と」
「いえ、それは出来ません」
「えー、どうしてー?」
幸太郎様の言葉を私は即断った。
アリアは疑問の声を上げたが、これは当たり前のことだ。
「幸太郎様。桜宮家の主は幸太郎様なのです。ですから、私達は様付しなければいけないのです。幸太郎様が今までお会いした帝国華族の方々も、妻は夫の事を様付で呼んでいたのではないですか?」
「二、三人しか会った事ないけど、たしかにそうだったかも」
「呼び捨てにして欲しいという幸太郎様のお気持ちもわかりますが、帝国華族の妻として様付は外せません」
「そうなんだ……」
「えー、じゃぁ私も幸太郎の事幸太郎様って呼ぶの?」
「ええ、そうね」
まぁ、子供だからある程度は見逃していたが、一応様付をした方がいいと言っておいた方がいいだろう。
「わかりましたー、幸太郎サマ!」
こうして三人で楽しい時間を過ごしていると、メイドから昼食が出来たと連絡が来たので、再度食堂へ向かって行った。
その時、アリアと幸太郎様の方を見ると、二人仲良く手を繋いでお話をしている。
私は思わず笑みを浮かべた。
二人仲良く話している。
前の時はあり得なかった光景だ。
やはり、私とリーネが幸太郎様の悪口をアリアに行っていたせいで、幼いアリアに幸太郎様は悪人というイメージを植え付けてしまったのが原因だったのだ。
出来れば、このまま二人仲良く暮らしてほしい。
そう思わずにはいられなかった。
こうして食堂に着き、着席すると、すぐに前菜が運ばれてきた。
「あれ、リーネお姉様は?」
「アリア。リーネは疲れたから部屋で休んでいるわ。食事はいらないって」
「そうなんだ。一緒に食べたかったな」
アリアは残念そうに言う。
幸太郎様は何か感づいたのだろうが、何も言ってこなかった。
昼食は、何の問題も無く終わった。
幸太郎様はマナーに四苦八苦しながらも、大きな間違いも無く食べて行った。
私は、内心で申し訳ない、と謝罪した。
幸太郎様は相変わらず緊張しながら食べている。
きっと彼はマナーの事ばかり考えて、料理の味を楽しめていないだろう。
この昼食、もちろんさっきの昼食もだが、歓迎の意味もあるのだ。
なのに、食事を楽しんでもらえなければ意味はない。
つまり、私は幸太郎様の歓迎を失敗してしまったのだ。
本来ならきちんと謝罪しなければいけないのだが、マナーに集中させてしまい申し訳ありませんなんて彼に恥をかかせる事を言う事は出来ない。
可能であれば夕食から帝国風料理にするよう料理人に言っておこう、そう思った。
こうして、昼食が終わり、食休みの後彼に屋敷の中を案内した。
本来これは使用人の仕事だが、昼食のようなことがあった以上、私が案内をした。
これは使用人達に対して、私が怒っている事、そして信頼していない、と宣言しているに等しい。
そしてその後、仕事に入る。
まだ幸太郎様と結婚していないので、私が主に行う。
とは言え、幸太郎様とも一緒に仕事をするのだが。
こうして仕事をしながら幸太郎様を見ると、やはり四苦八苦している。
「幸太郎様。大丈夫ですか?」
「……すみません。書類を読むのに時間がかかってしまって」
「大丈夫ですよ。この家に関する書類ですから、事前に知っておくべき内容もあるでしょうし、ゆっくり慣れていたたければ」
「ごめんなさい」
「ですから、謝らないでください」
自身の能力の無さを認めて謝罪するなんて、意外としっかりしているんだなー。
彼を見ると、一生懸命書類に取り組んでいる。
そんな彼に対し、私は好印象を持った。
前の時は、私は彼の事を何も知ろうとしなかった。
だから、今度はもっと彼の事を知りたい。そう思った。
こうして仕事をし、夕食も三人で過ごした。
結局食事は王国風になってしまったのは正直申し訳なかった。
早く帝国料理に詳しい人間を雇わなくては、と思った。