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03.幸太郎様、(改めて)初めまして。 ~歓迎の食事会とテーブルマナー~

  翌日昼。


「ようこそいらっしゃいました。歓迎いたします。桜宮様」


 馬車で来た桜宮様を出迎える。

 私達姉妹以外に、急ぎの仕事がない使用人も後ろに控えている。

 彼が乗って来た送迎馬車は、私が昨日大急ぎで手配した物だ。


 前の時は、屋敷まで徒歩で来させた挙句、出迎えも歓迎の意味を込めた昼食もしなかった。

 あんなひどい事は、もう絶対にしない。


「初めまして。私は、あなたの第一夫人になるスフィアと申します」


 頭を下げる。

 ちなみに、家名は言わない。

 まだ正式に結婚していないから桜宮の名前は名乗れないし、かと言って公爵家の名前を名乗るのはもっての他だ。


「第二夫人に()()()()()、リーネ・リーズフィリアです」

 

 隣にいるリーネが嫌みったらしく言った。

 当然、頭も下げていない。


 彼女はまだ何か悪態をつこうとしていたが、私に睨まれて止めた。


「アリアです。よろしお願いします!」


 アリアはそう言って頭を下げた。

 なかなか綺麗な(カーテシー)をしている。

 昨日の夜に私が教えておいてよかった。


「初めまして。桜宮幸太郎です。よろしくお願いします」


 彼の顔を見る。

 あぁ、そうだ。

 そう言えば彼はこんな顔をしていたっけ。

 それに、彼の声。

 彼はこんな声をしていたのか。

 前の時は彼の声を聞いた記憶すらない。

 聞いた事があったのかもしれないけど、全く記憶に残ってない。


 彼の年齢は確か十六歳。

 年相応の顔立ちをしている。

 帝国人の特徴である黒眼黒髪。

 そして、彼の一番の特徴……それは、左眼。


 彼の左眼は眼帯になっている。

 まぁ、つい最近まで戦争が行われていたのだから、怪我人なんて珍しくもないが。

 

「では、幸太郎様。昼食の準備が出来ておりますので、食事にしましょう。食堂に案内いたします」

「わ、分かりました」


 少し緊張しているのだろう、ぎこちなく彼が付いて来る。


 そして、食堂に着いた私達。

 上座は当然、幸太郎様の席だ。


「えっと……確か上座は…………」


 幸太郎様がそんな事を言っている

 どうやらどこに座るか迷っているようだ。

 そう言えば、彼は元々平民だったはず。

 上座の位置が分からないのだろう。


「幸太郎様。席はあちらです」


 横に行って小声で喋り掛て、座る席を指さした。


「あ、ありがとう」


 そんな私に、彼が笑顔で返す。

 こんな顔で笑うんだ

 私がそう思っていると……


 プッ


 そんな笑い声が複数個所から聞こえた。

 一番近くを見ると、笑っているのはリーネだった。


 壁際を見ると、給仕として控えているメイドも笑っている。

 当然睨みつけて黙らせたが。

 処罰は後にする。


 全員が座ると、フルコースの料理が運ばれてくる。


 まず、前菜のオードブル。

 私達はきちんとマナーを守って食べているが……幸太郎様はぎこちなく食べている。

 私達を見つつ、頭の中でマナーを思い出しながら食べているのだろう。


 (あっ……)

 私はこの時、料理内容に関して大変な失態をしてしまった事に気付いた。

 後で料理長に言っておかなければならない。


 ……私は、この時この失態の事を考えていたので、料理を食べた彼の顔が一瞬歪んだ事に気付かなかった。


 そして、前菜を食べ終わると、スープがやって来る。

 スープを飲んでいると……


 ゴホッゴホッ

 

 彼がスープを吐き出し、むせ始めた。


「ふん、スープを吐き出すなんて、最低ね。さすが黒猿。ねぇ、姉様。やっぱりあのゴミは私達の夫にふさわしくないわ」


 リーネが彼をあざ笑って言う。


 一方で私は疑問に思った。

 いくら何でも理由もなくあんなに勢いよく吐き出すか?と。


 まさか……

 私は立ち上がると、彼の傍に行き、未使用のスプーンを使って彼のスープを飲んだ。


「んっ!!」


 思わず口を押えるが、耐え切れずこぼしてしまった。

 このスープ、信じられないくらい塩が入っている!

 こんな物、吐き出さない方がおかしい!!


 口の中のスープを吐いた後、水を飲んで気を落ち着かせる。


 私は、リーネや使用人達を睨みつけた。

 やっぱり知っていたのだろう。

 全員青い顔をしている。


「幸太郎様。申し訳ありません。食事は後にしてもらってもいいでしょうか?」

「あ、うん……」

「アリア、彼を部屋に案内してあげてください。こちらの話が終わり次第、私も向かいますから、一緒に待っていてください」

「分かりました、お姉様」


 アリアと幸太郎様は私の雰囲気に押されたのか、食堂から出て行った。


「さて、まずは料理長のハンスを……いえ、料理人全員を連れてきてください」

「は、はい……」


 ハンス達がやって来た。

 私は、苛立ちを隠す事無く、全員を睨みつけた。


「全員並びなさい」

「「「はい!」」」


 全員が一列に並ぶ。

 私の表情に驚いたのだろう。

 全員が青い顔をしている。


「さて、言いたい事は色々ありますが……まずは連絡事項です」

「「「はい?」」」


 怒る前に、先程気付いた事を伝えておく。


「今回の食事の内容ですが、王国貴族としての食事内容でした。ですが、今やここは王国ではなく帝国なのです。ですので、今後は帝国風の食事にしてください」

「て、帝国風ですか?しかし、私達は帝国料理はわかりませんので……」

「そうですか。では、勉強してください。さすがにすぐに対応は出来ないでしょうから、帝国料理に詳しい料理人を別に雇いますので、安心してください」

「そんな……私達は王国料理の料理人です。その私達に帝国料理を勉強して作れなんて……」

「そうですか。では残念ですがそのような人を雇っているわけにはいきませんので、辞めてもらって結構です。勉強する期間は設けますが、やる気が無い人間は我が桜宮家に必要ありませんので」

「……かしこまりました」


 料理人達は、納得できていないようだが、頷いた。


「そうそう、今回王国風料理を出したのはこちらの指示不足でしたので、問題にはしません。では、次ですが……」


 私はリーネと使用人を睨みつけた。


「幸太郎様がマナーに苦しんでいる時に笑った人達、一歩前に出なさい!」


 しばらく困惑していた者達が、一歩前に出た。

 もちろんリーネもだ。


「貴方達、なぜ彼を笑ったのですか?」

「えっと」

「それは」


 全員が困ったようにしている。


「笑ってどこが悪いの?」


 そう言ったのはリーネだ。


「あいつが困っていたマナーなんて王国貴族なら子供でも知っているマナーよ。そんなマナーを知らないなんて、笑われて当然!」


 確かに、あのマナーは王国貴族なら子供でも知っていて当然だ。


「なるほど。あなた達も同じ気持ちですか?」


 使用人達を見回すと、口には出さないが同じ気持ちのようだ。


「愚かですね。マナーとは相手に恥をかかせない為にあるもの。相手への思いやりの心こそ、マナーの真の本質。それなのにマナーに四苦八苦している人を笑うなんて、愚の骨頂。はっきり言って彼の食事マナーよりはるかに下劣な行為。リーネ。元王国貴族として、恥を知りなさい!」

「!」


 私に言われて、リーネは黙った。


「貴方への罰は、今回の件を全て指摘した後に言います」


 そして、私は料理長へと顔を向けた。


「さて、ハンス料理長。スープの塩の量、明らかに単なる間違えとは思えない量です。彼を高血圧にして殺す気ですか?」

「も、申し訳ございません」

「なぜですか?なぜこのような事を?」

「じ、実は……リーネ様が」

「やはりそうですか」


 私はリーネの方を睨みつける。

 ビクッとリーネが震えた。


「リーネ、あなたへの処罰は後回しです。ハンス、あなたは料理人としての誇りは無いのですか?リーネに言われて断りづらいのなら、私に一言報告すればよかったのではないのですか?」

「そ、それは……」

「あなたは本心では望んでやったのでしょう?幸太郎様に対して嫌がらせをしてやろう、と思って」

「……」

「それが本音ですか。あなたには料理人として、食材を無駄にしていい、他人にまずい物を食わせていい、そのような心構えでいたのですね。心底見損ないました」


 吐き捨てる様にそう言うと、今度はリーネの方を向いた。


「リーネ。あなたはどこまで愚かなのですか。このような事をするなど、もはや人として恥ずべきものです」


 言いながら、内心私は自分を責めていた。

 私も前の時は同じような事をしていたからだ。

 だからこそ、もう同じ過ちは繰り返させない。


「姉様……」

「いいですか。王国は卑怯な手を用いて戦争を引き起こし、そして負けたのです。その罪は王国、そしてその戦争を主導した公爵家の人間が追うべき責務なのです。それが私達リーズフィリア公爵家が背負うべき最後の責任と思いなさい。」

「……」


 リーネは俯いて泣いている。

 私は全員に聞こえるよう大きな声で話しかけた。


「皆、聞きなさい。あなた方が彼に対しこのような行為をしている事が帝国に伝われば、帝国はこの事実をきっかけに再度王国侵攻を開始するでしょう」


 実際、前はそうなってしまい、大勢の人が殺された。


「そんな大げさな」


 リーネの安易な考えに、思わずため息が出る。

 だけど、すぐ思い返す。

 思えば私も前の時は同じだったんだろう。

 リーネに対して、とやかく言える立場じゃない。

 とはいえ、言わねばならないが。


「リーネ。ありえないと言いきれますか?相手は長年宗教対立をしていた大光牙帝国なのですよ。そして、幸太郎様は帝国では今回の戦争で活躍した英雄。その英雄を雑に扱っている事を知られれば、帝国国民は反発するでしょう。戦争を起こす理由としてはそれで十分なのです。そして、王国は今度こそ滅び、王国国民は全て奴隷になり子々孫々に至るまで苦しみ続けるでしょう。いえ、奴隷ならまだましかもしれません。王国が民族浄化を宣言し、皆殺しにされる可能性だって十分にあるのです。あなた方はそれを望んでいるのですか?」

「「「…………」」」


 安易な考えをするリーネを黙らせる。

 そして私が想像する未来……正しくは知っている未来の事を話すと、全員が青い顔をしている。

 未来がイメージできたのだろう。


「では、今回の罰を言い渡します。リーネ。あなたは私がいいと言うまで自室で謹慎していなさい。他の者達は全員減給とします」


 今はまだ幸太郎様と結婚していないので、彼らを罰するのは私の仕事だ。

 私が与えた罰に、皆は驚いた顔をしている。

 当たり前だ。

 普通に考えれば主犯のリーネは牢屋行だし、使用人達は解雇が当然だろうから。


「今回罪が軽いのは、幸太郎様がいらした当日にいきなり使用人を大量解雇してしまうと、ご自身のせいで解雇が起こってしまったと不安感を与えてしまうかもしれないからです。よかったですね、幸太郎様に感謝してください。では、再度料理を準備してください。料理は幸太郎様、私、アリアの三人分です。リーネの分は必要ありません。そうそう、内容は王国風で構いません。さすがに今すぐ帝国風料理を準備するのは無理でしょうから」

「かしこまりました」

「では、至急準備をしてください」


 使用人達は去っていき、残っているのはリーネだけになった。


「リーネ。あなたは自室にいなさい。指示があるまで決して出てはいけませんよ」

「分かりました……お姉様」

「しっかり自分がなすべき事を考えなさい。元王国貴族として、民の為に何が出来るかをきちんと考えなさい」

「はい」

「これが最後です。これ以上幸太郎様に無礼を行うのでしたら、妹と言えど決して容赦はしませんからね」

「姉様……」

「私の言葉、決して忘れてはいけませんよ。私は本気ですからね」


 そう、私は本気だ。

 これ以上幸太郎様に危害を加えると言うのなら、この家から出て行ってもらうつもりだ。

 場合によっては、死を命じる事すら覚悟している。


「姉様。姉様はどうしてそんなに割り切れるの?」

「割り切れるって?」

「だって……家にあった王国の物とか、家族の物をどんどん捨てて行ったり、あのおと……幸太郎様を歓迎したり。どうしてそんな事が出来るの?幸太郎様は帝国の人間ってだけじゃない。ギークの仇でもあるんだよ」


 リーネの言う通り、私だってそう簡単に割り切れたわけじゃない。

 前の時は割り切れず、彼が毒殺されるのを知っていても黙っていた。

 その結果起こってしまったのが民族浄化だ。

 あれを見てしまったから、私は割り切れる事が出来たのだ。


 前の時は気づくのが遅すぎた。

 だからこそ、戻って来た私は同じ過ちを繰り返す事は決してしてはいけないのだ。


「私だって、完全に割り切っているわけじゃない。でもね、それでも割り切らなければならないの。それが、元王国貴族として、そして戦争を引き起こしてしまった公爵家として、そして公爵家の人間なのにそれを止めなかった私達の責務なのよ」

「お姉様」


 そう、私もリーネもお父様が戦争を計画している事を知っていた。

 でも、止めなかった。

 だから、今回の責任の一端は私達にもある。


「リーネ。もう一度言います。謹慎中にしっかり考えなさい。自身が何をするべきかを、ね」

「分かりました……」


 そう言うと、リーネは自室に向かって歩き出した。

 一方私は彼女を見送ると、幸太郎様の部屋へ向って歩き出す。


 今度こそ、幸太郎様と仲良くなるために

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