9,修羅
奈良県の興福寺に阿修羅像があります。
三面六臂の乾漆立像です。
なかなか、神経質そうなお顔のお像です。
上の空の定例会議を終えた有賀教頭と助皮教諭は、あらためてパンティとブラジャーを見た。わくわくする。
「いひひひ」
「むふふふ」
色っぽい。淫靡だ。
「ん……これは?」
「QRコードですね」
パンティとブラジャーには、QRコードが付けられていた。
スマホにかざして見た。
“新宿歌舞伎町2丁目近藤ビル2階『エデンの園』8時~9時、タイムセールで飲み
放題、女の子よりどりみどり“と出た。
「むむむむ……これは……」
「惹かれますねぇ」
「そうだ。カメくんを連れて行こう」
「え~、カメくんは高校生ですよ」
「高校生でも、歳はとってるんだな。カメ年齢では、とっくに二十歳は過ぎているのだよ」
「ほう」
いざとなったら、カメを人質に差し出して脱出しようとの腹だ。
カメに話すと、「修羅さんも一緒でいいですか」と聞いてきた。
「うん、まあ、割り勘ならいいよ」
と教頭はこたえた。
「修羅さんです」
「ほう、修羅さんはイスラム教徒ですか」
修羅と呼ばれた人は、アバヤというイスラム教徒が着るような体全体を覆うローブのような黒い服装をしていて、頭、顔を覆うイスラム教徒がするヒジャブのような物を被っていた。見えるのは目だけだ。
「いや、イスラム教徒という訳ではない」
「カメさんは、変わった友達が多いから」
「あっ、割り勘ね」
「了解」
8時ごろ一行は、近藤ビル“エデンの園”に着いた。
寄って来たホステスは、カメを珍しがって取り囲んだ。
「カメくんは高校生なんだぁ。高校生が、夜こんな所で遊んでいいの」
「カメくんは、高校生でも、もういい歳なんだよ」
「そう、何歳なの?」
「さあ、自分でも判らない」
カメは、珍しさもあってモテていた。
一方、同じ異色の存在修羅は、黙々と水割りをストローで飲んでいた。
見かねて、ベテランホステスが話しかけた。
「修羅さんて、イスラム教徒なのかしら」
「いや、違う」
「趣味って何かしら」
「ケンカ」
「まあ、ケンカ。……まあ、すばらしいわ~。近ごろ、当たり障りの無い態度や見て見ぬふりをする人が多い中、敢然と悪に立ち向かう態度は立派だわ~。その険のあるお目め……あなた、昔、暴走族のリーダーをしてなかった」
「そんなに褒められても」
「褒めてないぞ~」
「あなた、修羅さん、氷室って名字じゃない?」
「いや、阿だ」
「阿田さん。阿田修羅、変わった名前ね」
「カメくんてリクガメなの、それともウミガメ?」
「ウミガメだと思うけど」
「性別は?、外見だと分からないわ」
「オスだと思う」
「彼女との出会いは、どうなっているの」
「さあ、でも小笠原諸島、父島沖付近に集合とか何とか、記憶にあるのですが」
「まあ、ロマンチック」
「あっ、何、これ~」
「あう~」
「あらヤダ~、これカメさんのナニじゃない」
「まあ、いやらしい~」
「こんなの、むき出しでいいわけ」
「ああ~、乱暴にしないで~」
「しょうがないな~、アルコールで気が緩るんだな」
そうこうする内、サービスタイムは終了して通常営業に突入していた。
いつの間にか、ホステス達は撤収していた。
「ご勘定を願います。全部で80万円です」
黒服が慇懃にレシートを突き付けた。
「ええー!。そんな~」
「話しが違う。タイムセールで2千円のはずじゃなかったんじゃ」
「これは、時間外の料金です」
「ぼったくりだー」
有賀教頭、助皮教諭が呆然とする中、修羅が黒服の前に出た。
おもむろにヒジャブを脱ぐ。アバヤも脱いだ。
「……⁉、ばっ、化け物―」
頭が3個あった。手が前2本左右に2本づつ4本、計6本あった。簡易な茶の服でヒモみたいな物が胴で結ばれていて、足はサンダルみたいな物を履いている。
修羅が吠えた。
「舐めたマネしやがってえー」
修羅は黒服のえりを掴むと、強烈なビンタと見舞った。
“ダダダダ”と6本の手が間断なく繰り出され、黒服の顔は“あっ”という間に赤く膨れ上がった。
「野郎!、何をしやがる」
「やっちまえー」
怒号が飛び交う中、修羅は黒服を頭上高く持ち上げると、カウンター越しに酒棚に投げ飛ばした。
修羅は強い。ケンカ慣れした“エデンの園”従業員がも歯が立たなかった。
焦った一人が日本刀を持ち出し、切りかかった。修羅はピタッと白刃を両手で挟むと、別の手で“ベキッ”とへし折った。
別の一人は、拳銃を持ち出しぶっ放した。修羅はフライパンみたいな物で、カンカンと弾丸を打ち返す間、別の手が鞭を振るって拳銃を叩き落とした。
足で“ベキッ”と踏みつけると、拳銃はくの字に折れ曲がった。
修羅はクルクルと舞いながら、次々とテーブル、イス、その他備品などを破壊して行く。
「我は阿修羅。おほほほほ~」
「支配人、警察をよびましょうか」
「バッ、バカッ、刀、拳銃をどう説明するんだ」
「はあ、わあー!」
「お帰り願え、丁重にな。お代はいいー、わあー」