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獣の魔女と黄昏の迷宮  作者: 白石しろ
第2章 黒の遺跡
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第7話 侵入者

「あの二人、話をしてるみたいだね。何か情報が手に入るかもしれない。聞いてみようか」

 

 ルードが宙に向かって指を動かす。

 すると空中に浮かぶ映像から音が聞こえてきた。

「……なんだか随分とのどかな所だな。なあ、親父、本当にここでいいのか?」


 聞こえてきたのは若い男の声だった。

 アリシエは驚いた。これも古代人の機械の力なんだろうか。


(す、凄い……まるで魔法みたい……)


 遠くにある人や物の姿を映すだけじゃなくて、その人たちの話していることまで聞くことができるなんて本当に凄い力だ。昔の人たちがこんな便利なものを使い、日常を過ごしていたなんてちっとも知らなかった。


「なあ、親父。普通、魔女ってのはもっとおどろおどろしい所に住んでるもんだろ。こんな穏やかで綺麗な所に魔女なんているのかよ。何かの間違いじゃないのか」

「そうは言ってもなあ、村の祠の隣にあったでかい置物が急に光り出して、辺りがぐにゃぐにゃと歪み出したのはお前も見ただろ。何事かと思ってぐにゃぐにゃの先に進んだら、こんな所に出るじゃねえか。こいつが魔女の魔法じゃないって言うならなんなんだ」

「まあ、確かに魔法には違いないだろうけどよ……違う場所に移動するなんて、そんなすごい魔法を使える魔女を相手にするんなら、俺たちみたいな素人じゃなくて、魔狩りのギルドに依頼して、退治してもらえばいいんじゃないか?」

「魔狩りのギルドに魔法使いの退治を依頼するには結構な金がかかる。そんな金がないことはお前もわかってるだろう」

「まあ、それはそうだけどよ……せめてヴァイス男爵に相談してからでも……」

「あの方は魔物退治のために今は留守にしているそうだ。だったら俺たちでやるしかないだろ」

「それなら男爵が戻るのを待てば……」

「おい、ヨハン。しっかりしろ。俺たちの村の近くで魔物が増えてるのはここにいる魔女の仕業に違いないんだ。ここにいる魔女を退治すれば、村のみんなを守れるんだぞ」


 この人たちは何の話をしているんだろう。

 魔女がどうのこうのとか言っていたけど、ここには魔女なんていない。

 どうしてこの二人は、いないはずの魔女の話を熱心にしてるんだろう……?


「……なるほど。多分、彼らは遺跡に通じる転移門を見つけ、その中に入ってしまったみたいだね」

「転移門……? なんなのそれ?」

「人や物を遠く離れた場所まで一瞬で移動させる装置のことだよ」

「そんな凄いものが本当にあるの?」

「……アリシエ。君はおとぎ話の中で魔法使いが遠く離れた場所に現れたりするのを見たことない? その魔法使いがしていることを道具がやってくれてると思えばいいよ」

「そんなものまでここにあるんだ……」

「この大陸を救うために作られた施設だからね。それくらいあって当然だよ」


 この大陸を救う。そんなとんでもない力を持つものを人が作れるなんて信じられない。でも、死を待つしかなかった自分の命を救い、見たこともない現象が次々と起こるのを目にした今、アリシエは「もしかしたら大昔の人は本当にこの大陸を救うほどの力を持っていたのかもしれない」と思うようになってきていた。 

 

「状況を整理しようか。彼等の村は最近魔物の被害に悩まされている。その村の近くにはこの遺跡に通じる転移門があり、二人はそれを見つけて、この遺跡に来てしまった。そして厄介なことにこの二人は、自分たちの村が魔物に脅かされてるのは僕たちのせいだと思っているらしい」

「ねえ、ルード。もしかしてなんだけど……その悪の魔法使いって私のこと?」

「そうだよ。あの二人は自分たちの村に起きる災いの原因はこの遺跡のせい。正確に言うと遺跡にいる人間――つまり君が諸悪の原因だと思ってるみたいだ」

「なっ……!? ご、誤解だよ! 私は何もしてない! そもそも私がここに来るずっと前から魔物は増えてるんだよ! なのになんで……!?」

「さあね。彼等には理由なんてどうでもいいんだろうね。あるいは目の前にある危機に目が眩んで、全てを君に押し付けてしまったのかもしれない。まあ、向こうの事情はどうでもいい……彼らは敵意を持ってこの遺跡に侵入した。それも武器を持ってね。となるとこちらも相応の対等を取らないといけない」


 綺麗な顔をしているのにルードの目はすごく冷たくて、とても怖くて、嫌な感じのするもので一杯だった。


「ま、待ってよ。対応って何? 何をするつもりなの? まさか……あの人たちを殺したりはしないよね?」

「別にそこまではしないよ。少しばかり脅かして、村に追い返してやるだけさ」

「本当……?」

「もちろん本当だよ。嘘なんかついてない」

「…………」


殺しはしない。ただ、脅すだけ。

 それならいいのではないか。命を奪いさえしなければ、それでいい……。


(本当に? 本当にそれでいいの……?)


アリシエは悩んだ。

 ルードは脅かすだけと言ったが、何をして脅かすつもりなんだろう。これまでの彼の発言や態度を考えれば、穏やかな方法でないことは間違いない。

 ルードは「殺さない」とは言った。だが、「怪我をさせない」とまでは言っていない。ひょっとしたらルードは手足の一本ぐらい失ったり、目玉の一つくらいは潰れても構わないと思っているんじゃないだろうか。

 それじゃあ駄目だ。いくら殺さないと言っても、自分と同じようなただの村人に怪我を負わせるわけにはいかない。


「……あのさ、ルード。その……私……」

「何? 言いたいことがあるならもっとはっきり言って」

「そ、その……あの人たちに本当のことを話してみようよ。私たちは悪の魔法使いなんかじゃない。この遺跡はみんなを助けるためのものなんだって教えれば……」

「何言ってるの? 本当のことを話せばなんとかなる? そんな都合の良いことあるわけないでしょ。君だって僕の言ったことを全部信じてるわけじゃない癖に」

「そ、それは……」


 アリシエは言葉に詰まった。

 ルードの言う通り、アリシエは彼が言ったことを全て信じたわけじゃない。でも、それはルードが嘘をついてると思ったわけではなく、これまで自分が生きてきた日常の中で培ってきた常識と彼の言うことがあまりにもかけ離れていたためだった。


「……別に君のことを責めてるわけじゃない。僕の言うことをそっくりそのまま信じる奴がいたとしたら、頭がどうかしてるか、それとも温室の中で自分に都合のいい言葉だけを吹き込まれ、世の中のことを知らずに生きてきた奴ぐらいだ。そんな奴が僕のマスターになるだなんて、考えただけでも頭が痛くなる」


ルードはため息をついた。

 愚痴をはいて、ため息をつくその仕草はやけに人間くさかったけど、言っていることはこれ以上無く辛辣な内容だった。


「……君の言うとおり、彼等に本当のことを話したとする。あり得ないことだけど、それで彼等が納得して村に帰ってくれたとしよう。でも、それで終わりじゃない。この遺跡に通じる別の転移門から新しい侵入者がやって来ると思うよ。何度も何度もね」

「な、なんでそんなことが言えるの?」

「昔、同じことがあったからね。ずっと前にどこかの貴族がこの遺跡の力に目をつけて何度も人間を送り込んできたんだ。その時、僕のマスターだった人も君と同じように話し合いで解決しようとしたけど、無駄に終わった」

「…………」

「納得できないって顔してるね。それじゃあ、いっそのこと君が話し合いに出てみる?」

「えっ……? いいの?」

「いいよ。臆病そうな君にそんなことが出来るならね」

「で、出来るよ。お話するぐらいなら出来る」

「そうは思えないけどね。ああ、それと彼等が今の君の姿を見たらどう思うかぐらいは想像した方がいいよ」

「私の……姿……?」


 ルードに言われアリシエは改めて今、自分がどんな姿をしているのか思い返した。

 そうだ。自分の頭には狼の耳が生えている。

 それだけではなく、左手だって狼の手に変わってしまっていた。今の自分の姿を見たら、人々はどんな風に思うだろうか。

 自分のことを知っている人たちなら、事情を丁寧に説明すればわかってくれると思う。だけど、自分のことをまったく知らない人だったら……?

 アリシエはその時のことを考えた。

 とても、とても嫌なことだったけど、考えないわけにはいかなかった。


――騙されるな! あれは魔物が俺たちを騙すために人間の姿に化けているんだ!――人間みたいに喋りやがって、俺たちを騙そうとしてもそうはいかないからな!

 

人々は次々とアリシエに乱暴な言葉を投げつけられ、敵意と疑いのこもった目を向けていた。

 それはアリシエが自身の頭の中で作りあげた光景に過ぎない。


(でも、もし本当にそうなったら……)


 その時のことを考えると胸がずきずきと痛み、足が震えてくる。

 それだけではなく胃や喉が焼けるような感じがして、吐き気がこみ上げてきた。頭の中で少しだけ考えただけなのに、臆病なアリシエはもう立っていることさえ難しい状態になっていた。

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