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獣の魔女と黄昏の迷宮  作者: 白石しろ
第2章 黒の遺跡
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第6話 世界を救うもの

 アリシエはこの意地悪な少年に文句を言ってやりたくなった。

 だけどそんなことをしても何にもならない。さっきも言ったように聞きたいことは山ほどあるのだ。

 気の弱い自分がこの少年に文句を言えるような気はしないけど……そうするにしても聞きたいことを全部聞いてからだ。


「……ここは何なの? 黒の遺跡って何?」

「黒の遺跡は大昔の人々が作ったものだよ。この大陸を救うためにね」

「大陸を救う……? それってどういうこと?」

「言葉通りの意味だよ。君も聞いたことぐらいにはあるんじゃないかな。ずっと昔、このアカシア大陸に大きな災いが起こった。その災厄によって大地は毒に汚染され、大勢の人が亡くなった。災厄を生き残った人々も残された清浄な土地を巡って醜い争いをするようになったんだ」

「うん。その話なら知ってるよ。昔、ものすごく悪い魔女がいて、その魔女はこの大陸中に毒をばらまいて人々を苦しめ、凶暴な魔物を操ってこの大陸を支配しようとしたんだよね。だけど魔女の悪行は長くは続かなかった。魔女の蛮行を見かねた女神様が一人の騎士に力を与えた。騎士は仲間たちと共に悪しき魔女と戦い、激しい戦いの末、ついに魔女は倒れた。その戦いの後、女神様が聖なる木を大地に植えて、その力で魔女のばらまいた毒を清めたんだよね」


昔、この大陸を支配しようとした悪い魔女。それは災厄の魔女と呼ばれている。その話は子供でも知っているほど有名な話だ。

 災厄の魔女の話は有名だ。この大陸でその話を知らない人はいない。だが、どんなに有名であったとしてもあれは子供向けのおとぎ話だ。

 なぜルードはおとぎ話の話をするのだろう。アリシエが不思議に思っているとルードは怪訝そうな顔をして首を傾げた。


「……魔女に騎士だって? 君、なんの話をしてるの?」

「えっ……? だからそれって『災厄の魔女』のことじゃないの?」

「違うよ。なんなのさ、それ?」

「お、おとぎ話だよ。私みたいな田舎に住んでる子供でも知ってるくらい有名なお話なんだけど……ルードは知らない?」

「知らない。まあ、君の言う災厄の魔女とやらの話もただの子供向けのおとぎ話じゃないとは思うけどね」

「ど、どういうこと……?」

「そのおとぎ話は実際にあったことを元にして出来たものだってこと。昔、この大陸で大きな災いが起き、その結果大地は毒に冒されてしまい、大陸は滅亡の危機に陥った。ただ、そのおとぎ話と違って、古代人は本当にいるかどうかも分からない女神や聖なる木なんて不確実なものに頼ることはせず、機械と魔法の力を合わせた魔導科学に頼った。そしてこの大陸を救うためにこの黒の遺跡を作りあげた。それが真実だよ」


 そんな話、聞いたことがない。

いや、知らないのは自分だけじゃなくて、ミュルゼの村――ううん。ミュルゼどころか大きな街に住む偉い学者さんだって知らないんじゃないだろうか。


「だけど、黒の遺跡はその役目を完全に果たすことはできず、主を失ったことで機能を停止してしまった。だからこの大地は今になっても災厄の傷を癒せないでいる。君も話ぐらいは聞いてると思うけど、近年、凶暴な魔物が増え、人々を襲っているのは、災厄の時に生じた毒が原因なんだ。本来は人を襲わない大人しい魔物が毒を体内に取り込み、変異してしまったからなんだよ」

「で、でも、その毒って大昔のものなんでしょ? そんな昔のものがどうして今になって悪さをし出したの?」

「それは僕もわからない。昔、災厄の時に生じた毒がどこかに残っていて、なんらかの拍子にそれが溢れ出した可能性が一番高いと思う」

「…………」

「そんなわけで大地に残る毒を浄化するにはこの遺跡の力がどうしても必要なんだ。だけど、この遺跡を動かすには新しい主を迎えないといけない。ただ、その適正を持った人物がなかなか見つからなくてね……僕も困っていたんだ」


 そこでルードは言葉を切り、改めてアリシエに目を向けた。


「ここまでの話で大体は想像がついてると思うけど、アリシエ、君がそうなんだ。君はこの遺跡の主になることが出来るとても貴重な人間なんだよ」

「わ、私が……?」

「そうだよ。黒の遺跡の主になれる人間は極めて少ない。十年かけて探しても候補の一人も見つかられないくらいにね。だからしたくもない苦労をして、わざわざ君を助けてあげたんだ」

「…そ、そんなこと言われても……」


 ルードが自分の命を助けてくれたのは事実だ。

 変な耳を生えさせられ、手を狼みたいなものにさせられたけど、それでも彼は命の恩人だ。いくら意地悪な相手でも命を助けてくれたことには感謝しているし、恩を返したいという気持ちもある。


(ルードには悪いけど、そんなの無理だよ。男の人みたいに力があるわけじゃないし、ミーシャみたいに魔法が使えるわけでもないし……それどころか他の人よりもずっと臆病で、みんなからは泣き虫って言われてるし……)


大陸を救うだなんて、大それた事、ただの田舎の村娘に出来る筈がない。

 アリシエがそう言おうとしたその時――突然、何かが鳴り響き、周囲にある壁に赤い文字が浮かび上がってきた。


 空中に浮かんだ赤い文字。

 それは仰々しく、禍々しくて……見ているだけでとても嫌な感じがするものだった。アリシエは肝が冷える思いがして、ぶるりと身を震わせた。


(私、ここに来てから、怯えてばっかりだ……)


 そんな自分が少しだけ嫌になったけど、これが自分――ただの田舎の女の子のアリシエなのだから仕方がない。

 

「な、なんの音なの、これ……?」

「……誰かがこの遺跡の中に入って来たみたいだね。今、侵入者の映像を出すよ」


ルードがそう言って、何もない宙に向かって指を動かしていった。その動きはミュルゼの外の裕福な人の家にあったピアノの鍵盤を叩くのに似ていた。

 それからほどなくして何も無かったはずの場所に人の姿が現れた。

 二人の大人の男の姿が空中に浮かんでいる。

 その姿が本物でないことはなんとなく察しがついた。なぜならそれは実際に目で見るよりも大きさも一回り小さく、輪郭もぼやけていたからだ。


「これって……魔法の力で映してるの?」


 魔法の中には幻を映し出す力がある。これはそういった類の魔法によるものなのかもしれない。そう思い、アリシエはルードに尋ねた。

 が、ルードは首を横に振った。


「ううん。これは魔法じゃないよ。遺跡の防衛機構が侵入者の姿を映し出しているんだ」

「ぼ、防衛機構ってなんのこと? ご、ごめん。私、あなたの言ってること、聞き慣れない言葉ばかりで全然わかんないよ……」

「古代人が作った遠くの物を見る道具を使って、この遺跡に侵入した人の姿を君にも見えるようにした。それなら理解出来る?」

「う、うん……」

「ちなみにこれは映像と呼ぶんだ。覚えておいて」

「わ、わかったよ……」


 今度はなんとなく理解できた。

 今、目の前に二人の男性の姿が映っている。ルードの説明によれば、それは映像といって古代人の作った道具がここにはないものの遠くのものの姿を映しているらしい。一体、どうやったらそんな凄いことが出来るのか、アリシエにはちっともわからなかったが、今はそんなことを聞いている場合じゃない。

 今、問題なのは彼等が何者なのかということだ。

アリシエは空中に浮かぶ二人の男たちの姿を見た。

 一人は二十歳かそこらの青年で、もう一人は体格の良い壮年の男性だった。

 青年の人は弓を持ち、壮年の男性の方は手に斧を持っている。

 どうしてあの人たちはあんな物を持っているんだろう。

 もしかして二人は狩人と木こりで仕事の途中で道を間違えて、ルードの言う黒の遺跡とやらに迷い込んできたのだろうか。


「念のために聞いておくけど、この二人の姿に見覚えはある?」

「……ううん。知らない」


 アリシエは首を横に振った。

 二人とも見たこともない人だ。少なくともミュルゼの村の人たちじゃない。

 ただ、知らない人ではあっても悪い人のようには見えなかった。斧や弓を持っていることを除けばどこにでもいる普通の人のようにアリシエには思えた。

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