表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣の魔女と黄昏の迷宮  作者: 白石しろ
第2章 黒の遺跡
5/18

第5話 不思議で意地悪な少年


 部屋の外から、こつーん、こつーん、という音が聞こえてくる。

 それは誰かの歩く音だった。

 この部屋に向かって誰かが歩いてきている。もしかしたら、自分を殺そうとしたあの黒いローブの人かもしれない。そう考えたアリシエは、毛布を更に深々と被って身を震わせた。


 きぃ、という音と共に扉が開き、部屋の中に誰かが入ってくる。


「……ああ、目が覚めたんだ」


 それは男の人の声だった。

 まだ若いというか……子どもの声のように聞こえる。

 興味を惹かれて、アリシエは毛布の隙間から声の主の姿を確認しようとした。

 布団を被ったアリシエがもぞもぞと動いていると――


「……君、何してるの?」

「え、えっと……」


 声の主と目が合ってしまった。

 アリシエが想像した通り、そこにいたのはまだ年若い少年だった。

 歳は十五かそこら。十三歳のアリシエよりは少しばかり年上のように見える。

 部屋を訪れた人が大人でなく、子供だったことにも驚いたけど、それ以上にアリシエを驚かせたのは、彼の容姿だった。

さらさらとした金色の髪に夜空を思わせる瞳。まるで彫像のように整った顔。声を聞いていなければ女の子だと思ったかもしれない。着ている服だってこれまで一度も見たことがない風変わりなものだ。


(この男の子が私を助けてくれたのかな……?)


 祠にあった魔物払いの宝玉を盗んだのは大人のはずだ。

 そもそも無言でこちらを殺そうと魔物をけしかけるような人が、崖に落ちた自分を助けてベッドに寝かせてくれるはずがない。それならひとまずは安心してもいいんじゃないだろうか。

 そう思ったもののやっぱり警戒心は消えなかった。

 ミーシャにも言ったように怖いものはやっぱり怖い。臆病で怖がりな自分は一度怖いと思ってしまったら、簡単には怖いと思うのは止めることが出来なかった。 だからアリシエは、自分を助けてくれたであろう相手にも怯えた声を出してしまった。


「あ、あなたは誰? 名前は?」

「僕……? 僕は黒の遺跡の守護者だよ」


 アリシエの問いに対して少年は聞いたこともない単語で返した。


(黒の遺跡……? それに守護者って何……?)

 

 この少年は一体なんのことを言っているんだろう。

 とても重要なことだとは思うけど、アリシエが聞きたかったのはそんなことじゃなかった。


「えっと……あのね、私が聞いたのは黒の遺跡とか守護者とかそういうのじゃなくて……その……あなたの名前を聞きたかったんだけど……」

「……僕の名前?」


 少年は不思議そうに首を傾げた。

 その姿は中性的な容姿も相まって、なんだか可愛らしいものに見えた。


「う、うん。あ、そうだ。私の名前、言ってなかったね。私はね、アリシエって言うの。だから、その……あなたの名前を教えてくれるかな……?」


緊張して上手く喋れない中、アリシエは懸命に声を振り絞って、少年にそれだけを伝えた。そんなアリシエを見て、少年は興味深げな表情を浮かべ、頷いた。


「ああ、なるほど。すっかり忘れたよ。人間はまず相手の名前を知ることから、交流を始めるんだったね。僕の名前はルード。よろしく、アリシエ」

「よ、よろしく……」


 ルードと名乗った少年は、それからも訳のわからないことをぶつぶつと呟いて一人で納得している。


(な、なんかすっごく変わった子だなぁ……)


 それがアリシエのルードに対する第一印象だった。

 容姿や着ている服もそうだけど、何よりも異質なのは彼の雰囲気だ。

 どこか人形めいた雰囲気がして、自分と同じように呼吸をしているのかさえ疑問に思えてくる。


(……なんなんだろ、この子。こんな男の子、今まで見た事ない……)


 と、そこでアリシエは我に返った。

 いや、今は彼のことを考えている場合じゃない。まずは自分の身に何が起こったかを知る必要がある。


「あ、あのね、ルード。私、魔物に襲われて怪我をしちゃって、そこから先のこと全然憶えてないの。だから、どうして自分がここにいるのかわからなくて……もし何か知ってるなら、教えてほしいんだけど……」 

「いいよ。僕もそのことを話したいと思っていたんだ。僕がこの遺跡に通じる転移門の近くで君を見つけた時、君は酷い怪我をしていて、今にも死んでしまいそうだった。それで僕がここまで君を運んできて治療を施すことにしたんだ。治療は概ね上手くいったんだけど、少しばかり問題があってね……」

「……問題? 問題ってなに?」


 問題とはなんだろう。

 ルードの言葉を聞いてアリシエは背中に嫌な汗が流れるのを感じた。


(それって、もしかして私の手と耳のこと……?)


 アリシエは右手で自分の変わってしまった左手をぎゅっと握りしめた。

 可愛らしい少女が小さな身体を震えさせ怯えるその姿は、彼女を知らない人間であっても同情を誘うほど悲哀に満ちていたが、ルードはそんなこと意も介さず話を続けた。


「アリシエ。君はまだ自分の手と耳を見てないの?」

「……見た。私の耳と左手、なんでこんなおかしなことになっちゃったの……?」

「さっきも言ったよね。君の怪我を本当に酷いものだった。いくら古代人の医療技術が優れているといってもあの状態の君を助けるのは、普通の方法じゃ不可能なのは明らかだった。だから特別な方法を使って君を助けることにしたんだ」

「特別な方法って何……?」

「生命力の強い生き物の身体の細胞を君の身体に移植した。そうすることで命を繋いだんだよ」

「……ど、どういうこと? あなたの言ってること、聞いたことのない言葉ばかりでよくわからないんだけど……」

「こう言えば分かるかな。君の怪我を治すために狼の魔物の身体の一部を混ぜ合わせた。今、君の身体は魔物と人間が混じった状態になっている。厳密な意味では違うんだけど、まあ、そういう風に理解してくれていいよ」


 アリシエは思わず耳を疑った。

 人の身体と魔物を混ぜ合わせるだなんて信じられない。そんな恐ろしいこと神様が許すはずがない。


「か、勝手にそんなことしないで……っ! なんでこんな酷いことするの……」

「酷くなんてないよ。あれだけの大怪我を負ったのに、耳と手の見た目がちょっと変わるだけで済んだんだから。むしろ運が良かったと思った方がいい」

「こ、こんなのが良いわけないじゃないっ! 私の体を元に戻してっ……!」


アリシエは必死に抗議した。

 こんな不気味な手に触れられたい人なんていない。頭に狼の耳が生えた人間を不気味に思わない人間なんていない。だが、アリシエが涙目でルードを睨み付けても彼はこれっぽっちも表情を変えなかった。


「残念だけど、今は無理」

「む、無理なわけないでしょ……! あなたがやったことじゃない!?」

「そんなこと言われても無理なものは無理だよ。なんなら顔まで狼みたいになっちゃった方が良かった?」

「お、狼の顔……? 冗談でしょ?」 

「冗談なんかじゃないよ。そうなったら僕も困るから、努力してその程度で済むようにしてあげたんだ。いいかい? 僕は君の命を恩人なんだ。仮に治療が上手くいかなくて、君の顔が狼みたいになったとしても僕に責任はないし、文句を言われる筋合いだってないんだ」


 ルードは本気でそう思っているらしく、アリシエの気持ちなんてまったく考えてくれなかった。

 ここに来てアリシエはこの少年がどんな性格の持ち主なのか、理解出来てきた。

 目の前にいる少年は、顔こそは綺麗だけど、その中身はとんでもなく意地悪だ。ミュルゼの村に住む男の子の中にも自分に意地悪をしてくる子もいたけれど、このルードという少年に比べれば、ずっとましだ。


「な、なんでそんな酷いことが言えるの……? あなた、本当に人間なの?」

「……へえ、見た目に合わず鋭いね。良く気付いたね。そうだよ、君の言うとおり僕は人間じゃない。遺跡を守るために古代人が作ったモノなんだ。人間と同じような見た目をしてるけど、人間とは違う存在だ」

「に、人間じゃない……? そ、それも嘘でしょ! どうしてそんな意地悪するの!?」

「別に嘘じゃないよ。そんな嘘をついて僕にどんな得があるのさ?」

「そ、それは……」


返ってきた答えにアリシエの方が驚いてしまった。

 自分が「人間なの?」と言ったのは、そういう意味じゃない。なのにまさかこんな答えが返ってくるなんて思わなかった。


「そんなに驚くこと? 大体、君の方からそう言ってきたんじゃないか」

「そ、そうだけど……どこからどう見ても人間にしか見えないし……」

「そりゃあ、そうだよ。そういう風に作られたんだから」


 ルードが嘘を吐いているようには見えない。

 それなら彼は本当に人間じゃないのだろうか。どこからどう見ても人間にしか見えないのに。人間に似た生き物を作ったり、人と魔物の身体を混ぜ合わせたりすることが出来るなんて大昔の人はどれほど凄い力を持っていたんだろう。アリシエには想像することさえ出来なかった。


「さて、これで質問は終わりかな?」

「か、勝手に終わらせないでよ……! まだ沢山聞きたいことがあるのに……!」

「そっか。それじゃあ君の気が済むまで話を続けようか」


 そう言ってルードは冷笑した。

 もしかして彼はこちらが困ってるのをわかってて、そんな態度を取っているんだろうか。だとしたら本当に質が悪い。でも、今はそのことをぼやいてもしょうがない。腹が立つけど、我慢するしかない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ