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獣の魔女と黄昏の迷宮  作者: 白石しろ
第1章 田舎の村の女の子でしかない私
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第2話 親友との約束

 

 それから二人は一緒に村の中を歩いた。

 遊び好きなミーシャはその道中、色々なことをしてアリシエを笑わせた。

 ミーシャはとても上機嫌な顔をして、時折鼻歌を歌ったりなんかしている。ミーシャが明るく賑やかなのはいつものことだけど、特に今日は機嫌が良いように見えた。

 アリシエは疑問に思った。なんでミーシャはこんなに機嫌がいいんだろう?

 その疑問の答えはすぐにわかった。

 やりたいことは一通りやり終えたのか、ミーシャは立ち止まり、その愛らしい顔に満面の笑みを浮かべ、アリシエに話しかけてきた。


「ねえ、アリシエちゃん。あたし、とっても良い事、思いついたんだ」

「良い事……?」


ちょっとだけアリシエは警戒した。

 ミーシャがとても良い子なのは間違いないけれど、この親友は時に強引で突拍子のないことをするのだ。


 昔、裏山の奥に綺麗なお花畑があるから一緒に行こうと誘われて、渋々それに着いていった結果、二人は途中で迷子になってしまった。

 不安のあまりアリシエは「もう二度と村に帰れないよ……」と言って泣き出して、その場から動けなくなってしまったが、その一方でミーシャは平然とした顔をして道に迷っている事実を無視して、「ほらほら泣いてないで、先に行こ。お花畑はもうすぐだよ」だなんて言って、ぐすぐすと声をあげて泣く自分の手を引っ張って、花畑まで歩かせたのをアリシエは今でも憶えている。


 流石にあんな無茶を言い出すことはもうないだろうけど、それでもその時の記憶からアリシエはミーシャが「良い事を話に来たの」と口にする度に警戒してしまうのだった。


「うん。アリシエちゃん、今日はあたしのお家に泊まりにおいでよ」

「えっ? ミーシャの家に?」

「うん! まだまだ遊び足りないし、アリシエちゃんが来るとお父さんもお母さんもすっごく喜ぶんだ。あたしが家にお泊まりに呼んでいいって聞いたら、もちろん良いよ言ってくれたんだ。一緒に夕ご飯食べて、お風呂に入って、その後はベッドで沢山お話ししよ!」


 なるほど。ミーシャが上機嫌だった理由がわかった。ミーシャはさも今思いついたように言ってるがそんなことはない。最初からアリシエを家に誘って一日中遊ぶつもりだったのだ。


 その申し出はアリシエにとっても嬉しいものだった。

 ミーシャの両親は本当に良い人だ。

 二人は両親を亡くしてしまった自分にも自分の娘と同様に優しく、親切に接してくれ、いつも気にかけてくれる。二人のおかげでアリシエがどれほど助かったのか、言葉にすることさえ難しい。


(……家族かぁ)


 嬉しくなると同時に羨ましくも思った。

 アリシエの家族はもうどこにもいない。

 父は何年も前に亡くなった。父が亡くなった後、アリシエは母と一緒にそれまで住んでいた村を離れ、母の生まれ故郷であるミュルゼの村に引っ越してきた。


 だがその母も一年前に亡くなってしまった。

 それ以来、アリシエはずっと独りで暮らしている。家に帰っても誰もいないからアリシエは「おかえり」も「ただいま」も言うことができず、夕飯も寝る時もいつも一人ぼっちだった。


 一人ぼっちのアリシエが家で出来る唯一の気晴らしといえば本を読むぐらいだった。だけど家にある本は題名を見るだけで中身がわかるくらいに読み込んでしまったから最近はろくに本も読んでいない。


 母と一緒に暮らしたあの家は大好きだけど、それでも家にいて楽しい気分になることはほとんどなかった。自分が母と暮らしていた時のように明るい声で笑える時はもう二度と無いのかもしれない。そんな気さえするのだ。でも、ミーシャの家に行けるなら、そんな寂しい思いをしなくてもいい。

 

 迷う事なんて何も無い。

 アリシエは「うん、行くよ」と二つ返事で返そうとした。だが、その言葉が口を出ることはなかった。


 その代わりにアリシエの口から出たのは、

「……ごめん。今日はミーシャの家には行けないよ」

 という謝罪の言葉だった。


「えっ? ど、どうして?」


 断られると思っていなかったのか、ミーシャは呆気に取られた顔をした。

 そんなミーシャにアリシエは事情を説明する。


「私、村長様に宝玉のある祠の掃除をするように頼まれてるの。ほら、この間の夜、嵐があったでしょ? あの嵐の時に祠とその周りが酷く汚れちゃったから、時間をかけて丁寧に掃除をしないといけなくて……」

「……なんだ。そんなことか、もう、びっくりさせないでよ。掃除なんて、また今度すればいいじゃない」

「で、でもあの祠はこの村を守ってくれるとっても大切なもので……」

「大事なのは祠じゃなくて、あの宝玉じゃない。あの祠がどれだけ汚れたって魔物払いの魔法にはなんの影響もないでしょ」

「そ、そうだけど……でも、私、村長様と約束したし……」

「村長様のことなら心配いらないよ。あたしの方からアリシエちゃんを強引に遊びに誘ったって謝っておくから。それならいいよね?」

「えっ、で、でも……」


 ミーシャはアリシエの腕を引っ張って強引に家に連れて行こうとする。

 が、アリシエはそんなミーシャに逆らってその場に留まった。


「や、やっぱり駄目っ!」

「……どうして? あたしの家に行きたくないの?」

「そんなことないよ。私だってミーシャの家に行きたいよ。でも私、村長様と約束したの。一度した約束は守らないといけないの。だから今日はミーシャと一緒に遊べないよ」


 アリシエは控えめながらもしっかりと主張した。

 気が弱く、大人しい性格のアリシエだが言うべき事はしっかりと言う。ミーシャもミーシャで自分の意見を譲らない頑固な所があるが、アリシエのそれは頑固どころではなかった。

 間違っていることは絶対にしない。その逆に自分が正しいと感じたことは、最後まで貫き通す。

 ミーシャはアリシエのそんな芯の強い所を知っていた。

 こうなったアリシエは絶対に意見を変えない。そうミーシャは確信し、「仕方ないなぁ」と声を漏らした。


「……アリシエちゃんは真面目だねぇ。まあそういう所が好きで友達をやってるんだから、あたしもこれ以上は言わないよ」

「ご、ごめん……」

「あーあ。困ったなぁ。今日は二人で思いっきり遊ぶつもりだったんだけど、暇になっちゃった」


 そう言いながらもミーシャはアリシエの手を離そうとしなかった。その代わり可愛らしい顔に笑みを浮かべ、こんなことを言い出した。


「うん。いいこと思いついた! それならあたしもアリシエちゃんと一緒に掃除する!」

「えっ……!? み、ミーシャも掃除するの!?」

「だって一人よりも二人でやった方が早く終わるでしょ? そうしたら二人で遊べるじゃない。一生懸命頑張ってさっさと終わらせようよ」

「う、うーん……」


 予想外のことにアリシエは悩んだ。

 ミーシャは自慢の親友だ。料理はすごく上手だし、勉強も街にいる子供よりもずっと出来る。体を動かすのだって男の子よりも得意だ。その上、魔法だって使える。

 ただ、そんな完璧な親友に苦手なことがあった。

 掃除と片付けだ。

 何でも出来る筈なのにミーシャはこの二つが壊滅的に苦手なのだ。

 

「……ミーシャ。ちゃんとお掃除できるの?」

「し、失礼なっ! 掃除くらいあたしだってできるよ!」

「……それ、前も言ってたよね? あの時は途中で飽きちゃって、私が真面目にやってるのに一人で遊んでたじゃない。それに私が汲んできた泉の水も全部溢しちゃうし……。仕方なく汲み直しに行ったら今度は泉の方で遊び出しちゃうんだもん。そのせいでずっと時間がかかっちゃったよ……」

「あ、あの時とは違うよ。あたしも成長したんだから! それに泉の水を汲むのならなおさら人手がいるじゃない」

「……じゃあ泉で遊んだりしない?」

「そんなことするわけないじゃない! 真面目にやるよ!」


 そうミーシャは必死に言う。

 そんな彼女をアリシエは目を細めて、じっと見つめた。


「ねえ、ほんとに遊ばない……? 絶対だよ……? 約束だよ……?」

「……あ、アリシエちゃん。な、なんか怖いよ? あたしたち親友じゃない。親友をそんな目で見ないでほしいなぁ……」


 アリシエが念を押して尋ねてみると、ミーシャは怯えた振りをしながら目を逸らす始末だった。


(……全然駄目そう)


 アリシエはため息をついた。

 ミーシャが手伝うと言ってくれたのは嬉しい。

 でも、掃除が致命的に下手なミーシャと一緒に掃除をしたら、日が暮れてしまうどころか祠の半分も掃除出来ないのは目に見えていた。


「……やっぱり私一人でやった方がいいみたいだね。ごめんね、ミーシャ。遊ぶのはまた今度にしよ」

「ええ、そんなぁ!」


 ミーシャの顔から笑みが消えていき、その表情がみるみると落ち込んだものに変わっていった。

 あの祠がこの村にとって大切なものであることはわかっている。だけど、ミーシャが言っていたように本当に大切なのは祠の中にある宝玉の方であり、魔物払いの魔法の力はアリシエが祠の掃除をしてもしなくても変わることはない。結局の所、祠の掃除なんてしなくても困る人なんていないのだ。

 自分が一生懸命に祠の掃除をしてもほとんど誰も見ることの無い祠の見映えが少しばかり良くなるだけ。アリシエが得をすることは何もない。


 でも、ミーシャの誘いは違う。

 村で一番の仲良しが遊びに誘ってくれて、ご飯どころか家に泊めてくれると言ったのだ。いくら同じ村に住んでいるといっても、そこまでしてくれる人はなかなかいない。ましてや相手は親友だ。親友のせっかくの好意を無下にする方がよっぽど良くないことなんじゃないだろうか……。


(……ミーシャの家には行きたいよ。でも、村長様だって、ミーシャと同じくらい大事な人だし……)


 村長は両親のいないアリシエを気にかけ、生活に困らないよう色々と手助けをしてくれた。そんな人との約束を破るわけにはいかない。


 それに両親の事もある。

 昔、アリシエは父と母に約束をした。

 一度交わした約束は何があっても守る。そう二人と約束したのだ。

 もし自分が村長と交わした約束を破ってしまえば、天国にいる二人との大切な約束を破ることになってしまう。そんなことは絶対にできない。


 村長との約束通り祠の掃除はする。それは絶対だ。

 だけど、その後は約束を守った後のことは――自分の自由だ。


「……それじゃあ、こうしようよ。祠の掃除が終わったら、ミーシャの家に行く。多分、夕方かもしかしたら日が落ちてからになっちゃうかもしれないけど、私、絶対にミーシャの家に行くよ」

「ほんと!?」

「うん。だって私もミーシャの家でご飯食べたいもん。だからちょっとだけ待っててくれるかな」

「うん。待つよ。あたし、絶対待ってるから!」

「ありがと。それとご飯、私のぶんもちゃんと残しておいてね。一人で全部食べたりしちゃ駄目だよ」

「もう、アリシエちゃんたら、あたしがそんなことするわけないじゃない。私、ミュルゼで一番の小食な女の子だって有名なんだよ?」

「そうかなぁ……? ミュルゼで一番の食いしん坊だってみんなから言われてたような気がするけど……」

「そ、そんなことないよ! あたし、約束するよ。アリシエちゃんが来るまでご飯には一切手をつけないって! だからアリシエちゃんも絶対、家に来てよ!」

「……うん、わかった。約束するよ」


 アリシエはミーシャと約束するために手を伸ばした。

 ミーシャはアリシエの手を握り、花が咲き綻ぶような笑顔を見せた。それからぶんぶんと手を振って、約束の証を結んだ。

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