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獣の魔女と黄昏の迷宮  作者: 白石しろ
第2章 黒の遺跡
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第18話 侵入者の末路

 

 カールは木造のあった小さな小屋を抜けて、先程まで背中にいるヨハンと二人で歩いていた遺跡の通路まで辿りついていた。

 アリシエはそんな彼の様子をまっすぐに見つめていた。

 足に負った怪我の痛みを堪え、背中に息子を背負って必死に歩く彼の姿は見る者の心にも痛みを感じさせるものだったが、アリシエはそんな光景を視ても眉一つ動かすことはなかった。

 カールが迷宮の通路を歩いていくと、その時、どすん、という大きな音が背中の方で鳴り響いた。驚いたカールが後ろを振り向くと、そこには自分の背丈を超えるような大きな岩があった。

 先程の音はこの岩が落ちてきた音だったのだ。


「なっ……こ、こいつも魔女の仕掛けた罠だっていうのか……?」


 いや、そうに違いない。

 この罠はさっきのトラバサミや仕掛け矢のように魔女が自分たちに仕掛けた罠なのだ。恐らく魔女はこの岩で自分を押し潰すつもりだったのだろう。狙いが外れたのかそれとも罠に不具合があったのか分からないが、岩が身体に当たらなかったのは幸運だった。こんな大きな岩が自分の真上に落ちてきたら、ただではすまない。

 そうならなくて良かったとカールは心の底から思った。

 だが、安心することは出来なかった。怪我を負うことはなかったが、岩のせいでさっきまで歩いてきた道を塞がれてしまったのだ。


「……後戻りは出来ないってことか……」


 カールはぼやきつつも前に進んだ。

 そんなカールを見てアリシエは「……変なの」と呟いた。

 後戻りとかなんとか言っていたが、足がその有様では最初から後戻りなんて出来るわけがない。彼が助かるには足が完全に駄目になる前に出来る限り前へ前へ進むしかないというのに。どうしてそんな簡単なことも分からないのだろう。


 そんなアリシエの考えなど知らず、カールはゆっくりと通路の先へ進んでいった。

 そしてカールは迷宮のある部屋に辿り着いたのだが、彼はその部屋の中を見て思わず呻き声をあげた。


「な、なんだこの部屋は……こいつも魔女が仕掛けた罠だっていうのか……」


 その部屋には鋭い刃を備えた巨大な鎌があった。

 それも一つではない。部屋の中ではいくつもの鎌が天井から鎖で吊り下げられ、振り子のように左右に揺れ動いていた。あんなに大きな鎌が身体に当たったら、ただではすまない。下手をすれば身体が真っ二つになってしまうだろう。

 だが、なんとかならないわけではなかった。

 天井から吊り下げられている鎌の動きは一定であり、上手くタイミングを見計らって動けば、鎌を避けて先に進むことが出来るだろう。

 ……だが、もし避けることが出来なかったら?

 カールは足を怪我しているだけでなく背中にヨハンを背負っている。

 そんな状態で鎌を完全に避けられるだろうか。少しでもミスをすれば、死に繋がる。そんな危険を冒すことは出来なかった。


「ここは無理できねえ……ヨハンのためにも俺がここで駄目になるわけにはいかねえんだ」


 結局、カールはさっきまで歩いてきた道を引き返すしかなかった。

 だが、この時点になっても彼は理解していなかった。

 この迷宮に侵入した者に安全な場所などあるはずがないということに。




 大鎌の部屋を引き返し、別の道を歩く。

 そんなカールの前にまたしても奇妙な物が姿を現した。


「なんだこりゃ……さっきの部屋もそうだが、俺が来た時はこんなものなかったぞ……?」


 彼が見ているのはトラバサミでも鎌でもなく、木の看板だった。

 看板には文字などは一切書かれておらず、その代わりに不気味な骸骨の絵がでかでかと描かれていた。

 この絵が意味する事は一つ。

 この先の道はとてつもなく危険だから引き返せということだ。

 魔女が看板など用意してわざわざ警告してくるほどだ。余程危険な道なのだろう。危険が分かっている道を通る必要などない。遠回りしてでも安全な道を選ぶべきだ。

 カールが冷静な状態だったら、そう判断していただろう。

 だが今の彼は冷静とはほど遠い状態だった。

 それも無理もない話だった。

 カールの住む村は魔物に脅かされ、滅びの危機に瀕していた。

 それだけでも精神がおかしくなるには十分すぎるほどである。現に村人たちの中には心労のあまり身体に不調をきたすものも出始めていた。

 当然、村の危機はカールの精神にも暗い影を落としている。

 だから彼は話し合いに来たアリシエを弓で射るという暴挙に出てしまったのだ。それだけではない。足には悪辣な魔女の罠によって怪我を負い、息子のヨハンもその魔女の罠に倒れてしまった。これまで彼を襲った不幸の数々。そして魔女に見せつけられた恐ろしい罠の数々によってカールの精神は多大な負荷を負ってしまっており、既にその精神は限界を迎えていた。


「くそ! 馬鹿にしやがって……!」


 カールは苛立った態度を隠そうともせず、舌打ちして看板を殴りつけた。

 そして看板を無視して、その先に進んだ。

 当然、そんな事をして無事に済むはずがなかった。

 不気味な骸骨が描かれた看板の先に進んでしばらくして、カールは自分の足下がぐらつき出したことに気付いた。もし彼が冷静だったら、足下の床の石畳の色が他のものと比べて真新しく、石が規則的に揃いすぎていることに気付いただろう。

 しかし、そんな余裕は彼になかった。

 足下の石畳が崩れると共にカールの身体は宙へと投げ出された。

 カールがかかった罠は最も単純で、遙か古の時代から使われてきたもの――落とし穴だった。

 通常、落とし穴の下には先端の尖った刃物や棘が仕掛けられており、罠にかかったものを串刺しにして死に至らしめるものが多い。しかしカールが落ちた先には刃物も棘もなかった。

 彼が落ちた場所は液体が満ちている所だった。

 その液体は不透明で僅かに濁っており、息をすると口や鼻の中に強い痛みをもたらすものだった。

 無論、人体に有害なものである。

 液体に漬かったカールは全身に焼けるような激しい痛みを感じ、悲鳴をあげた。

 落とし穴の先に満ちていた液体――それは人体をも溶かす強力な酸だった。

 カールはそれなりに身を守れる服を着ていたが、所詮それは田舎の狩人が着る程度のものでしかなく、強力な酸から身を守れるようなものではなかった。

 首の下まで強酸に漬かったカールはなんとかそこから逃れようともがいたが、逃れられるはずがなかった。

 皮膚が溶け、その下の肉が焼かれていく。

 これまで感じたこともない激痛と恐怖にカールは悲鳴をあげた。


「誰か……! 誰か助けてくれ……っ!」


 カールは大きな声で助けを求めたが、彼を助けようとするものは誰もいなかった。

 遂には命乞いを始めたが、誰もそれに応えない。 

 アリシエの耳にも彼の悲鳴を命乞いは届いていたが、彼女は先程と同様に表情一つ変えることなく、彼が息絶えるまで彼の命乞いと悲鳴を聞き続けた。







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