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獣の魔女と黄昏の迷宮  作者: 白石しろ
第2章 黒の遺跡
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第15話 避けられない戦い

 アリシエの目から涙が頬を伝い、しずくとなって床にぽたぽたと零れ落ちていく。


「どうして? どうして私がこんな目に遭わないといけないの?」

 わんわん泣きながらアリシエはルードに尋ねた。

 だが、ルードは何も答えなかった。

 ただ、アリシエが泣き止むまで黙って、その場に居続けた。

 何一つ言葉を発さず、こちらの顔色を伺うようなこともしなかった。

 誰も止める人がいないものだから、泣き虫のアリシエは気持ちが落ち着くまで思いきり泣くことが出来た。

 もしかしたらそれは彼なりの優しさだったのかもしれない。

 アリシエはそんなことを思ったが、ルードにそれを尋ねるようなことはしなかった。もし自分が彼にそんなことを尋ねたら、彼はすぐに態度を変えてしまうような気がした。

 ルードが何も言わないでいてくれたのは、彼の優しさじゃないかもしれない。ただの勘違いなのかもしれないけど、それでも良かった。


(勘違いのままでもいい……っ!) 


 それぐらいアリシエは怖く、そして悲しかったのだ。



* * *



 ようやくアリシエが泣き止むとルードは何事もなかったかのように動きだし、アリシエの前に立ち、その顔を覗き込んだ。


「まだ顔色が悪いね。そろそろ話をしたいんだけど、大丈夫そう?」

「は、話をするくらいならなんとか……」


 アリシエの心の中にはまだ恐怖や悲しみが残っていたが、人と話が出来るくらいには落ち着きを取り戻していた。


「無理なら無理でいいよ。僕の方で勝手になんとかするから」

「か、勝手に決めないでよ。ほんとに大丈夫だから……」


 ルードに好き勝手にやらせたら何をするか分かったもんじゃない。

 なにせルードは自分の命を救うためとはいえ、自分の左手を獣のそれに変えてしまったのだ。そんなルードを放っておいたら、とんでもないことになるのは目に見えていた。


「じゃあまずは現状の確認をしようか。今、迷宮の中に武装した人間が二人入り込んでいる。大したことのない連中だけど、今は迷宮を守る機構がほとんど作動していない。このままじゃあの二人は迷宮を抜けて、遺跡の中にまで侵入してくるだろうね。そうなる前に黒の遺跡の力を使って、あいつらを排除する必要がある」

「は、排除……?」

「そうだよ。ここは災厄の時に生じた毒を浄化し、人々を救うための場所なんだ。そんな大切な場所をあんな連中に踏みにじらせるわけにはいかない」

「でも、排除って……そこまでしなくても……」

「まだそんな甘いこと言ってるの? あいつらは話し合いに行った君を殺そうとしたんだ。向こうがそのつもりならこっちもそうするしかないんだ」

「た、確かにあの人たちは私に酷いことをしたよ。でも、私のことが憎くてそうしたんじゃないと思う。あの人たちは怖いだけなんだと思う。故郷が魔物に脅かされて、怖くて怖くて仕方がなかった。もし、あの人たち村が平和だったらあんな事しなかったと思う……」

「そうかもね。ただ、君の言う通りだとしてもあいつらを見逃すことは出来ないよ」


 アリシエは彼等は元々は善良な人たちでいくら自分に酷いことをしたからといって命までは奪う必要はないと思っていた。だが、ルードは違った。彼にとってあの人たちは被害者でなく、ただの敵であり、排除すべき障害としか思っていないのだ。


(だ、駄目……。このままだとルードはあの人たちを殺しちゃう……。なんとかしてルードを止めないと。でも、なんて言ったらルードを説得できるんだろう……)


 情に訴えて説得する? 

 いや駄目だ。ルードに情が全くないとは思わないけど、人よりも情が薄いのは間違いないと思う。

 並大抵の言葉ではルードの心には届かない。

 でも、どんな言葉を彼にかければいいのだろう。それが分からずアリシエは冷や汗を流した。

 そんなアリシエを見て、ルードは言った。


「あのさ、君は僕があいつらを殺すつもりだって思ってるみたいだけど、そんなことはしないよ」

「えっ……?」


 予想もしていなかった言葉にアリシエは驚きの声をあげる。

 さらにルードは信じられないような言葉を口にした。 


「それどころか血の一滴も流しはしない」

「それ、本当なの?」

「ああ、約束するよ」


 恐る恐るアリシエはルードの顔を見た。

 そこにあるのはただ綺麗なだけの顔でなんの感情も見ることが出来なかった。

 だからアリシエは何を言えばいいのか分からず、黙り続けることしか出来なかった。そんなアリシエを見て、ルードは大きなため息をついた。 


「……僕の約束なんてとてもじゃないけど信用できない。そういうこと?」

「そ、そういうわけじゃないけど……でも、血の一滴も流さないであの人たちを止めるなんて……そんなこと出来るの?」

「できるよ。黒の遺跡の力を使えば、それくらい簡単だ」

「…………」


 正直、信じられなかった。

 この遺跡がとんでもない力を秘めていることについては、アリシエは疑っていない。ルードが自信たっぷりに言う以上、その力は並の魔法使いや騎士なんかでは相手にはならないくらい強い力なのだろう。それは間違いない。ただ、一滴の血も流さずにあの二人を追い返すことができるなんて、そんな奇跡みたいなことが出来るとは思えなかった。

 もしルードが優しい性格だったら、こんな風に疑ったりしなかった。

 でも現実はそうはならなかった。ルードは悪人ではない。だけど無条件で信頼できるような相手でもなかった。


「一つ言っておくけど、君から許可を貰えなくても僕はやるつもりだよ。僕は遺跡の守護者として古代人に造られた存在だ。だから遺跡を守るために必要な行動なら主の許可を得なくて取ってもいいようになっている。そもそも君はまだ遺跡の主になってないからね。本当はこうやって君に許可を求める必要なんてないんだよ」

「で、でも実際私に許可を求めてるじゃない……!」

「そうだよ。だってそうした方が物事がスムーズに進むからね」

「それって私に信じてもらいたいってこと?」

「出来ればそうなってほしいと思ってるよ。でもそれは無理そうだね。まあ、そうなるのも無理はないか。所詮、僕は古代人が造った人間の形をした紛い物でしかないんだからね」


 自嘲げに言うルードを見て、思わずアリシエは「ち、違うよ」と言いそうになった。ただ、その言葉が実際に口から出ることはなかった。

 自分がルードのことを信じ切れていないことは確かなのだ。

 信じてもいないのに信じるだなんて、そんな嘘をつくことは出来なかった。

 もしその嘘が通ったとしても上手くいくのは最初だけで、いつかは必ずボロが出る。そうなってしまったら、信頼関係を築くことなんてもう二度と出来なくなってしまう。

 だからアリシエは何も言わず、黙って口をつぐむしかなかった。


「これから僕は黒の遺跡の力を使って、あいつらを迷宮の中からたたき出す。君がなんと言おうと絶対に止めたりはしない。だけど、君にも権利がある」

「権利……?」

「僕が戦う姿を見て、それに対してあれこれ口を出す権利だよ。なにせ君はこの遺跡の主になるかもしれない人間だからね。そのくらいの権利はあって当然だ」

「…………」

「ここにいたいなら、ここにいればいい。どちらを選んでも僕は君を責めたりはしない。君の好きにすればいいよ」


 すぐに返答は出来なかった。

 これまでアリシエは戦いとは無縁で生きてきた。子供同士で喧嘩くらいはしたことはあるけど、そのほとんどが口喧嘩でアリシエが手を出したことなんて、片手の指の数よりも少ないほどなのだ。


(……戦いなんて見たくない。だけど、私が拒否したらルードを止める人がいなくなっちゃう。もしルードが約束を破ってあの人たちを殺そうとしたら……あの二人を助けられるのは私しかいないんだ……)


 どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 もう何度目になるのか分からない問いを自分の胸に問いかける。

 だが、答えは返ってこなかった。

 だからアリシエは自分で答えを出すしかなかった。


「……わかった。ルードと一緒にいくよ」


 びくびくしながらもアリシエは首を縦に振った。

 本当は今すぐにでも逃げ出したかった。

 だけど自分で答えを出してしまった以上、逃げることは許されなかった。

 

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