第14話 我慢なんて出来るわけない
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ここはどこなんだろう。
何もわからない。酷く頭がぼんやりして、何も考えられなかった。
仰向けになった私の顔を誰かが覗き込んでいる。
それはとても綺麗な顔をした男の子だった。
(……こんな綺麗な子いるんだ。まるで貴族のお家の子供みたい。ううん、本当にそうなのかも……)
そんな脳天気な感想を私は抱いた。
――アリシエ。
男の子が私のことをそう呼んだ。
その途端、私は自分が誰なのかを思い出した。
そうだ。私はアリシエ。ミュルゼの村のアリシエだ。
何にも取り柄がなくて、特技なんて掃除と洗濯ぐらいしかない。どこにでもいる田舎生まれの田舎育ちの女の子だ。
(なんで私、自分のこと忘れちゃったのかな……それにこの男は誰なんだろう。ミュルゼの村の男の子なのかな……?)
私は必死に記憶の糸を手繰り寄せようとした。
だけど駄目だった。頭がぼんやりしているせいで、何も思い出せない。
(…………)
男の子は私のことを心配しているように見えた。
なんでそんな目で私を見ているんだろう。
何か心配事でもあるんだろうか。
(変なの。ミュルゼで心配することなんて何にもないのに……)
だってそうだ。ミュルゼの村はすっごく平和な所なんだから。
魔物避けの宝珠のお陰で魔物に襲われることないし、おまけにミーシャがいる。ミーシャはすっごく綺麗な子でおまけに魔法も使えて、いつもいじめっ子から私を守ってくれる。
故郷はとっても平和な所で、おまけに自慢の親友がいつも側にいてくれる。心配することなんて何もない。
……それなのになぜだろう。
なぜか胸が痛かった。何にも心配する必要ないはずなのに怖いという気持ちが抑えられなかった。
――アリシエ、大丈夫?
男の子はもう一度私の名前を呼び、私のことを気遣ってくれた。
彼が誰なのかはわからないけど、私のことを心配してくれているに違いない。だから私は彼に「大丈夫。私は元気だよ」と言って返した。
けれども不思議なことにその男の子は私の返事を聞いて、眉をひそめ困惑するばかりだった。
困惑したのは私も同じだった。
なんで、彼はそんな顔をするんだろう。
何かおかしなことを言ってしまっただろうか。
(そんな感じはしないけどなぁ……)
そもそも彼は誰なのか。
なぜ、私は仰向けになっているのか。なんで自分の名前すらも忘れてしまっていたのか。おかしなことだらけだ。
(この男の子に聞いたら、何か分かるかな……?)
そう思い、私は男の子に尋ねようとした。
「え、えっと、その……」
だけど、その言葉は途中で引っ込んでしまった。
いつもそうだ。勇気が出なくて、途中で言葉が止まってしまう。
……同じくらい歳の男の子と話すのはあんまり得意じゃない。
別に男の人が嫌いというわけじゃない。村長さんやミーシャのお父さんといった大人の男の人とは普通に話せる。でも、同じ歳頃の子は駄目だった。
(だって、意地悪してくるんだもん……)
なんで男の子が私に意地悪をするのかは分からない。
多分、私が気が弱くて、泣き虫だから。それを面白がっているんだと思う。あと、最近は胸がおっきくなってきて、それをからかわれることもあった。
私に意地悪をする子は、ミーシャがとっ捕まえて、きついお仕置きをするから、しょっちゅう意地悪されるわけじゃないけど……。
それでも私の中には、同じ年頃の男の子に対する苦手意識がしっかり根付いてしまっていたのだった。
だけど、村の男の子みんなが意地悪というわけじゃない。
中には優しい子だっているのだ。
彼もそんな子の一人なのかもしれない。
(よし……)
まずは名前だ。
名前を思い出して、彼がどんな子だったのか思い出せれば、
(なんだっけ、確かル……ルックくんじゃなくて……ルー……ルーアくん……? ううん。えっと……あ、そうだ。ルード……だ)
ようやく男の子の名前を思い出すことが出来て、私は安堵する。
そう。この綺麗な顔の男の子はルードだ。
でも、それだけしか思い出せない。もっと大切なことがあったはずなのに。
(この子、何かを守ってるんだよね。なんだっけ? 水車小屋だったかな。ううん。水車小屋じゃなくて、もっと大事なものを守って――)
――黒の遺跡。
そんな言葉をふと思い出した。
それがきっかけになったのか、様々な光景や言葉が私の頭の中に浮かんでくる。 多分、これは私の記憶。何かがあって忘れてしまった私の記憶だ。そう感じて、私は頭の中に浮かんできたものに集中し、何があったのか思いだそうとした。
でも、浮かんでくるのは変なものばかり。
宝珠を手にした人。黒い大きな魔物。目の前に広がる崖。毒に侵された世界。古代人。遺跡の主。そして獣の手と耳……。
(なんでこんな変なものばっかり頭に浮かぶんだろう。早く村に帰りたいだけなのに……)
疑問を抱えたまま、右手で左手を触る。すると人間の手とは明らかに違う感触が帰ってきた。
恐る恐る自分の左手を見ると、そこに人の手はなかった。そこにあったのは、人ならざるものの手――獣の手だった。
その手を見た瞬間、アリシエは全てを思い出した。
(わ、私、矢で射られて……!)
あの時の恐怖が一気に押し寄せてくる。
怖くて、怖くて仕方がなくて、アリシエは身を震わせた。
(大丈夫。大丈夫。だってあれは幻の身体での出来事だったんだもの。だから現実には痛くも痒くもないんだから……)
アリシエの側には先程まで自分が被っていた機械が転がっていた。
あの機械を通して、映像――幻の身体を操って、彼等と話をしていたのだ。本物の身体はずっとここにあった。だから矢で射られたのは、自分であって自分ではない。
そう思うのだけど、怖いと思う気持ちはこれっぽっちも消えてくれなくて。
目からはぽろぽろと涙が溢れてきてしまって。
我慢しなきゃ、そう思ったが、我慢なんて出来るわけがなかった。
アリシエは声をあげて、わんわん泣いてしまった。




