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獣の魔女と黄昏の迷宮  作者: 白石しろ
第2章 黒の遺跡
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第13話 恐怖

 

「薬か。うちの村でも時折、行商人が売りに来るよ。魔法使いの作った薬は医者の作ったものよりもよく効くものが多いからとても助かっている」

「そ、そうですか……それは良かったです」

「だが値段が高いのは困りものだな。街の医者が出す薬だって高いのに魔法使いのものはその倍もするんだ。なんであんなに高いんだ?」

「えっと……それは薬を作るために希少な薬草や魔法の力を使っているからです。薬草の魔法使いにしか栽培できないものも多くて、育てるのにもの凄く手間がかかるからどうしても高くなってしまって……」

「なるほどな。それなら仕方ないか」


 ヨハンと会話をしながら、アリシエは内心冷や汗を掻いていた。

 魔法が使えないアリシエには、魔法使いの作った薬の知識なんて縁のないものだった。今、アリシエがヨハンに話しているのは、魔法が使える親友のミーシャから聞いたものと自分の頭で考えた嘘を織り交ぜたものでしかない。まだごく浅い所で話がすんでいるから上手くいっているが、魔法使いしか知らないようなことを聞かれたら簡単に嘘がばれてしまう。

「嘘がばれたらどうしよう……」とアリシエが怯えていると二人の会話にヨハンの父親が割り込んできた。


「おい、ヨハン。そんな余計なことを話してる場合じゃない。俺たちはそこにいる魔女から村を救いに来たんだ。そのことを忘れるな」

「話を聞いてなかったのかよ、親父。彼女はただ薬を作っているだけだ。親父だって三年前に大怪我を負った時には、魔法使いの薬の世話になったじゃないか。あの時の薬はこの人が作ったものかもしれない。もしかしたらこの人が親父の命に恩人かもしれないんだぞ」

「ふん……そんなことあるもんか」


  ヨハンの父親は今もアリシエのことを疑っているらしく、今もアリシエを見る目つきは険しい。

 だが、会話を打ち切ってくれたのは、正直助かる。

 これ以上、会話を続ければまた嘘をつく必要が出てくる。それは嫌だったし、もし嘘がばれてしまえば、アリシエに友好的な態度を取ってくれているヨハンも父親のように自分に敵対的になってしまうかもしれない。


「すまなかったな、アリシエ」

「い、いえ。私は構いません。大丈夫です」

「さっきも言ったように俺たちの村は魔物に苦しめられている。そこであんたに頼みたいことがあるんだ」

「は、はい。私に出来ることでしたら……」

「魔法使いの中には魔物を遠ざける結界を張ることが出来る奴がいると聞いている。もし、あんたがその結界を張れるなら、俺たちの村を魔物から守ってほしい」


(結界って……魔物払いの結界のことだよね)


 アリシエの故郷であるミュルゼの村は、魔法使いの作った宝珠が魔物払いの結界に守られていた。あの結界のおかげでミュルゼは魔物に襲われることなく、平和を保ってきたのだ。

 魔法が使えないアリシエには魔物払いの結界を張ることは出来ない。だからアリシエにはヨハンの頼みに応じることは出来ない。

 だけど、優れた文明を持つ古代人の力を借りれば、もしかしたら……。

 そう思ったアリシエはルードに相談することにした。


(ねえ、ルード。ヨハンさんの村に魔物払いの結界を張ることはできないの?)

(……不可能ではないけど、難しいね)

(どうして?)

(魔物払いの結界は高い魔力と技量を必要とする高等魔法だ。遺跡にある機械で代用することも出来ない)

(でも……不可能じゃないんでしょ?)

(方法はある。でも、今は無理だ。あの結界を自由に張れるなら、とっくの昔にそうしてるよ)

(そっか……。わかった。ありがとう、ルード)


 ルードの使命は古代の災厄の時に生じ、このアカシア大陸を汚染している毒を浄化すること。つまり人々を守ることだ。いくらルードが情に薄く冷たい性格でも自分の使命を疎かにするようなことはしない。そんな彼が無理だと言うのなら本当に無理なんだろう。


「ごめんなさい。それは無理です。魔物払いの結界はとても難しい魔法で……今の私の力ではとても……」

「あんたでも無理なのか?」

「はい。すみません、力になれなくて……」


 アリシエはヨハンに向かって頭を下げた。

 彼の力になってあげたい。

 でも、自分はただの田舎娘でしかない。

 アリシエが人よりも上手く出来ることといえば、掃除と洗濯くらいなのだ。そんな自分が魔物に対して出来ることなんて何もない。


「あんたが謝ることはない。謝るのは無茶な頼みをした俺の方だ」


 うなだれるアリシエにヨハンは続ける。


「それに力になれることならある」

「……そうでしょうか」

「ああ、俺たちの村に来て、俺に話したようなことをみんなにも話してほしい」

「私がヨハンさんの村に……?」

「ああ、村の奴らは不安で胸が一杯なんだ。俺の村は魔物だけじゃなくて、精霊様の加護があると信じて大事にしていた祠にもおかしなことが起きた。今じゃ風で揺れる木の影で怯えるような始末だ」

「あ、あの……そんな酷い状況だったら、余所者の私が話をしても聞いてくれないんじゃ……」

「大丈夫だ。村の連中は臆病な奴が多いが、根は善良な奴ばかりだ。あんたが顔を見せて、きちんと話をしてくれれば少しは不安も収まると思う」

「で、でも……」

「不安か?」

「はい……」

「それならこういうのはどうだ? 村には魔物に怪我を負わされた奴が何人かいる。そいつらにあんたが作った薬を分け与えるんだ。話をする前にそうやって村の人間に恩を売っておけば、村の連中もあんたの話を信じるようになると思う」



(……それならいいかもしれない)

 魔法使いが作る薬の中には、短い時間で傷を癒せるものがある。アリシエもその薬が怪我を治す所を見たことがある。あの薬は高価だが、だからこそ無償でそれを提供すれば、ヨハンの村の住民の信頼を得られるだろう。

 問題はどうやって薬を用意するかだが、ルードと黒の遺跡の力を借りれば効き目の早い薬の一つや二つくらい用意できるのではないだろうか。


「す、少し待ってください……」


 アリシエは即答せず、回答を保留した。

 これは悪い話じゃない。いやむしろとんでもなくいい話なんじゃないだろうか。知らない人だらけの村に行くのは怖いけど、それで誤解が解けるのなら、怖くても我慢するしかない。

 だが、そのためにはルードにお願いする必要がある。

 アリシエは機械の力を使い、再びルードに話しかけた。


(ねえ、ルード。黒の遺跡に薬はある?)

(あるけど……まさか彼の提案に乗るつもりなの?)

(うん。だって、これってすごくいい話じゃない? 私が行って、村の人に薬をあげて、話をすればいいだけなんだし――)


 アリシエはさらに話を続けようとした。

 だがその途中――


(どこがいい話なんだ。お人良しもいい加減にしてくれ)


 そう言ってルードが話を遮った。

 その声には明らかな怒りが混じっていた。

 なぜルードが怒ったのか、アリシエにはわからなかった。


(ご、ごめん……。でも、ただで薬を用意してほしいなんて思ってないよ。薬の代金なら、私が払うよ。村に私の両親が残してくれたお金があるから……)

(違う。金のことなんかじゃない)

(じゃあなんで怒ってるの……?)

(別に怒ってない。君の脳天気さに呆れただけだ。彼が本当のことを言ってる保証なんてどこにもないのに……自分の頭で考えるってことを知らないのか)


 ルードは苛立ちを隠そうともせず、きつい口調でアリシエをなじった。

 臆病で気弱なアリシエは、男性からこんな風に攻められたら、怯えて何も言えなくなってしまうのだが、この時ばかりは珍しく勇気を出し、ルードに言い返した。


(の、脳天気じゃないよ。それにちゃんと考えて行動してる……!)

(そうなの? 僕にはそうは思えないけどね)

(…………)

(君が感じたようにあの青年は君を傷つけるつもりはないかもしれない。でも、村の人間がそうである可能性は低い。君だってそれぐらいはわかるでしょ」

(そ、それは……そうだけど……)

(それともう一つ。どうやって彼のいる村まで行くつもりなのかはちゃんと考えてる?)

(えっと……あの歪みを通れば、あの人の村まで一瞬で行けるんでしょ? だったら子供の私でだって大丈夫だよね。違う?)

(……僕が言いたいのはそういうことじゃない。君の身体のことだ)

(私の身体……?)


 質問の意味がわからず、アリシエは首を傾げた。

 そんなアリシエを置いてけぼりにしてルードは話し続ける。


(今、君が動かしてるのは僕の作った映像だ。君の身体じゃない。でもこの映像は彼の村まで届かない。もし君がここを出て彼等の村に行くとしたら、映像じゃなくて、君の本当の身体で向かわないといけなくなる)

(それがどうかしたの?)

(……忘れたの? 今、彼等が見ている君は二十歳ぐらいの女性の姿をしてるんだよ。でも、本当の君はまだ十代の子供だ。見た目だって全然違う。そのことはどう二人に説明するのさ?)

(そ、それは……嘘をつくことになるけど、何か適当な話を用意して誤魔化せば……)

(……そんなに都合よくいくものか。仮に上手くいったとしても君の獣の耳と手は誤魔化せるようなものじゃないと思うけど?)

(あっ……)


 アリシエは息を呑んだ。

 狼を思わせる醜い獣の手と耳。

 もしあれを人に見られたりしたら……


 ――祖先が獣と交わりでもしたんだろう。その罰が当たったんだろう。

 ――こいつは魔物だ! 魔物が人に化けているんだ!


 人々の悪意が自分に向けられるのを想像してしまい、アリシエは震えた。


(その耳と手を見たら彼等は君のことを化け物だと思うかもしれないよ。そんなこともわからないの?)

(わ、わかってるよ! それぐらい……っ!)


 もっとも言われたくないことを言われ、思わずアリシエは声を荒げてしまった。

 でも、アリシエも本心ではわかっていた。

 甘いのは自分の方だ。ルードの方が正しい。

 ヨハンが自分に危害を加えることはなかったとしても彼の村の住民がヨハンと同じように友好的な態度で接してくれるとは思えない。事実、彼の父親は今も怖い顔をして、自分を見ているではないか。

 今、自分の姿が作りもので、本当の姿は別にあることはどう説明したらいい? 獣の手と耳を見られたらどうしたいい? 


(また、嘘をつくの? いつまで嘘をつけばいいの……?) 


 気が付けばずいぶんと時間が経ってしまっていた。

 アリシエの前にはヨハンと彼の父親がいる。

 二人はこちらが答えを出すのを待ってくれているが、それにも限度がある。これ以上、彼等を待たせればせっかく得られた信頼が揺らいでしまうかもしれない。

 もっとたくさん考えてから答えを出したいけれど、そんな時間はない。

 アリシエは少しの間、悩んだ。

 そして答えを出した。


「……私がここを離れることは出来ません」

「そうか。仕方ないな」

「ごめんなさい。私はこの場所を守らないといけないので……」

「ですが、その代わりに私の弟子をあなたたちの村に向かせるというのはどうでしょうか?」

「弟子……?」

「はい。その子は生まれながらに奇妙な病気を患っていて、手と耳が獣のように醜いものに変わってしまったんです。彼女はその見たのせいで苛められ、辛い目に遭っていました。それを見かねて私が引き取り、弟子として育てているんです」

「その弟子を俺の村に送るって言うのか?」

「はい」


  アリシエがヨハンにそう告げた瞬間――


(ちょっと待って、どういうつもりなのさ!?)


 ルードの怒鳴り声が聞こえた。

 それは困惑と焦りがはっきりと満ちていた。


(君は僕の話をちゃんと聞いていたのか!? 君の姿を見られたらどうなるのか想像がつかないほど馬鹿なわけじゃないだろう! なのにどうして……!?)

(そうだね。ルードの言う通りだね。この耳と手を見られたら、村の人たちからは変な目で見られるかもしれないね。化け物とか言われちゃうかも。でも、私は子供だから村の人たちも命まで取るようなことはしないよ)

(……?)

(きっと大丈夫だよ。私、知ってるから。世の中には悪い人や怖い人もいるけど、良い人や優しい人の方が多いって)


 アリシエはルードに向かって笑った。

 機械の装置を頭に被り、映像を操っているアリシエにはルードの顔は見えない。ルードだって同じだ。

 見えていないのだから、笑ったって何にもならない。

 ルードを納得させることも安心させることも出来ない。

 それでもアリシエは笑った。

 へにゃり、と口を曲げて、花が咲き綻ぶような綺麗な笑顔ではなく、みっともないとも思えるような笑顔で笑った。

 そして、心の中で、ごめんね、ルード。と謝った。


「……どうでしょうか?」

「子供って言ったな。その子は幾つなんだ?」

「もうすぐ十四になる女の子です」

「そんな年端もない子供を見知らぬ村に送らせていいのか?」

「……大丈夫です。彼女は子供ですが、何も出来ない子供ではありません。それともう一つ言っておきます。私は貴族の人たちにも顔が利きます。あなた方があの子に酷いことをしたら、あなたたちの村を治める領主の方に処罰を求めます」


  アリシエは何度目かわからない嘘をついた。

 ただの田舎娘であるアリシエに貴族の知り合いなどいるわけがない。

 ただ、こう言っておけば、自分が本当の姿でヨハンの村を訪れた時、安全でいられると思ったのだ。

 これまでアリシエが人を脅したこといえば、村で悪戯をしようとする男の子に「そんなことしたらミーシャに言いつけてやるんだからね」と言うくらいだった。

 それなのについにはこんな風に人を脅すようになってしまった。

 でも、仕方ない。

 これしか方法がないのだから。


「……よっぽど大事にしている弟子なんだな」

「はい。気弱で臆病な子ですが、とても大切な子です」

「安心してくれ。あんたの弟子は俺が必ず守ってみせる。約束するよ」

「……わかりました。それではあの子をよろしくお願いします」


 ――良かった。

 この人なら、きっと約束を守ってくれるだろう。

 アリシエは安堵の息を吐いた。

 本当に大変なのはこれからだけど、ひとまずはこれで安心だ。そう思い、アリシエがヨハンに頭を下げようとした、その時――アリシエの目に信じがたいものが映った。

 矢をつがえたボウガン――それがアリシエに向けられていた。

 ボウガンを構えていたのはヨハンの父親だった。彼は暗い感情の籠もった目でアリシエのことを睨み付けていた。


(えっ……? なんで……?)


  話し合いは上手くいったはずだ。

 ヨハンは自分が悪い魔女ではないと信じてくれた。

 彼の父親も自分のことを良く思っていないだろうけど、それだってこれから変わると思っていた。


 ――大丈夫。きっと、上手くいくよ。

 ――世の中は悪い人ばかりじゃない、良い人の方が沢山いるんだよ。

 そうルードに言ったばかりのはずなのに。

 それなのに、なんで、どうして――

 現実に思考が追いつかない。

 アリシエはたくさんの「なんで」と「どうして」を抱えたまま、その場に立ち尽くした。

 そして次の瞬間、空気を切り裂くような音とともにアリシエの身体にボウガンの矢が突き刺さった。


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