第12話 嘘つき
「あんたもそれでいいか?」
「は、はい……」
「俺はヨハンだ。ラヴィッド村で木こりをしている。こっちは俺の親父のカール。あんたは?」
「わ、私はアリシエといいます……」
「アリシエ。あんたにも色々と事情はあると思うが、まずは俺たちの話を聞いて、その後で質問に答えてほしい」
「は、はい……」
「そう怯えないでくれ。あんたの話もちゃんと聞く。それと答えられないことは無理に答えなくていい」
「わ、わかりました……」
「まずは俺たちがここに来た理由だが……あんたも知っているかもしれないが、最近、至る所で魔物が増えてきている。俺の住んでいる村もそうだ。これまで魔物なんて滅多に見なかったのにな……」
「……そんなに魔物の被害は深刻なんですか?」
「ああ、既に何人も怪我人が出ている。幸いなことにまだ誰も命を落としていないが、そいつも時間の問題だろうな」
魔物の数が増えているという話はミュルゼの村で何度も聞いている。
だが、ミュルゼの村ではヨハンのように魔物の脅威を心配している人はほとんどいなかった。それはミュルゼが宝珠による魔物払いの魔法で守られているからだ
けれど、あの宝珠は高名な魔法使いが作った特別なもので、他所にはあんな便利なものはない。だから多くの街や村では別の手段で魔物から自分たちの住処を守らなければならなかった。
ある程度のお金や人員に余裕のある村ならば、街の周りを壁で囲い、衛兵を雇うことによって魔物から街を守ることが出来る。そのどちらもない小さな村では、住民たちが村を木の柵で覆い、狩人や木こりを中心とした自警団で魔物から身を守っていた。
昔は魔物払いの魔法で守られていない村でもそれだけの守りで十分だった。
事実アリシエがミュルゼに来る前に住んでいた村でも魔物による被害などほとんど聞いたことはなかったのだ。
(……でも、今はそれだけじゃ駄目なんだ)
小さな村の自警団程度ではどうにもならないような凶暴な魔物。
昔はそんな魔物は滅多に現れなかった。でも、今はそうじゃない。魔物に襲われ、人々は傷を負い、命を落としてしまう。その被害は増す一方だ。このままでは魔物によっていくつもの村が滅んでしまうかもしれない。
もちろん人々も何もしていないわけじゃない。
魔物を退治するために貴族たちの手によって討伐隊が組織されていたりするけれど、ルードの話が本当なら、それだけでは解決できない。大地を蝕む毒を浄化しない限り魔物の被害は増え続ける。そのためにこの黒の遺跡があるのだけど、それを知っている人がこの大陸にどれだけいるだろうか。ひょっとしたら自分以外誰も知らないかもしれない。
「祠にある置物が光り出し、辺りが歪み始めたのはそんな時だ。魔物の騒ぎと祠の異変。何か関連があるんじゃないかと騒ぎ出す奴がいて、それに影響された村の人間の中には村を出て、別の土地に移り住もうと言う奴もいたよ」
「……その人たちはどうなったんですか?」
「一部の奴は親戚を頼りに他所の土地に行ったよ。馬鹿な奴らだよ。どこの土地も似たような状況なのにな」
「…………」
「俺と親父は祠の異変を調べてみることにしたんだ。何が起きているのか少しでも分かれば村の連中も少しは落ち着くかもしれないと思ってな。そして俺たちが歪みに触れると急に辺りの光景が変わり出して、気付いたらここにいた。俺たちがここに来るまでの経緯は大体こんな感じだ」
「……そうだったんですか。その……私の住んでいた村は魔法の力に守られていて、魔物の被害なんてほとんどなくて、魔物ことは噂話でしか知らなくて……」
「そうか。そいつは幸運だったな。だが、そういった平和な所はもう新たに人を受け入れる余裕なんてないだろうな」
「……はい」
確かにアリシエの住んでいたミュルゼの村は魔物に襲われることはなかった。だが、ヨハンの言うようにその話を聞きつけた村の住民の親戚や知人がミュルゼに引っ越してきた。だが、ミュルゼは豊かな村ではないから受け入れられる住民の数には限度があり、今はもう新しく住民が引っ越してくることは許可していない。
「なあ、アリシエ。一つ聞いてもいいか? あんたは魔法使いだろう。それもかなり力のある魔法使いだ。やろうとすれば俺たちに気付かれることなく殺すことだって出来たはずだ。でも、あんたはそうしなかった。それどころか俺たちの前に姿を見せて、こうして話をしてくれた。あんたは俺たちの敵じゃない。そう思っていいんだな?」
「は、はい。私はあなたたちと敵対するつもりはありません。こうして姿を見せたのは平和的に問題を解決できればいいと思ったからです」
「そうか。そいつは良かった。正直、あんたに敵意がなくて良かったと思ってる。ただの木こりと狩人が魔法使いに勝てるはずもないからな」
そう言ってヨハンは彼の父親を見た。
父親は穏やかに対応する息子とは違い、苦虫を噛みつぶしたような顔をして、アリシエを睨み付けるだけだった。
(どうしてだろ。ヨハンさんはきちんとお話してくれるのに……)
アリシエはヨハンの父親が苦手だった。
同年代の子供の中でも飛び抜けて良い子のアリシエは人から怒られたことがほとんどなく、これまで大人の男性から怒鳴られることも睨み付けられることも片手の指の数よりも少なかった。
そんなアリシエがヨハンの父親のような高圧的で自分に敵意を向けてくる相手に苦手意識を感じてしまうのは無理もないことだった。
「……あのヨハンさん、お父さんのことなんですけど……」
「親父のことは気にしないでくれ。そういう人なんだ」
「はい……」
「それじゃあ、本題に入ろうか。まずはあの歪みのことを聞きたい。あの歪みはなんなんだ? 村の連中の中にはあれが魔物を呼び寄せると原因だと言う奴もいるが、それだと辻褄が合わない。それなら、あんなものがあちこちにあることになるが、そんな話は聞いたことがないからな」
「はい。ヨハンさんの言うようにあれが魔物を呼び寄せることはありません。あれは人を遠くの場所に移動させるためのものなんです。ヨハンさんがご自分の住む村からここまで一瞬で来たように私もあれを使って遠い所に移動したりするんです。その……遠い所に行けると魔法のために必要なものを集められたりして、色々と便利ですから」
「なるほど。確かにそうだな」
これ嘘だ。
魔法のために必要なものを集めたりなんかしていない。
それにアリシエは自分が歪み――転移門を使っていると言ったが、実際にアリシエが転移門の力を利用したことはなかった。
転移門を使ったのは、アリシエではなくルードだ。
あの日、アリシエは魔物払いの宝玉を盗んだ魔法使いに大きな犬の魔物をかしかけられた。追い詰められたアリシエは崖から転落し、瀕死の重傷を負ってしまった。そんなアリシエをルードが発見し、転移門を使って、黒の遺跡まで運んで治療を施した。
とはいえ、その辺りの事情をヨハンに話しても信じてはくれないだろう。彼は自分の村のことで精一杯なのだ。そんな彼に自分の身に起きた出来事を話しても信じてもらえる可能性は低い。そればかりか、せっかく話し合いに応じてくれた彼に余計な疑心を抱かせることになりかねない。
だから嘘をついてしまった。
これくらいの嘘は仕方ない、と心の中で必死に言い訳しながら嘘をついてしまった。
「色々な所に足を運ぶってことは、あんたは魔法を使って商売でもしてるのか?」
「は、はい」
「何をしてるんだ?」
「えっと……その……魔法の力でお薬を作って、それを売っているんです」
アリシエはさらに嘘を重ねた。
ヨハンとの話を円滑に進めるには嘘をつくしかなかった。本当のことを話せない以上、この先も嘘をつき続けるしかない。
(私、嘘なんてつきたくないのに……)
ミュルゼの村にいた時は嘘なんて、滅多につかなかった。
そんな自分が今は息をするように嘘をついている。
自分がこんな簡単に嘘をつけるなんて知らなかった。
知りたくなんて、なかった。




