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獣の魔女と黄昏の迷宮  作者: 白石しろ
第2章 黒の遺跡
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第11話 小さな少女の小さな頑張り

 

 緑の芝生の上を歩きながら、アリシエは考える。

 あの二人に会って何を話したらいいんだろう、と。


(やっぱりここのことを正直に話したらいいのかな……。ここは悪い魔法使いの住処じゃなくて、この大陸を救うために大昔の人が作ったものなんだって。でも、そんな大それたことを人に話しても信じてくれるのかなぁ……)


 古代人の作った機械の力の凄さをその目で見たアリシエでさえ、まだルードの話を完全には信じる事が出来ていない。自分でも信じていないことを他人に信じさせるなんて……はたしてそんなことが出来るだろうか。


 だけど、二人に会ったら何か話して、自分が悪い魔女でないと証明しなければならない。それは絶対だ。

 あの二人はここが魔物を操り、人々を襲う悪い魔女の住処だと知りながらも武器を持って遺跡の中を進んでいる。

 悪い魔女云々は彼等の勘違いなのだが、たとえ勘違いであっても武器を持ち、魔女を退治しようとしていることには変わりない。魔女退治と言えば聞こえは良いが、要は自らの手で人を殺めることには変わりはない。そんな恐ろしいことしようとしているだから、相当な覚悟があるのだろう。


 生半可な言葉では説得は出来ない。

 何か良い考えはないものか、と無い知恵を絞ってあれこれ考えてみたものの、結局何も思いつかなかった。


(一体、どうしたらいいの……?)


 悩みながら歩き続けているせいか、アリシエの歩みが怪しくなってきた。

 足下がふらふらし真っ直ぐに歩けなくなってしまった。

 不安と考え過ぎ。その二つのせいで呼吸が浅くなり、頭の中に酸素が回りきらなくなっていたせいだった。


 と、そんな時、耳元で声が聞こえた。


「ずいぶんとぼんやりとしてるみたいだけど、大丈夫?」

 

 それはルードの声だった。


「だ、大丈夫だよ! 別にぼんやりとなんかしてないし……」

「ふーん。そうなんだ。僕の目にはずいぶんと危うげな足取りに見えたけどね」

「…………」

「立ち止まって深呼吸でもしたら? それだけでもずいぶんと楽になるよ」


 ルードに言われた通り、アリシエは立ち止まって深呼吸をした。

 そうすると随分楽になってきた。


「君のことだから、あの二人と何を話そうか考えたけど、何にも思い浮かばなくて、それで益々あれこれ考えて、段々落ち込んできたんでしょ」

「うっ……」


 思いきり図星を突かれ、アリシエは動揺した。

 だってルードはとても冷たくて、意地の悪い男の子なのだ。

 まだ出会って一日も経っていないのに散々意地悪をされてきた。今度もまた何か意地悪なことを言われるに違いない。


「そ、そうだよ。私、一生懸命考えたけど、何にも思いつかなかった。いいよ。意地悪、言っても……私、頭、悪いし、どんくさいし……」


 アリシエはルードに辛辣な言葉を言われても良いように身構えた。


「今更、何も言わないよ。君がやると決めたことだ。君の好きなようにすればいい」


 それは予想外の言葉だった。

 意地悪なことを言われ、馬鹿にされると思っていたのにルードはアリシエのことを馬鹿にしなかった。どうしてなんだろう。疑問に思い、アリシエはルードに尋ねた。


「……どうして何も言わないの?」

「君が僕のマスターになるかもしれない人間だからだよ。黒の遺跡の主になれば、悩みや苦労もこんなもんじゃすまなくなる。今のうちに少しでも悩んで、苦労してもらおうと思っただけさ」

「……私は黒の遺跡の主になんかならないよ。さっきも言ったでしょ。私、頭が悪くて、どんくさくいって、おまけに泣き虫だし……。そんな私にこの大陸を救うなんて、本の中の英雄みたいなこと出来っこないよ……」

「そうだね。僕もそう思う。でも、この十年で遺跡の主の資格を持つ人間は君一人しか見つからなかったんだ。次の候補が見つかるまではさらに時間がかかるだろうね。その時にはもう全てが手遅れになっている可能性が高い。不本意だけど、君にやってもらうしかないんだ」

「そ、そんなこと言われても無理なものは無理だよ……」

「……今はこの話は止めておこうか。さあ、もうすぐあの二人と接触するよ。何の策がなかったとしても心の準備だけはしておいた方がいいんじゃない?」

「……う、うん」


 そしてルードの声が聞こえなくなった。

 古代人の作った機械の力でルードには侵入者の二人の位置がわかっている。

 ルードがあの二人が近くにいるというのなら、もうあれこれ考えている時間はない。


 心の準備。臆病で、泣き虫な自分にはそんなことだって満足に出来やしないだろう。


(でも、やるしかないんだ。逃げるという選択肢を消したのは私自身なんだもん……)



 * * *



 そしてアリシエはついに二人組と遭遇した。

 弓を持った狩人のような壮年の男性と斧を持った木こり風の青年。ルードが映し出した映像で見た通りだ。


「おい。誰か来たぞ」


 アリシエの存在に最初に気付いたのは壮年の男性の方だった。

 それから少し遅れて、若い青年がアリシエを見た。


「なんだ。女じゃないか」

「当たり前だろ。魔女なんだから」

「いや、それはそうだが……見た所、普通の女じゃないか。魔女って言うからにはもっと恐ろしい姿をしてるもんだと……」

「騙されるなよ。そうやって若い男を騙すのが魔女のやり方なんだ」


 壮年の男性が前に出た。

 男性はいつでも背にある弓に手にとれるようにし、鋭い目つきでアリシエを睨み付けた。


「おい……! お前が魔女なんだな! なんで俺たちの村を魔物に襲わせるんだ!?」

「ち、違います……私は魔女なんかじゃありません……!」

「嘘をつくな! そうやって俺たちを騙そうとしてもその手には乗らないからな!」

「う、嘘じゃありません。本当なんです。私は悪いことなんて何も……」

「こいつ……! お前のせいで何人も怪我人が出てるっていうのに白々しいことを……!」


 男が大きな声でアリシエを怒鳴りつける。


(ど、どうしよう……怖い……)


 それだけでアリシエは泣きそうになってしまった。

 無理もない話だ。

 アリシエはこれまでに人に怒られたことがほとんどないのだから。

 村の大人たちが怒るのはやんちゃな男の子やお転婆なミーシャといった悪戯好きな子供ばかり。アリシエは彼等と違い悪戯などせず、それどころかお年寄りの話相手になったり、村の雑用を積極的に手伝った。

 そんな良い子のアリシエを村の大人たちが怒ることはなく、むしろ悪ガキたちから守りさえした。大人たちの誰もアリシエを怒鳴ったりなどしなかった。

 

 だから、怖い。

 こうやって大きな声で怒鳴られると怖くて、怖くて泣き出してしまいそうになってしまう。

 アリシエは今すぐ目と耳を閉じて逃げ出したくなった。わんわん泣いてその場にうずくまってしまいたくなった。けれども、そのどちらもアリシエは選ばなかった。


「……もう一度言います。嘘じゃありません。本当です。私は何も悪いことはしていません」


 アリシエが選んだのは泣きたくなる気持ちを抑えて、アリシエは壮年の男と向かい合うことだった。

 もし、ミュルゼの村の人間が今のアリシエの姿を見れば『臆病で泣き虫なあの子が、逃げもせず、泣きもせず、気丈に振る舞っている』と感嘆の声を漏らしただろう。

 そんなアリシエの姿を見て、男たちは困惑していた。

 目の前にいるのは自分の村に魔物をけしかける悪い魔女だ。そのはずなのになぜかこちらの方が悪い事をしているような気がしてくる。まるでいたいけな少女を苛めているような……そんな気がしてくるのだ。


「……なあ、親父。この人の話を聞いてみないか?」


 若い青年が自分の父親に向かって、そう提案した。

 提案された父親は息子の言動に驚き、戸惑った。


「おい正気か!? こんな奴と話をする必要はない!」

「俺にはこの人が親父の言うような悪い奴には思えない。彼女が魔法を使って俺たちの村で悪事を働いているのなら、こんな風に姿なんて見せない。魔法使いなら魔法を使って弓矢よりも遠くから相手を攻撃できるはずだ。でもこの人はそうしなかった」

「……だからお前はこいつが悪人じゃないと言いたいのか?

「そこまではわからない。だけどこの人にも何か理由があるのかもしれない。だとしたらその理由を俺は聞いてみたい。少しの間だけでいい。俺に時間をくれ」

「……若い女が相手だからって、情に流されるなよ」

「ああ、わかってる」


 壮年の男性は殺気だっていて彼との話し合いは難しそうだった。

 しかし、彼の息子の青年の方は父親よりも理性的で、アリシエとの話し合いに応じてくれようとしている。ほんの少しずつだが、風向きが良くなってきている。これならなんとかなるかもしれない。

 アリシエの胸にかすかな希望が灯った。


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