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愛宕坂の勝軍地蔵  作者: テッドオフ
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丸岡晴美さんのこと

 桃園ゆかりにはふたりの親友がいる。一人が占い師を紹介してくれた谷本信子さん。富山市出身で、占いとかおまじないとかお化け、妖怪が大好き。最近、恋人ができたらしく付き合いが悪くなった。悪い男じゃないといいんだけど。


 もう一人の友人は福井市内の自宅から通う丸岡晴美さん。ずんぐりむっくりした体型だけど、丸っこい鼻がとてもチャーミングな可愛い女の子だ。男性経験は未だない感じ。ゆかりと同じくアルコールに弱く、コンパではすぐに真っ赤になって酔っ払って、

「私にはこれまで恋人がいたことなんて一日もないのよ。それに比べてゆかりはずいぶんモテたでしょうね。今までに何人の男の人と付き合ったの?教えなさいよ」

 なんて絡んでくるんだけど、普段は親切で、買い物なんかにも気軽に付き合ってくれる。大きな荷物になりそうなときは、母親の沙織さんを担ぎ出して車に乗ってきてくれたりもする。


 彼女は土曜日も含めて週に三日、上呉服町商店街にある香華堂という和菓子屋さんでアルバイトをしている。ちなみに谷本さんに勧められて行った占いの店もこの近くだ。

 今日、火曜日はゆかりも晴美さんもバイトが入ってなく、それに翌日は祝日だ。それで晴美さん、

「もし何の予定もないなら、家に泊まりに来ない?本屋さんにも行きたいし、夜はベルで何か食べましょうよ」

 とゆかりを誘った。

 彼女はゆかりに用があるとすれば、男だろうと思っている。


「いいの?前にお邪魔したばかりだよ」

「いーのいーの。お母さん、今夜はデートみたいだし」

 晴美さんはお母さんと二人暮らしなのだ。


「そうなんだ。じゃあ、お泊りしようかな」

 今の私に男友だちはいないことを話さなきゃ。それとお母さんの沙織さんには、コンビニ店長にストーカーされてることを相談してみよう、と考えてのことだった。


 晴美さんの家は大学から自転車で三十分ちょっと離れた、花堂という町だ。すぐ近くに大きなショッピングセンター・ベルがあり、他にファミレスやコンビニ、ブックオフにツタヤと何でも揃っている。

 ゆかりはインドア派だから書店に行っても新刊本や文庫本の棚くらいしか見るものがない。それに飽きたゆかりはブラブラと書店内を見て回り、旅行関係のコーナーにやってきた。そう言えば、福井に来て一年以上過ぎてるのに、観光地のひとつも行ってないのに気がついた。しかし車がないから一人では行けない。と思った途端、コンビニの店長からドライブに誘われていることを思い出し、うんざりした表情でそこから離れた。



 晴美さんの買い物が終わり、中華を食べて家に戻った。


 ダイニングルームで甘いカクテルを飲みながら、テレビでスリーピー・ホロウを観ていると、沙織さんが帰ってきた。


「おかえり、早かったのね」と晴美さんが言ったのに続けて、

「お邪魔してます」とゆかりは挨拶した。


「あら、いらっしゃい。そっか、明日祝日だから。私も明日は休みなの、ビールあったっけ」

 と沙織さんも椅子に腰を下ろして一杯やり始めた。

「桃園さん、どう?コンビニのアルバイトは」

 と聞いてきたので、ゆかりはこの時とばかりに、コンビニの店長のことを話した。


 晴美さんはとても不安な顔でゆかりの顔を見ていた。沙織さんはそんな娘の震える手をギュッと握ったまま、ゆかりが話し終わるのを待っていた。

「ゆかりさん、すぐに辞めなきゃ駄目よ。何かあったらどうするの?男って、助平とかそんな可愛い言葉では言えないくらい、ドロドロした化け物なのよ!」


 沙織さんの激しい口調に、この人も何か嫌な思い出があるのね、とゆかりは強いシンパシーを感じた。


「でも働かないと。このままだと家賃が払えなくて」


「そっか、家賃ねえ。家に来る?って言いたいけど、そんな部屋ないしねえ」と、頬杖をついた沙織さん、何を思いついたのかパッと目を輝かせて、

「あー!」と声を出した。


「 どうしたのよ。何か変なこと思いついたんでしょ」と晴美さんが言った。


「馬鹿、何が変なことよ。ゆかりさん、ひとつ部屋、あるわよ!友だちの家なんだけどね、凄く安くしてもらえると思うよ。商売じゃないんだから」


「どこなの?友だちって誰?」


「うん。多田里美さん、ついさっきまで一緒だったの」


「あれ?デートじゃなかったの?」


「残業になったって、ドタキャンされたのよ。で、里美さん誘い出して、いつもの店にいたんだけどね。そうそう、ひと部屋あるわよ!」


「詳しく教えてください!」


「多田里美さんというのは六十歳くらいかな。前の会社で仲良くなってね、今でもちょくちょく会ってるのよ。で、里美さんの実のお母さん、ひと月ほど前にホームに入れたんだって」


 沙織さんはゆっくりと話を続ける。


「晴美も一度行ったことがあるでしょ。ほら、愛宕坂の駄菓子屋さん。そうそう、足羽山への登り石段で、半分ほど上がったとこの。あそこが里美さんの実家なのよ。

 で、そこでお母さんが一人で店をやってたんだけど、石段でコケて。杖があれば何とか歩けるくらいにはなったらしいんだけど、ほらあんなところだから買い物にも行けないじゃない?それで里美さん、ケアマネさんと相談して、老人ホームに入ってもらうことにしたんだって。

 長男さんが敦賀で大きな会社を経営していてね、ホームの入居金だの家賃だの、お金の心配はないらしい。でもお母さん、愛宕坂の家を壊さないでくれって言ってるらしいの。できれば店も閉めないでとも。元気になったら戻るつもりでいるのよ。

 もちろん帰るなんて無理だとはみんな思ってる。でも里美さん、お母さんに嘘はつきたくないんだって。できれば本当に店を続けて、写真とかビデオとかで店が繁盛してるのを見せたいんだそうよ。


 さてそこでよ。店は土曜、日曜くらいしかお客さん来ないんだから、週に二日だけ営業することにする。でも平日、無人にしておくと家が傷むから、誰かに住んでもらいたいんだって。

 そんな話をお店でずうっと聞いてたのに、さっきまで忘れてたのよ、酷い人だねえ、私って!」


「そのう、愛宕坂というところは、大学から近いんですか?」


「近いわよ。晴美のバイト先からこっちに、自転車で十分かからないくらい。大学、香華堂さん、愛宕坂、ここ花堂とほとんど直線に並んでる感じよ」


「それで、家賃は幾らくらいですかね」


「部屋も見ないとあれだけど、家のおもりみたいなもんだから一万円くらいじゃないかしらねえ。よければショートメール、送るけど?」


「お願いします!」とゆかりは頭を下げた。

 山の途中らしいけれどどうせ車もないし、全然構わない。家が古そうだから、あんまり気持ち悪いのは嫌だけど、お婆ちゃんだって死んだわけじゃないからお化けも出ないだろう。とにかくアルバイトをしなくて良いのは嬉しい。占い師さんによると、どこに行っても悪い男に迫られるらしいから。


「あら、メール帰ってきた」と沙織さん。

「どう?よければ明日見に来ないかって。里美さんも明日は休みみたいね」


「お願いします、って送って。おばさん」


「わかった。ねえ、私も付いていっていい?」


「ええ。もちろんです」


「私も、私も!」と晴美さん。



 沙織さんがお風呂に入ったので、晴美さんはゆかりを連れて、部屋に戻った。

 晴美さんはベッドの下に布団を敷いて、

「ゆかりはベッドで寝て。私はここでいいから」と、掛ふとんと一緒にゴロンと寝転んだ。


「セミダブルよ。二人で寝てもいいわよ」とゆかりは遠慮がちに言った。

 すると、

「ホント?手を繋いで寝てもいい?」って聞いてきた。


「晴美。あなた子どもね。でもいいわよ」


 ゆかりはTシャツとパンツ姿でベッドに入った。

 晴美さんは布団の上でモゾモゾと服を脱いで、ゆかりと同じようにシャツとパンツ姿でゆかりの横に身体を滑らせてきた。


「えへへ」

 すぐそこにお互いの顔があるのが気恥ずかしくて、二人は笑いあった。


「でもこうして間近で見ると、ゆかりってホント美人だね」


「晴美も可愛いわよ。その鼻、私が男だったらかじりたいくらいよ」


 ゆかりがそう言って笑うと、晴美さんは急に苦しそうな表情を見せた。それからプイッと寝返りを打って背中を向けた。

 馬鹿、と言ったように聞こえたけれど、ゆかりは何も言わず、晴美さんの背中に手を添えて、お休み!と言って目をつぶった。

 晴美さんは背中を向けたまま、手を伸ばしてくる。ゆかりはそっとその手を握った。

 そして思う。

 私だけじゃない。みんな、いろいろ重たいモノを引きずってるのね、と。




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