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無謀な英雄

「そういうわけで、帝国に潜入する話になったの」


「お前も本当に……命知らずだよな」


 自殺行為としか思えない計画を淡々と話すレインに、ケリーがため息をつく。


 帝国軍の守りは鉄壁以外の表現が見つからないほど堅い。過去にダークエルフの戦士たちが何人も帝国への報復を試みては、城壁に設置された魔導砲の餌食になってきた。


 上位魔導士の魔力が込められた砲弾は有機物を分解する効果を持っていた。言い換えれば、魔導弾を喰らった瞬間、その肉体は溶ける。


 何人もの男たちがその砲弾の犠牲になってきた。


 次第にダークエルフたちは帝国へ報復する気も失せて、専守防衛に徹することとなった。弱腰だと揶揄する者は、皮肉にも自ら先陣を切って絶滅していった。専守防衛に反対する者はいまやどこにもいない。


 長老会議で決まったこの「平和主義な」姿勢は、たびたび「軟弱だ」と槍玉に上げられるものの、これ以上無駄な戦死者を出したくないダークエルフ側としては、心ならずも取らなければならない外交的態度であった。


 レインはこうした背景を知ってはいたが、強者に迎合するようにも見える姿勢に疑問を呈していた。


「このまま受け身になっていても、奴らは攻めてくるわ。それからじゃ遅い」


「そうは言うけどよ」


 ケリーが呆れながら口を開く。


「帝国にはレーダーがある。金属製の飛行物体を捕捉する装置だ。これは俺たちが乗る飛行機を発見することもできる。空に脅威を感じ次第、奴らは即座に砲撃を加える。そうなったらドカンと二人で仲良くあの世行きになる。冗談じゃないね」


 レインが少しだけ考える素振りをしてから答える。


「アマリリスを使うわ」


「あのドラゴンか」


 アマリリス――レインの騎乗する獰猛なドラゴン。


 空を悠々と飛んでは、暇つぶしに口から放射する火炎で街を焼き、ひどい時には核融合をした粒子を放出させては特大の爆発で人々を恐怖のドン底へと落としてきた。


 魔王並みに恐怖されていたドラゴンを、ある日レインが力でねじ伏せて捕獲した。


 それこそ誰もが信じられないものを見た顔をしていた。あの恐怖のドラゴンが、よりによってペットのように扱われるなんて、と。


 だが、実際にレインはその獰猛な竜にアマリリスという不似合いな名前を付けて、馬代わりに空で乗り回している。


 帝国軍のレーダーはあくまで金属の機器にのみ作用する。有機体であるアマリリスはレーダーに捕捉されない。


 仮に捕捉する能力があっても、レインには「隠密」のスキルがある。アマリリスごと空でステルス状態になれば、誰一人空からの来訪者を見つけることはできない。


「作戦は夜に決行するわ。世闇にまぎれて、王都の城へと潜入する」


「正気か」


 自殺願望があるとしか思えないレインの発想に、ケリーは思わず笑った。この女は、頭のネジが一本二本外れているというレベルではないらしい。


 だが、状況を鑑みると、もはや常識的な手は通用しない。目の前にいる頭のおかしい女ぐらいの発想でないと、皇妃の拉致は難しいだろう。


 レインが空を見上げる。


 阿吽の呼吸で、空に耳をつんざくような咆哮が響く。アマリリス――くだんのドラゴンだ。同心円状に強風が吹き荒れ、森の木々が揺れる。


 こいつに隠密行動などできるのかという疑問をよそに、アマリリスがゆっくりと地上へ降りてきた。レインは誰もが恐れたドラゴンを優しくなでる。その姿を見て、レインは本気なのだと悟った。


「わかったよ」


 ケリーは溜め息をつく。


 冗談でも何でもなく、レインは皇妃のエリス・イグナティウスを単身で拉致しようとしている。世界中を探しても、これほど無謀な選択をする工作員はいないだろう。


 だが――


「必ず生きて帰って来い。お前がいなくなったら漆黒の森にはジジイしか残らない」


 レインなら何とかできるかもしれない。


 そんな考えが浮かんだのも事実だった。


「わかっているわ」


 レインは強い眼で言う。


 悲壮感に満ちているわけでもないのに、見ていて悲しくなる光景だった。


「必ずだぞ」


 レインは答えずに竜の背に乗る。


 アマリリスが羽ばたく。風が強い。ケリーは顔を腕で覆う。


 ――必ず、戻って来るわ。


 ドラゴンはすさまじい勢いで天空へと飛び去っていった。そのまま、空の蒼へと溶けていく。


 レインたちの姿が見えなくなった。


 辺りは静まり返り、空は変わらずに蒼く透き通っている。


 清々しい光景のはずなのに、どうしようもない寂しさがこみ上げてきた。


「生きていてくれよ」


 誰にともなく呟く。


 メカニックのケリーは、精霊に祈りを捧げた。

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