4745
ちぎったパンを口の中にぞんざいに放り投げながら、新聞に目を通す。
真新しい情報はない。わたしの家族についての情報も変わらず一字だって載っていない。
ふと見慣れぬものがテーブルの上にあるのに気が付いた。飾り気のないノック式のペンのように見える。目の前で同じように新聞を見ながら、コーヒーを飲んでいる彼女に問う。
「これはペンですか?」
「……違うわ、それは経歴」
こちらを一瞥して言う。
どういう意味か分からず、ただ経歴? と繰り返せば、そうよとしか返ってこない。こんな小さなものに経歴が記されている、わたしは幼い頃に見たスパイ映画で、こういった日用品に小さな紙切れで情報が入れられていたのを思い出す。
「だれの経歴が入っているの?」
「色んな人よ」
「色んな人?」
「質問が多いわね」
「……ごめんなさい」
鋭い視線を向けられ、思わず身を縮こませる。そんなわたしを見て、彼女は「別にいいわ」と言ったので、ほっとして体から力を抜く。
「商売柄色んな星に行くでしょう? あなた達を盗もうとする輩もいるからね。後を辿られないように同じ経歴は使わないようにしているの」
「なるほど」
わたしは地球産のペットだ。彼女がペット斡旋業者だ。本来なら地球で言う冥王星へと行く予定だったのが、彼女が気に入ってあちこちを一緒に回っている。彼女の星の名前は私では聞き取れなかったが太陽系外の出身で地球を気に入っているらしく、生活にも地球式を取り入れ、地球のペットを売っているのだ。
人間よりずっと背が高く、目がひとつで、全身長い毛に覆われた姿に最初は驚いたが、慣れてしまえばふかふかの手で撫でられるのが嬉しくなっていた。
ひどい業者もいると聞いていたが、彼女は優しく、彼女に飼われて本当に良かった。知識の制限もないし、会話も食事もある程度自由にして良いのだから。
彼女はわたしの子供が見たいと言う。よくわからないけれど、彼女が望むなら別に良いか、と思った。
お題:これはペンですか?違うわ、それは経歴