16.見限るは一瞬
「どうするの、結ぶの? 結ばないの?」
氷点下にまで下がった視線で、リリムノワールは淡々と問いかけてくる。
当たり前だが、加護は欲しい。それがあるとないとで、今後の生活水準は大きく下がってきてしまうのだから、
かの国が滅びの道を歩いているのは別にどうでもいいし、滅んでしまったところで興味はない。王太子の評判は大層悪かったし、あの国は色々なものを独占していたのだから、そろそろこちら側に譲ってくれても良いのではないか。
「……ねぇ、返事は?」
リリムノワールは、また淡々と問いかけてくる。
それにハッとして、改めてその国――ルミナリア王国の国王であるライネリオは慌ててリリムノワールの元へと駆け寄って、頭を下げた。
「無論、加護を授かりたく!」
「ふぅん……? あなたの周りはそう思っていないようだけど……」
「……え」
慌ててライネリオが自分の背後にいる王太子、王太子妃、王妃、そして家臣たちを見てみれば、リリムノワールに向けられているのは、恐怖の眼差し。
「別に良いの、ここじゃなくても加護を欲している国なんていくらでもあるんだもの」
「ま、待って、くれ」
「……」
「わたしは、一国の国王として加護を……」
「オマエ、わたしのこと、舐めてない?」
「え?」
ライネリオは、ぶわっと冷や汗がふき出してきたのを感じた。
何を間違えた。
どう答えるべきだった。
いいや、何も間違えてなどいないはずだ。
たらり、と額からこめかみにかけて、冷や汗が流れていくのを感じる。まずい、誰か一人でもリリムノワールから反感を買ってしまえば、折角手に入れた恒久の平穏を手に入れるための黄金のカギを手放すことになってしまう。
「な、舐めて、なんか」
「媚びへつらっておけば、良い感じに加護をくれる、とか思ってない?」
「……っ!」
ひゅう、と背後から息を呑むような音が聞こえてくる。
慌ててライネリオが背後を振り返れば、王太子と王太子妃が、真っ青になって口元を押さえている。ああ、この馬鹿どもか、と即座に判断したライネリオは怒りを込めた目で二人を睨みつければ、どうしてか分からないが二人はあっという間に開き直ったようだった。
「お父さま、何を迷う必要があるのですか! 人間風情、とこちらを見下してくる愚か者になんか、加護を得られなくても……」
「黙れ!!」
大雨、洪水、河川の氾濫、堤防の決壊、地震、津波、上げればどれだけ自然災害が出てくるだろうか。
それらを今後は心配しなくて良いんだ、災害対策費を国民のために使うことが出来れば、どれだけ国は発展するだろうか、計り知れない。
だって、かつて加護を得ていたかの国は、そうしていたから。
だがしかし、ライネリオは理解していないのだ。
そうしたからこそ、自分たちがどれだけ偉いのかということを周囲の国に吹聴することで、まるで世界の王かのように振舞った結果、信仰心など全く捨ててしまっていた、ということも。
信仰心を無くした結果、呆気なく滅びに向かって進んでいる、ということも。
「人は、人の力だけで歩いていくべきなのです! だからこそ」
「人の力、だけ」
リリムノワールが、心底楽しそうに呟いた。
え、と王太子は間抜けに声を上げてから目を丸くする。
「殿下、いけませんわ!」
「遅いよ」
にこ、と綺麗で、しかし可愛らしくも微笑んだリリムノワールの表情に、その場の全員が見惚れてしまったものの、リリムノワールの口から出てきた言葉は、とても冷酷なもの。
「じゃあ、ヒトだけで生きていけば良い。加護もいらないんでしょう?」
「そ、そうだ!」
「殿下!」
「ヒト、だけだもんね?」
「……ん? そ、そう、だ!」
肯定してしまった、とライネリオと王太子妃は、真っ青になっていしまった。
どうしてこんなことを肯定したんだ、と詰め寄ろうとしたが、リリムノワールのとても楽しそうな声で、再び言葉が紡がれた。
「だったら、今ここにいるこの子たちの加護もいらないよね?」
「…………え?」
うっかりした発言は、どうしてあんなに軽く出てしまったのだろうか。
リリムノワールがそう言った矢先、彼女の周囲に多数の光が、ふわふわと飛んでいるのが見えた。つまりあの光はこの世界にいるという精霊なのだろう。
「いらない、よね?」
念を押すように確認してくるリリムノワール。
はいそうです、と言えば彼女は嬉々として精霊を一斉に引き上げさせてしまうだろう。そして、加護を与える国をしれっと探しに行ってしまうのだろう。
「……あれ、お返事が聞こえないなぁ」
うーん、困ったなぁ。
リリムノワールの、ちっとも困っていないとしか聞こえない声は、この謁見の間にやたらと大きく響いてしまった。
「人間だけの力で頑張るんだから、わたしも、精霊たちも、ここには不要かな、って思うんだけど」
頬に手を添えて、とても可愛らしく残酷なことを告げているのだが、ここで王太子がやっと気付いたらしい。
「…………あ」
さっと顔色を悪くしても、吐いた言葉は取り消すことなんかできない。
取り消すことができれば、どれだけ楽だったかは分からないが、王太子はがたがたと震え始めている。
「じゃあ、そういうことで」
「お、お待ちください!」
精霊たちと何かを少しだけ話したリリムノワールは、精霊たちにだけ笑顔を向け、くるりと背を向けてから自分が移動するためのゲートを開いた。
そのゲートをくぐってしまえば、きっと、リリムノワールはこの国から出て行って、またこう告げるのだろう。
『さぁ、加護を欲する国はあるかしら』と。
ようやく……というか、何となく、というよく分からない理由で、ルルティリアが適当に加護を与える国を選んでいたのだが、もう一度選び直しになる。そうすれば、また他の国がこぞって手を挙げてくるだろう。
「どうして待つ必要があるのか分からないけれど、一応理由を聞いてあげましょうか」
「……先ほどの王太子の発言は、己を過信しすぎているが故の発言だ、許してほしい」
「…………どうして?」
きょとん、と可愛らしく問い返された内容に、誰かが『何で』と力なく呟いたのが聞こえた。
リリムノワールは、待つ必要なんか、これっぽっちもないのだ。
だって自然災害に襲われない状態になれるような加護を与えてくれるなら、是非とも我が国が、と手を挙げるに決まっている。
代わりなんて、いくらでも探せてしまう。
「そういえば、ルルティリアが言っていたけれど」
「え」
「加護を失った国……お前と同じような思考回路のニンゲンが、同じようなことを言ってしまったから加護を失ったんですって。ふふ、似た者同士、ってこういうことを言うのね」
とても愉しそうに言ったリリムノワールは、精霊から何やら耳打ちされて、途端に目をキラキラとさせていく。
「へぇ……そうなの。そっちの方が面白そうだし……ええ、そっちに行きましょうか」
「あ、あの!」
「それじゃあね、ニンゲン。もう新しい加護の付与先が決まったから、そっちに行くわ」
相手がリリムノワールだったから、最悪だった。
ルルティリアならば、転がせるところまで転がして、泳がせて、徹底的に相手が悪いとしか言えなくなる状況をこれでもか、と作り上げてから叩き落す。
リリムノワールは、そんな面倒なことはしない。
いらないものは、いらない。だから、捨てる。それだけなのだ。
「次はお前たちよりももっともっと面白そうなヒトを相手にできるんですもの! だから急がなくちゃ」
それじゃあね、とあっという間にリリムノワールは消える。
――その瞬間、だった。
「……え」
ずん、と体にいいようのない負担がかかる感じがして、全員がその場にへたり込んでしまった。
「あ……ああ……」
この国の可哀想なところは、ただ一つ。
通常の状態でも、精霊の加護が多かったというところ。それ故に、リリムノワールが精霊をさくっと引き上げさせてしまったものだから……。
「魔法が……弱くなって、いる……?」
愕然とした面々は、ここで王太子の失言が取り返しのつかないことになってしまったのだ、と改めて気付かされたが、リリムノワールは決して容赦せずに彼らをいとも簡単に見捨ててから『次』に行ってしまった、というだけのこと。
何せリリムノワールはそういうことに関しては、大変行動が早いのだ。
思いやりとか、そういうものは全てルルティリアにだけ捧げている。ニンゲンには決して捧げない。
それだけのお話、ということなのである。




