14.身の程知らず
満身創痍でくたりと横たわっているシェルロンを見ても、ルルティリアには何の感情も湧き上がってこない。
可哀想、とか。
痛ましい、とか。
何一つ、そう、何も、一切浮かばない。
「この程度で、わたくしのギル様に手を出そうとかお考えになっていた、というのであれば認識を改めていただかないと、……わたくし、とぉっても困ります」
頬に手を添えてふぅ、と可愛らしく溜め息を吐いているルルティリアは、見た目だけでいえば大変美しくもあり、可愛らしい。
余計なことをしなければ、何ら問題がなかったというのにどうして……と思う令嬢たちの方が多い中、満身創痍だったはずのシェルロンの手がぴくり、と動いた。
「へぇ」
あいつは面白いものを持っているな、とルルティリアは目を細める。
普段なら徹底的に、逆らうことすら思わせないほどに叩き潰していくルルティリアだったが、あれを使われてはさすがに『一撃必殺』とまではいかなかった。
とはいえ、心を破壊しにかかる術は何ら問題なく使えたからそれでひとつは満足した。
もうひとつは、ああいった小賢しい方法を取った輩の対応を考え、実行すること。
「……っ、ぐ……」
倒れていたはずのシェルロンが、ぐぐ、と手に力を込めてから起き上がってくる。
ルルティリアがじぃ、と視線を注ぐ先にある道具を使ってから一度はどうにか耐えたようだが、二度目はない。
それを理解しているから、シェルロンも次はやられまい、とするだろう。しかし、ここはシェルロン主催の茶会。下手に大暴れをしてしまっては、シェルロンの評判にも関わってくるものだから、迂闊に行動ができない。
……であれば、いくらルルティリアが王族といえども、彼女のやらかしを声高らかに主張してやれば……、と考えたらしい。
「お筒抜けさんなのよねぇ……」
「え」
いつの間にか、ルルティリアが、立ち上がりきったシェルロンの鼻先ギリギリまで顔を近付けていた。
「……っ」
ひぃ、と声をあげなかっただけ、自分で自分を褒めてやりたい。シェルロンは喉から溢れそうになった悲鳴をどうにか抑え込んで、しかしルルティリアに負けてなるものかと気丈にも睨みつけることはやめない。
「……勇敢と、無謀を履き違えないでね」
静かに告げられた内容に、『は?』と思わずシェルロンから言葉が零れるが、ルルティリアはただ、じぃ、とシェルロンを見つめ続けている。
「何を、言って」
「ねぇ、わたくし許可していないわ」
「は」
「貴女って、わたくしよりも偉い?」
少しだけ顔を後ろにやり、よいしょ、とルルティリアは姿勢を戻した。
まるで人間のようだ、とニタリと笑ったシェルロンは足や手に力を込めて、すぅ、とひとつ息を吸い込んだ。
「お黙りくださいませ! あぁ、姫様はどうかしておられる!」
演劇の主役のように、両腕を広げて大袈裟なほどに叫んだシェルロンは、ぐるりと会場全体を見渡した。
「姫様は、人間界に向かうまではこのようなこと、しなかった! 罰を与えるためだけにここに来るだなんて、おかしなこと!」
「シェルロン様……」
「駄目よ、……駄目。確かに心配ではあるけれど、……っ、駄目……」
まずいからやめた方がいい、そう忠告しようとした令嬢を、ほかの令嬢が止めた。
いけない、ルルティリアに逆らってはいけない。あの人の凶悪さは、高位存在になればなるほど理解できている。こうやって喧嘩を売ることそのものはルルティリアは気にしない。だがしかし、そのあとが問題だ。
「おかしな、こと」
「そうよ!」
「何が?」
じくり、とルルティリアの圧は強まる。ほんの少しずつ、けれども、確実に。
「何が……って、自覚がないの!? あぁそうか、お前はニンゲンごときの花嫁になるためにわざわざあちらに行っていたのだものねぇ! でもそれってぇ、ギルライハ様に対するとんでもない侮辱でしょう!?」
つらつらと、声高らかに叫ぶ。周りが何も言わないのをいい事に、シェルロンの頬は紅潮している。
だが、悲しいことに、シェルロンは気付かない。少しずつ、着実に、この場所がルルティリアの支配下になりつつあることに。
「侮辱……」
ほんの少しだけ、ルルティリアが嫌悪を露わにしてみせれば、引っかかった、とシェルロンがまた大きく手を広げて息を吸い込んだ、のだが。
「っ、ぐ」
げほごほ、とシェルロンは咳き込み始める。
あぁそうか、いきなりこんなにも叫ぶほどの大声を出してしまったからだ、とシェルロンは勝手な勘違いをした。
違う。
ルルティリアの魔力が、じわりじわりと染み渡っていることに、未だに気づいていない。致命的なことになるというのに、と周りの令嬢たちは逃げたくて距離を取ろうとするが、ルルティリアはそれも許さない。許す、はずがない。
「……っ、ふぅ、何だかいきなり噎せてしまったわ。何なのかしら、もう……。って……あぁ、さっきの続きだけれど」
「……」
ルルティリアが、少しだけ顔の角度を変えたから、彼女の表情は全く見えなくなってしまった。
そうか、図星をつかれてしまったからこちらを見ることができないんだ、と勘違いは加速していく。
「何事も無かったら、お前はニンゲンに嫁いで、子を成していたのよねぇ! あぁ、なんておぞましいこと!!」
なるほど、そうやって考えていたのか。これは少し考えを改めさせるひつようがありそうだ、とルルティリアはシェルロンに見えないように考え、そしてほくそ笑んだ。
さぁ、どうやって思い知らせてやろうか。
「(……あぁ、そうだわ)」
次の祝福を与える役割は、リリムノワールへと譲った。というか、盟約を破棄してルルティリアがここに帰ってきているのだから、頭のいい人、もしくはきちんと学んでさえいればお察し状態なのだが、どうやらシェルロンはそうではないらしい。
あぁ、何て可哀想に。
知らないということは、何とも罪深きものである。
上位な存在であればあるほど、知っていなければならない大切なことであるはずなのに、シェルロンは『知ること』を放棄したのか……としみじみとルルティリアは思う。
「……なんて」
「え? 何、何か反論でもできるっていうの?」
そもそも、言葉遣いがありえない。
ルルティリアを見下すことはまぁ、彼女的に完全アウトではあるものの『売られた喧嘩は十倍で買う』が密やかに決めていること。
だから、こういう状況は彼女にとって大変ありがたいのだ。
だって、向こうから喧嘩を売ってきたのだから、対処するためには喧嘩を買ってあげなければいけない。
喧嘩を売らなければこちらに対抗も何も出来ないだなんて。
嗚呼、なんて。
「……可哀想な人」
え、とシェルロンが聞き返そうとした瞬間、ふとルルティリアが顔をあげる。
一切の感情が消え失せたその顔は、まさに氷のようで、言葉が出てこない。何かを言いたくて、口を開けようとしたが、まるで縫い付けられてしまったかのように、上唇と下唇がピタリとくっついてしまう。
声を出そうにも、喉が潰されてしまったとでもいうのか。声にならない何か奇妙な『音のようなもの』が出てくるだけ。
「力量差、って……ご存知?」
やめて、とシェルロンは首を横に振った。
一瞬でも侮ってしまって、暴言を吐いてしまった自分を叩きのめしてやりたいけれど、過去になんか戻れやしない。
そもそも、過去に戻れるのならば、ルルティリアが先にやっている。
ーーそしてきっと、己の両親を早々に殺して、王位をもぎ取っていたことだろう。
「あぁそうよね、知らない……知ろうとしないから、このわたくしに楯突くような真似をなさったんだものね」
ルルティリアは、ようやく微笑みを浮かべて一歩、シェルロンとの距離を詰めた。その一歩があまりに大きく感じられてしまい、シェルロンは一歩、後ろへ下がるが、また一歩、ルルティリアが詰める。
繰り返せば、繰り返すほどシェルロンの顔色は悪くなる。更に、シェルロンが場を支配するためにと、展開していた空間の端まで来ていたらしく、とん、と何かがシェルロンの背中に触れた。
「もう逃げられないわねぇ」
これは、狩りだ。
シェルロンは思ったが、ルルティリアはゆるりと首を振って、口を開く。
「いいえ、単なるじゃれ合い……そうねぇ、周囲が見れば、愛玩動物が玩具で遊んでいる、そんな感じかしら」
何ということだろうか、と愕然としたシェルロンだったが、ここで気付いた。シェルロンとルルティリアの間に、何かが『ある』。
「(何よ、これ)」
そっと手を伸ばして触れた途端、指先が、削れて、消えた。
「~~~!?」
「知らないものに触れるからそうなるのよ?」
何が起こっているんだ、と令嬢たちがどよめいているがルルティリアは何がどうなっているのか、話したりなんかしない。
自分たちの目で、見て、学ぶべきだ。
ルルティリアが、ルルティリアたるところを、有り様を。
「な、あ、っ……あ、あぁぁぁぁ!」
いつの間にか声が出るようになっていたことに、シェルロンは疑問を抱かない。
彼女の口から溢れ出るのはただの悲鳴。絶叫、そして……泣き声。
「あ、……あぁ……ぁ……あぁぁぁぁぁぁ!!」
ぼたぼたと涙を零し、溢れさせ、鼻水も垂れ流して、無くなってしまった己の指先を見たくないと言わんばかりに片方の手で覆うが、痛みがじくじくと襲ってくる。
「いや、……っ、いやぁぁぁ!!」
やめてくれ、助けて。
逃げようと駆け出そうとしたものの、体が動かない。
まるで、じりじりと何かに押しつぶされているかのような圧迫感が、シェルロンを襲った。いいや、襲っている。現在進行形で。
「貴女一人居なくても、日常に差支えはないの。そういうものよ」
もがいているような、潰された虫のような、おかしな動きでシェルロンは必死にもがいているものの、逃れることはできていない。
令嬢たちから、ひぃ、とか細い悲鳴が聞こえ、悲惨な目に合うであろうシェルロンから目を逸らしている者も多くいる。
「はい、さようなら」
みちみち、と嫌な音が聞こえてくる。
可哀想に……だとか、ルルティリアは思わない。こうやって消滅させたら一体どうなるのかしら、という知的好奇心が、ルルティリアの思考を満たしている。
……可哀想だが、それだけ。
声も出せないほどに圧縮されていくシェルロンは、人としての姿が保てなくなっているのか、本来の奇妙な、おぞましい姿へと変貌している。
人と爬虫類が混ざったような、おかしなカタチになった『彼女』だったものは、もがき、そして、努力虚しくそのままどんどんと潰されていっている。
ぱちん。
人ではない『彼ら』は、人と同じような死に方……もとい、消滅はしない。
弾けて、そして消える。後に残っているのは何だかキラキラとした粒子で、それが空にふんわりと溶けて、消えてくのだ。
「……ぁ」
何て呆気ない終わりだろう。
だが、一番嫌な『終わり』を、ルルティリアは理解している。
せめて尊厳を保ったままで消してくれれば、そう願ったところで彼女は決して許すことはしない。
「さぁて、皆様方」
消滅をしっかりと確認したルルティリアは、にこりと微笑んで丁寧にカーテシーを披露してみせる。
「改めましてルルティリア、戻りました」
何か言うことがあるだろう? と睨みをきかせれば、その場にいた令嬢たちは慌ててその場に跪いて深く頭を垂れたのだった。




