13.狭間に生きるものと、『ホンモノ』
ルルティリアは、自分たちが本来住んでいる世界ではなく、『狭間』と呼ばれるところでゆったりと考え事をしていた。
ルルティリアをはじめ、彼らの中での『王』たる存在、それに連なる存在たちは限定的な世界の中で過ごしている。
そして、種族は同じであり、『彼ら』とも呼ばれる存在ではあるものの、統べる存在よりも力は劣っている者たち。彼らの住むところが限定的な世界の中の、階層が違うとも言えるのだろうか。
そこが、『狭間の世界』であった。
「……さぁて、と」
一体何からどうしてやろうか、とルルティリアは彼らの中でも特別な存在、ヒトで言うところの貴族、として称されている者たちの令嬢が、我が我が、とギルライハに集っている。
彼らを普通に叩き潰したところで、大したダメージにはならないだろうが、メンタル的なところでぐちゃぐちゃに叩き潰して、家ごと何もかもを潰したあとで軽く見せしめとして晒しあげてやるのもいい。だが、それだと単なる復讐として終わってしまうではないか。
「うーん……」
何か、良い手段はないものか。
とても面白くて、ルルティリアの暇を無くしてくれるような、そんな手段。尚且つ、逆らおうだなんて思えないくらいに、全てを叩き潰して転がすことのできる玩具。
そういうものを望んでいるのだが、彼女たちがそうなってくれればいいなぁ、と思いながらルルティリアは収納魔法を展開して、潰す予定の家名、令嬢の名前が記載されたものに、目を通していく。
「……あら、ここって……」
ルルティリアは、愉しそうに口元をつり上げた。
「へぇ……? そういえば、お父様が最近生意気だ、とか何とか言っていたわよねぇ」
手始めにここから、だろうかとルルティリアは目星をつけた。つつ、と家名をなぞり、お気に入りの一人がけのソファーから立ち上がって狭間の世界へのゲートを開いた。
「……行きましょうか」
穏やかな微笑みを浮かべたまま、ルルティリアはゲートをくぐる。一瞬だけ目眩のようなものがした後、すぐに目の前がぱっと明るくなる。
そうして、ルルティリアが出向いた先は、令嬢たちが華やかに着飾り、茶会を開いている会場のど真ん中、だったのだ。
「──え?」
会場の中央で、いきなり転移陣が展開されたことにより眩さで令嬢たちは小さく悲鳴をあげ、手で顔を覆った。
一体何事だ、と。光がおさまった後に確認してみれば、今ここにいるはずのない人が、悠然と立っていた。
「ルルティリア、様?」
一人の令嬢が、呟く。
「……あら、わたくしのことをきちんと知っていてくれているのねぇ……?」
その令嬢がどこにいるかなんて、ルルティリアの位置からは分からなかったはずなのに、寸分違わずに彼女はゆるぅりと振り返り、にこりと微笑んだ。
笑顔の奥には、そこはかとない軽蔑の色が含まれている。一体どうして、と問いかけたかったが、ルルティリアはすぐさま視線を逸らしてから目的の人物を見つけて、歩いていく。
こつん、こつん、とヒールの音が響かせながら、優雅に、まるで一枚の絵姿であるかのように、一歩一歩、距離を縮めていった。
「……え?」
目的の人物のところまで歩いて行って、ルルティリアはにこりとその人に微笑みかけた。目の奥は一切笑うことなく、ひたりと見据え、視線を逸らすことなど許さないと言わんばかりに、じぃっと見つめている。
「あ、の?」
「貴女ね、見付けたわ」
一体何を言っているのだ、とその令嬢は少しだけ訝しげに問いかけようと、テーブルに持っていたグラスを置いた瞬間だった。
「──あぐっ!」
その令嬢に、とんでもない重さが襲いかかった。
どうして、何で、と聞きたかったけれどルルティリアは何も語らず、容赦もしない。
「覚えがない、だなんて……言わないわよねぇ?」
みしみし、ととてつもない力が襲いかかるが、ニンゲンよりは強くできているからまだ耐えられるけれど、元々居た世界に帰ってきていることで、ルルティリアの力そのものが増幅されている。
いくら、彼らの力が強かろうが、時間が経過していけば哀れな程に醜く、ぺしゃりと潰されてしまうだろうことは容易に想像できてしまった。
「……や、め」
「いいえ、やめませんよぉ?」
ルルティリアはとても楽しそうに微笑んで、会場の中、くるりと全体を見渡しながら回転し、ふんわりと綺麗にカーテシーを披露してみせた。
「遅ればせながら、ルルティリア。戻りましたわ」
顔を上げて、ルルティリアはふんわりと微笑んでいるけれど全体を見渡した後に、やはり一人の令嬢に対してじぃっと視線が注がれている。
「……ぁ、……ぅ、」
みしみし、と潰されそうな中で、その令嬢──シェルロンはどうにかルルティリアに視線をやった。
視線が合うと、ルルティリアはとても愉しそうに微笑んでからしゃがみ、手を伸ばしてからシェルロンの髪に触れ、一度だけゆるりと優しく撫でたかと思えば、がし、と鷲掴んだ。
まずい、と思うがルルティリアは遠慮なく髪を掴んだ手をぐっと上に持ち上げれば、当たり前だがシェルロンの髪を引き上げることになってしまう。
つまりは、上から押し潰されているままながらも、首だけは持ち上げられているから、みしみしと頭皮が引っ張られている嫌な音が聞こえる。
「や、め」
「すぐに見つけられましたわ、害虫さん?」
「は……?」
害虫、だなんてどうして言える、と反論したかったもののルルティリアはそれを許さなかった。
「わたくしの大切な宝物に集る虫、害虫。狭間の存在ごときが……どうしてホンモノを手に入れられると勘違いなさっているの?」
「~~っ!」
カッとなったシェルロンは意識を集中させ、どうにか今の状況から抜け出そうと体内魔力を必死に運用させていく。
しかしそれをいち早く察したルルティリアは、しなやかに右の人差し指を動かして、くるりと回す。すると、魔力運用をしようとしていたシェルロンの体内では、魔力がビクともせずに停滞してしまったのだ。
「なん、で!」
「簡単なこと」
そして、ルルティリアは反対方向にくるり、と指を動かした。
「あぐっ……!」
ごぷ、と喉元に湧き上がってくる強烈な吐き気に、口を覆ってしまいたいがそれも出来ず、どうにか堪えているシェルロン。見せしめもたまには必要だ、と楽しそうににこにこと嗤っているだけのルルティリア。
力の差は当たり前ながら歴然であり、どうしてこの人の大切な人を奪ってしまおうか、などと考えたのか……と、シェルロンはほんの少しだけ後悔をしてしまった。だが、ここは強いものこそ正義であり、全てであるのだ。
であれば、強さを証明することで地位がひっくり返ることは普通にありえるし、今、ルルティリアたちが頂点に君臨して好きにしているものの、それらを全てひっくり返してしまうことだって出来る。
「(絶対に……、屈したりなんか、しない……!)」
強い意志さえあれば、とシェルロンも耐える。だが、それは無理だと、馬鹿なことをするな、と嘲笑うかのようにルルティリアは遠慮なく持てる力を振るうのだ。
人間界でそれをやってしまえば、国丸々ひとつ無くなってしまうほどの余波を放つエネルギーの塊を、限りなく塊が小さくなるところまで圧縮し、とてつもないものを作り上げていく。
「屈しないと決めているのは素晴らしいけれど……」
ルルティリアが、心の声を聞ける、というのはヒトだけではない。こちらの住人全てにおいても聞こえている。聞かないようにしているだけであって、ほんの少しだけ集中すれば良いお話なのだから。
「屈するしか、ないでしょう?」
圧をかけている方とは反対の手で、ルルティリアはぽい、と玩具をそこに投げるような仕草で、塊を投げ落とした。
「─────」
ひっ、と小さく息を呑むような音が聞こえたような気がしていたが、どうやら気のせいだったのだろうか。
念の為にそれがシェルロンに着弾する直前、ここにいる令嬢たちには防御魔法を凄まじい速さ、そして堅牢さで展開をし、爆風から守りきった。
「……ぁ…ぁ……」
後に残ったのは、そこに這い蹲るようにしている満身創痍になってしまったらしい、シェルロン。
悠然と立っているルルティリア。
彼女のはなったエネルギー弾は、外傷を与えるのではなく心そのものを破壊するための代物。そんな術が使えるのか、と以前愛しい相手に問われたルルティリアは、しれっとこう答えた。
『やってみようかな、って思って、チャレンジしたらできちゃった』、と。
これを人に対して使うと、言葉通りの廃人が出来上がってしまうし、周りの人に対して迷惑をかけてしまうので使わなかった、というそれだけの話だ。
「まぁ、呆気ないこと。もう少し手応えがある方だと思っておりましたのに」
んもう、とある意味可愛らしく頬を膨らませるルルティリアを見て、守られた側は戦慄する。
あぁどうしよう、平和だったココに、最も禍々しい存在が、帰ってきてしまった、と。




