12.大掃除の準備
ルルティリアの帰還により、彼らを統べる王から告知が成された。
ニンゲンにより、婚約そのものは破談となった。しかし、ルルティリアにはこの国で成さねばならぬ役割が存在している。だから、ルルティリアは己が進むべき道を進み、ギルライハと婚約を改めて結び直した上で、将来の施政者としての役割を担うことになる。
その代わりに、ニンゲンに加護を与える役割は、双子の半分であるリリムノワールが行うものとする、と。
「リリ、あなた……ニンゲンがとってもお嫌いではなくて?」
「嫌い」
「端的かつ、お顔でも言葉の雰囲気でも嫌だと示してくれてありがとう」
いやぁね、この子ったら。
ルルティリアはまるで母親のように仕方ないわ、と笑うがリリムノワールは本当に、心底、人間を嫌っているのだ。
そんなにも嫌いか、と聞かれれば、恐らく質問の途中でも意図を察した瞬間に、質問した主を殺すくらいには嫌っている。
しかし、ルルティリアが企てた計画通りにアルハザードを完膚なきまでに叩きのめし、かつ、あの国のヒトがどれだけ浅はかな考えを持っているのかということを自身で示した上で、加護を与える役割を己からリリムノワールに交代し、かつ、ルルティリアが次代の王としてココに君臨するということが決定した。
ずっとヒトを信じてきたのに……と嘆く彼らに対して、ルルティリアは『永く、当たり前だったことを彼らは理解できていなかっただけのこと。きっと、加護を授ける他の彼らは……理解するでしょうから問題ないわ』と告げる。
ルルティリアにとって、ヒトはいくらでも替えがきく存在であるからこそ、別に今加護を与えていたところから対象を移動したとて問題ないのだから。
「さぁ、リリムノワール。わたくしの愛しき半分」
「……」
「そろそろ時間でしょう? いってらっしゃいな」
「はぁい……」
むす、と頬を膨らませているリリムノワールは、見ただけではヒトのようにしか見えない。
ルルティリアやギルライハも見た目こそはヒトであるものの、そもそもの本質は全く異なる異質なる存在。
「ルル、これあげる」
「なぁに?」
ヒトの世界への転移ゲートを組み上げながら、リリムノワールは亜空間の収納魔法を展開し、その中から何枚もの羊皮紙を取り出してきた。
受け取ったルルティリアは、はて、と首を傾げて中身を読んでいく。
「あら、まぁ」
「大掃除頑張ってね」
するりとルルティリアに近付いたリリムノワールは、親愛の証としてルルティリアの頬へとそっと口づけた。
「……おい」
「ギルライハ様は、これからルルといっぱいできるし」
ひく、と頬を引きつらせたギルライハが、ずいと手を伸ばしてリリムノワールを捕えようとした矢先、彼女は出来上がった転移ゲートを使い、するりと逃げていった。
まるで鬼ごっこだ、と少しだけギルライハが不機嫌になっている様子を見て、ルルティリアがクス、と微笑む。
「……何だ?」
「いえ、ギル様の貴重な一面を見たな、と思いまして」
そういえばそうだったか、とギルライハは少し考えてからルルティリアに手を伸ばす。
一体どれほど、この存在を欲しただろうか、と考えてもキリがないことではあるが、どうしても気になってしまうのだ。
手を伸ばせば、ギルライハの望むようにルルティリアはするりと彼の腕の中におさまってくれて、とても楽しそうににこにこと微笑んでいる。
「ルルティリア」
「はい」
「さっき、何を見ていた」
「さっき……?」
はて、と首を傾げるルルティリアは、決してこのようなリラックスした表情や仕草を、他の前では見せない。
あくまで、内側に引き入れた人にはとても優しく。献身的に。
しかし、敵に対しては何があろうと容赦などしないし、遠慮なく叩き潰す。
もしも。
もしも、アルハザードがもっと誠意をもって接していれば。
たらればの話をしてみても、仕方のないことだとは分かっている。だがしかし、きっとヒトである彼らはいつまでもこうして考えてしまうのだろう。
あの失言がなければ。酷い対応をしなければ。
考え出せばキリがないが、何をどうやっても今更、なのである。
そして、ギルライハの質問の意図を察したルルティリアは、ぽん、と手を打ってからにこり、と可愛らしく微笑んで口を開いた。
「ギル様に群がる、害虫退治リストです」
「?」
なお、ギルライハはあまりにもルルティリアにしか興味がない。
だからこそ、彼女に対してちょっかいをかける輩には容赦しないものの、自分に関しては何故だか無頓着なままなのである。
「俺に?」
「はい」
「何故だ」
「ギル様、お強いので」
ルルティリアがにっこり微笑んで告げる内容に、ギルライハはまたしても首を傾げてしまう。心の底から理解できていないらしい彼に、思わずルルティリアは苦笑いを浮かべてしまった。
「ご自覚、ありませんの?」
「俺が強くなったのは、お前を手に入れるためだ。強くなければ、お前のことを手に入れられない」
「……まぁ」
本来、何事もなければアルハザードの花嫁となっていたルルティリアを、当代の国王夫妻を力で黙らせて意見を変えさせ、そして今の状態にもってきたギルライハだが何もかもはルルティリアを手に入れるために考えていたこと。
欲望のままに突き進んだ結果として、ルルティリアのことを手に入れることもできたのだが、自分自身のことはうっかり抜けていたせいで、言い寄られていることに本人のみ全く気付いていないという現象が起きてしまっていて、ルルティリアが人間界であれこれしていたり加護の力の調整を行っている間、ギルライハに何かがあってはいけないとある意味監視をしていたリリムノワールをぎょっとさせた。
「ギル様に群がっている害虫、駆除して問題ございませんこと?」
「ルルの好きにすればいい」
「あら」
そんなにもあっさりと、とルルティリアが少しだけポカンとしていると、じわじわと『害虫』の意味を察したギルライハは、『ああ』と小さく呟いた。
「そういえば、やたらと誘われていた……」
「んもう、それです」
今ようやく思い出した、と言わんばかりのギルライハを見て、ルルティリアはこっそりと優越感を覚えている。
誰よりも強い人が、自分のことを何より必要としてくれている。愛してくれている。ヒトと同じで同じではない彼らの行動について、彼ら以外には決して理解できないのだ。
ルルティリアは、確かにギルライハのことを愛している。
だがそれは、あくまでギルライハがとても強いからであって、もしもこの先ギルライハよりも強い存在が現れればどうなるかは分からない。だから、ギルライハはきっと、ずっと努力し続けるのだろう。他でもない、ルルティリア一人のために。
「まぁ、ギル様にちょっかい出すお馬鹿さんには身の程を知っていただかないといけませんので、ギル様の許可なくとも……」
ふふ、とルルティリアは微笑むが、穏やかなものではなく凶悪なもの。
「全て、きっちりと駆除いたしましょう」
ぱん、と手を合わせて『とても良いことを思いついた』と言わんばかりに朗らかに告げるルルティリア。
何でも好きにしてしまえば良い、と頷いているギルライハの様子を見て、満足そうに微笑んだルルティリアは、どうしてくれようかと思考を巡らせていく。
愛しい人に、手を付けようとした。
害虫ごときが、自分のものともいえる、この美しい男に対して、何をしようというのか。
ただ、後悔するだけでは済ましたりしない。
産まれてきたことそのものを後悔させて、けれど殺してしまえば彼女らに与える苦痛が一発で完了してしまうから、あまり虐めすぎてもいけない。
――であれば、じわじわと、真綿で首を絞めるかのように、ゆっくりと。
ルルティリアは、手にしていた羊皮紙をくるくると丸め、自身が作成している収納魔法を展開し、その中にぽい、と放り込んだ。
潰す手段なんていくらでも考えられる。しかしまずは、宣戦布告をしなければいけない。
「何事にも……準備は必要ですもの」
とても小さな声で呟き、ふと視線を窓の外に向ければ一羽の小鳥がふっと力尽きて落ちていく様子が見えた。
ああ、とても可哀想。
きっと飛ぶことは楽しかっただろうに、何が原因かは分からないけれどあんなにも呆気なく落ちるだなんて――。
「――あ」
そうだ、そうしてやればいい。
ルルティリアは悪戯を思いつき、『聞いてほしい!』と思って顔を向ければ、いつの間にか座って欠伸をしながらも読書をしているギルライハが視界に入った。
おっといけない、ゆったりしたそうな彼の邪魔をするわけにはいかないな、と思ってから自身でまずは行動しておかなければ、と思ってすっと席を外す。
気まぐれだけれど、ギルライハは間違いなくルルティリアを愛しているし、人間界での加護を提供するという役割が一旦終了したルルティリアのことを自由にさせたいと思いつつも、彼女は彼女の部屋に戻ってくるという確信もあるからこそ、席を外しても何も言われない。
ヒトではなく神に近い存在だからこそ、とでも言うべきなのだろうか。
彼女らの行動は時に、とても気まぐれで、しかしヒトに対しても優しい。
だから、恐れるのだ。
次は何をするのだろうか、してくれるのだろうか。……されるのだろうか、と。




