10.さようなら
自分たちを恨んでもらっても困るのだ。
必要ない、と加護を拒んだのはアルハザードたちであって、別にルルティリアたちが自分から加護をなくしてやろう、と言ったわけではない。
何事もなければ恐らくは、嫌々だとしても力を貸し続けていた、
しかし。
「きっと、あのお馬鹿さんはこちらに対して、何かしら害を成してまいります」
ルルティリアのこの一言がきっかけで、ルルティリアの両親はほんの少しだけ気を付けるようになった。
彼女が産まれた時に結ばれた、ルルティリアとアルハザードの婚約。
もし、何事もなければ、このまま進行していくはずだったのだ。
幼い頃に、ルルティリアとアルハザードは顔を合わせている。互いに何かをしないようにという見張り役を設けた上での顔合わせ。
アルハザードは、両親から『この国の平和のためだ』と聞いていた。
ルルティリアは『ご先祖様が結んだ盟約を、次はそなたが果たす番だ』と言われた。
お互いにそんなものごめんだ、と考えていたところに、ルルティリアに関してはギルライハが婚約者として名乗りを上げた。
そしてルルティリアの両親――現在国を治めている立場にあるものたちが、ギルライハに対しては『ルルティリアを手に入れたければ、力を示せ』と分かりやすく指示をだした。どうせ無理だろうと考えていたからこその指示だったが、彼は成し遂げてしまったから、ルルティリアとの婚約話は前向きになっていったところに、親人間派の彼らから『ルルティリア様は裏切るというのか!』と詰められてしまい、面倒だなぁ……と思っていたので、表向きにはアルハザードと婚約をしておいた。
ルルティリアにとっては、ただ、それだけの話。
「……さて。このままここを滅ぼすだなんてもったいないし……そうだ、このお馬鹿さんには己の発言の責任を取ってもらえばいいんだわ」
ルルティリアはある程度過去を思い返し、そんなこともあったなぁ、と考えつつも、子供の様に楽しそうに、とても目をキラキラと輝かせながら微笑んだ。
「(責任を……?)」
アルマがそう思って顔を上げれば、凶悪なほどに美しい微笑みを浮かべているルルティリアと視線があい、思わず口から『ひ、』と悲鳴が零れた。
「そう、責任」
アルマの言葉を当たり前のように拾って、ルルティリアは視線を気絶したままのアルハザードに移して言葉を続ける。
「だって、そうでしょう? こいつのおかげで加護を全て失っているのだから。ああそうだ、この国の端から、じわじわ地震に襲われている、って知っていた? 揺れているけれど、ここはまだそんなに揺れていないというか……ああそうか、地盤が固いのかしらね」
とても愉しそうに、愉快そうに、ルルティリアはぱちん、と指を鳴らした。
きらきらとアルハザードの周りに黄金色の粒子が飛んで、彼の体に吸い込まれていく。何かをしたことは理解できるものの、何があったのか、どんなことをしたのかなんて怖くて聞けなかった。
「それでは、さようなら。貴女のお望みはきちんと叶えて差し上げますのでご安心なさってね」
微笑んだルルティリアは綺麗に一礼し、ギルライハが手を伸ばしてくれているところにするりと潜り込んで、嬉しそうに抱き着いた。
愛しい人に抱き締められたことでとても安心したのか、心から嬉しそうに微笑んでいるルルティリアと、彼女のことを愛しそうに微笑んでいるギルライハの様子は、まるで絵本の中にある王子様とお姫様そのもの。
ああ、絵になる二人とはこういう二人を言うんだ、とぼんやりと考えたアルマは、これできっと……国民の僅かは無事だ、と安堵する。
あの人たちを心から信頼しているわけではないけれど、約束したことは違えない。このことだけは何故だか信頼できてしまった。
「……良かった。ほんの少しの人たちかもしれないけれど、……助かる人はいる。希望は……まだ、ある」
彼らの反応が消えてしまったことも理解でき、よろよろと立ち上がったアルマは倒れっぱなしのアルハザードに対して、治癒魔法をかける。
前ほどの目に見える効果はないものの、少しづつでもアルハザードの怪我が治っていく。良かった、これで少しはどうにかできる。
ルルティリアは、国の端から地震などに見舞われているようなことを話していた。であれば、民の避難先を確保しなければいけないし、食料や医薬品の確保も……と考えていたところで、気が付いたらしいアルハザードから大きな声で悲鳴があがった。
「うわああああああああああああああああ!!」
「っ!?」
ぎく、と体を強張らせたアルマは、慌ててアルハザードの方を振り返る。
それと同時に、何やらがたがたと震えているアルハザードと視線が合い、アルマは思わず体を硬直させてしまった。
「……なに……?」
震える声で呟くアルマには気付かないらしく、アルハザードは何やら手を大きく振り回している。
「やめろ、来るな! やめろおおおおお!! 俺は悪くなんかない!! 嫌だ!!」
「何事ですか!」
あまりの声の大きさに、人払いをしていたものの、家臣たちがアルマとアルハザードのいる部屋へとわっと押しかけてきてしまった。
「殿下……?」
「これは……一体」
少しだけ防戦としていた彼らだったが、アルマのところに駆け寄ってきた。
「アルマ様、これは一体何事ですか!」
「……っ、ルルティリア様が……」
「やはり、あの悪魔が何かしたんだ!」
違う。
ルルティリアは確かに悪魔のような存在になり果ててしまったのかもしれないが、最後の最後で救いの手を差し伸べてくれた。
「……いいえ」
このことは、きちんと説明しなくてはいけないんだ。
アルマはそう決意して、彼らの言葉を否定するようにゆるりと首を横に振った。ぎょっとしている彼らに対して、アルマは真剣な表情で言葉を続けた。
「ルルティリア様は、最後の最後で、手を差し伸べてくれました。私たちの中で、あの方々を心から信頼している民のみ……ではありますが、次の加護を授ける国へと、送ってくれる……と」
そう聞いた彼らは、ぽかんとする。
どうして。
何で。
まがい物に騙されているだけの愚鈍な馬鹿どもを。
口を開いてしまえば、罵詈雑言が溢れそうだったから、必死に堪え、ぐっと言葉を飲み込んだ。そして、アルハザードを指さしてアルマに対しきつい口調で問いかけた。
「何が救いだ! 自分たちに都合の良いことばかりぬかしやがって!」
「……っ」
どの口が、とアルマは思わず呟きそうになってしまいそうになるが、必死に堪え続ける。
信仰心を手放してしまった自分たちには、何も言えない。
アルマの説明を聞いた者たちは、こう思った。ルルティリアたち側からすれば、『まぁ、信じてくれている良きヒトには最後の希望くらいあげても良いんじゃない?』ということなのだろう、と。
本当のことを知っているアルマは、彼らに真実をあえて告げなかった。
そうしてしまえば、もっともっと恐ろしい罰がやってくるだろうから。
ほんの少しでも良い、生き延びてくれる国民が居れば、もしかしたらこの国が遠い未来にいつか蘇るかもしれない。砂漠の砂の中からダイヤモンドを見つけるかの如くの難題だが、決してアルマは希望だけは捨てなかった。
だがしかし、現状はアルハザードっをどうにかしないと、何も進まないような気がしていた。アルマだけではなく、他の面々もそうだ。
皆揃って頷き合い、アルハザードに近寄り、そっと肩を叩く。
「殿下、どうされましたか?」
「あ、ああ……っ」
がたがたと震えているアルハザードの目は、どこか虚空をさまよっている。
一体どこを……と追いかけているのかを視線を追いかけてみたところで、全く分からなかった。
「お気を確かになさってくださいませ!」
「アルハザード殿下!」
「こないで、くれ」
か細く、呟かれた内容に、皆が目を見開いた。
「ごめんなさい」
ぽろり、とアルハザードの目から零れた。
まさか……と、アルマは気が付いた。
「(彼女が……あの時の光が、殿下に何かを見せている……!?)」
それ以外、考えられなかった。
しかし、一体何が見えているというのか。恐らく何かろくでもない何かが見えていることは間違いない。
時に床に突っ伏して、そうかと思えば手を大きく振りながら何かから逃げるようにしてみたり、逃げるような仕草を見せてみたりもしている。
「アルマ様……」
「……アルハザード様を、東の塔へ」
「あそこは……!」
「こうなっている以上、恐らくもう……」
無理だろう、と続くであろう言葉に、家臣たちはがくりと膝をついた。ああ、色んな意味でこの国はおしまいなのだ。
ずず、と響く地響きに、城の中で聞こえてくる悲鳴を聞きながら、城の窓から一瞬だけ見えた何かの光を、アルマは見逃さなかった。
「…………」
ああ、良かった……約束は果たされたのだ、とアルマは察し、両脇を支えられながらよろよろと歩いていくアルハザードを見送って、アルマはキッと顔を上げた。
「アルハザード様がああなってしまった以上、陛下や王妃殿下にはまだ退いていただくわけにはいきません。……さぁ、やることは山積みですよ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……ルルティリア、一体どんな仕掛けを?」
「ああ、簡単です」
元の世界に戻ってすぐ、ルルティリアはギルライハとお茶を楽しみながら言葉を紡ぐ。
「あのお馬鹿さんに、見せてあげたんです」
にこ、と微笑んでルルティリアはお気に入りのハーブティーを一口飲んで、続けた。
「加護を失ったことで、天災により亡くなったニンゲンの怨念を……ね」