桃井春香①
***<side 桃井>***
「うぅ……頭痛い……」
土曜日の朝。
折角の休日だというのに、私は額を抑え壁に寄りかかっていた。
昨日、南野君と魔法少女のアニメについて話していたことは覚えているのだが、帰りの記憶がさっぱりない。
南野君が無事に帰ったか確認したいところだが、生憎と私は南野君の連絡先を持っていないため、その確認すら出来ない。
「連絡先、交換しておけばよかったなぁ」
南野君。
同じ大学の同じ学部に通う、マジピュアの大ファンだ。
ひょんなことから私がマジピュアであることを知られてしまったわけだけど、実は私はかなり前から彼のことを知っていた。
まあ、戦ってる時に後ろから『がんばえええええ!!』と声をかけられたり、『そいつはフェイクだ!! 本命は後ろだ!』とか『今だ! いっけええええ!!』と、戦っている本人以上に熱くなっているんじゃないかと思わせる姿を見せられたら嫌でも顔を覚えてしまう。
大学での南野君はどちらかというとそこまで大はしゃぎするようなタイプではないから、その意外性もあって私が彼の名前を覚えるのにそう時間はかからなかった。
一度、いつも応援してくれるお礼をしたかったけれど、『私、マジピュアなんだ』と言えるはずもなく、お礼は胸の内に秘めていた。
そう考えると、秘密を知られたのが南野君でよかったのかもしれない。
最初こそ、なにか脅されたりするんじゃないかとビクビクしていたけど、彼が私にお願いしたことはそう大したことじゃなかった。
実際に会って会話した回数は少ないけれど、マジピュアを応援している南野君の姿を知っているからか、思ったよりもずっと私は彼に心を開いていたんだと思う。
「だからといって、二人きりの飲み会で二日酔いになるまで飲むのはやり過ぎだったよね……」
自嘲気味に呟きながら、キッチンに向かいコップに水を注いで飲み干す。
まだ頭はズキズキと痛む。
時計を見ると時刻は朝の九時だった。
もう仕方ない。今日は二度寝しよう。
これに懲りたら今度からはもっと注意してお酒飲まなきゃ……。
折角の休日を寝て過ごすこと二なりそうだとため息を漏らしつつ、ベッドへと向かう。
だが、その途中で私のスマホが『敵襲! 敵襲!』と独特の声で警告音を鳴らした。
「う、嘘……よりにもよってこのタイミングで?」
『春香! 敵襲だピュア! 敵は最寄りの海水浴場付近を移動中ピュア!』
おまけに酔っている時には絶対に入ってはいけないと言われる海に敵――ディストーンと呼ばれる怪物が現れたらしい。
とはいえ、行かないわけにもいかない。
これでも二十歳の成人だ。するべきことが何かくらいは分かっている。
「行かなきゃ」
覚悟を決めて、自称妖精のピュアリンが入り込んだスマホを構える。
「マジカルチェンジ! ピュアリンレボリューション!」
私が掛け声を上げると、スマホの画面から眩い光が飛びだし、私の身体を包み込む。
そして、瞬く間に私は何処にでもいる女子大生から、魔法少女マジピュアチェリーへと姿を変えた。
『最初は掛け声を叫ぶことも渋っていたのに、今ではこんなに堂々と変身するようになって……ピュアリンは感動してるピュア!!』
「出来るなら、掛け声は今でも言いたくないんだけどね」
幼い頃はアニメの中の魔法少女たちを嬉々として真似していたけれど、二十歳になって同じようなことをするのは結構恥ずかしい。
少なくとも人前で変身するのはちょっと私には出来そうにない。
『とりあえず、行くピュア!』
「うん」
『テレポート!』
ピュアリンが叫ぶと、私の身体は部屋の中から砂浜へと一瞬で移動した。
移動した先では、タコのような姿をしたディストーンと呼ばれる怪物がテトラポットの上で遊んでいる子供たちに襲い掛かろうとしていた。
「はあ!!」
地面を蹴り、ディストーンの大きな体にパンチを食らわせると、ディストーンの身体は水しぶきを上げて海の中へ落ちていった。
「大丈夫!?」
後ろのカップルたちに確認を取るが、怪我はないようだ。
「ここは危ないから、早く逃げて!」
「は、はい!」
「ありがとうございます!」
子供たちを逃がしてから、直ぐに海の中に消えてディストーンに意識を向ける。
タコの姿をしていたし、海に引きずり込まれれば勝ち目は薄くなる。
出来たら陸に追い込みたいけど……。
戦い方を模索していると、水面に浮かぶディストーンの黒い影が動く。
私から離れていく……?
なんで?
ディストーンが進んでいくその先にあったのは一隻のボート。
その上には親子が乗っていた。
「させない……!」
ディストーンの企みを阻止するべく、テトラポッドから飛び出し宙を舞う。
このまま落下すれば、私は海の中に落ちてしまう。
そうなれば、最悪、死んでしまうかもしれない。
ううん。そんなこと考えちゃダメ。ここで勝負を決めるの。
「ピュアリン!」
『はいピュア!』
ピュアリンの名前を呼ぶと、腰に下げてあったスマホが輝き中から弓が飛び出す。
その弓を受け取り、空中でバランスを取りながら海中を駆けるディストーンの身体に狙いを定める。
この一撃で確実に決める!
「マジカルアロー!!」
狙いを定め弓を放つ。
だが、その直後大きな影が二つに割れた。
そして、私が放った魔法の矢は片方の影を射抜き、もう片方の影から触手が伸びる触手に私は捕らえられた。
しまった……!
さっきの影、今なら分かるけどあれは墨だ。
タコが捕食者を騙すために墨を使うというのは有名な話だし、タコの姿のディストーンが同じことが出来ても何ら不思議じゃない。
とにかく、今はこの拘束を解かなきゃ……!
拘束を解くべく、もがこうとしたその瞬間、身体を力強く引っ張られた。
「きゃあ!」
『ピュアチェリー!?』
そして、私の身体は海の底へと引きずり込まれていった。
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