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推しとファン

 桃井さんのおすすめのお店は自営業の個室居酒屋だった。

 大通りから少し外れたところにあり、小さな店だったが隠れ家的な雰囲気を出しているいい店だ。


 その店でお酒と料理を堪能しつつ、桃井さんと映画や『魔法少女フィジカル☆ぶつり』のアニメについて語り合っていたのだが、一時間半が過ぎたあたりから不穏な空気が流れだした。


「やっぱり、ぶつりちゃんみたいに全てを力でねじ伏せる戦い方って憧れるよね~。あ、店員さんレモンサワーお代わりで!」

「あの、桃井さん。そんなに飲んで平気なんですか?」


 俺が見ている限り、桃井さんは既に相当量のお酒を飲んでいる。

 顔を赤くなってきているし、目もトロンと蕩け始めている。


 ほぼ間違いなく桃井さんは酔っている。


「ん~? 平気平気。私、これでもアルコール強い方だから」

「それならいいですけど、ほどほどにした方がいいですよ」

「大丈夫大丈夫。それより、南野君って魔法少女ロジカル☆ろんりって見てた?」

「五年前にやってたアニメですよね。勿論、毎週録画した上でリアルタイムで見てましたよ! 決め台詞の『あなたの論理は破綻している』は学校で真似したもんですよ!」


 魔法少女ロジカル☆ろんりは主人公のろんりがヘリクツーという怪人たちを次々と論破していくというアニメだ。

 正論を容赦なくぶつけるろんりの姿が気に入らないという声も数多くあった。

 事実、作中でろんりは孤独だった。


 それでも、不当に悲しむ人が生まれないようにと一人で綺麗ごとを実践し続けようとするろんりの姿には涙が溢れ出たものである。


 懐かしいなぁ。

 真似しすぎて、友達に『正直、うざい』と言われたことも今ではいい思い出だ。


「歴代の魔法少女シリーズだと人気は低いんだけど、私は好きなんだぁ。周りの目を気にせずに一人でも堂々としているろんりの姿が眩しくてさ……」


 そう語る桃井さんの表情は笑っているのに、どこか寂し気に見えた。


「ごめんごめん、ちょっと湿っぽくなっちゃったね! そういえば、南野君はマジピュアが好きって言ってたけどどんなところが好きなの?」


 ただ、それはほんの一瞬のことで直ぐにまた桃井さんは明るく笑ってそう問いかけて来た。


 よくぞ聞いてくれた!

 過去に佐渡島(さどがしま)先輩とお酒を飲んだ時は魔法少女愛を爆発させすぎて『もうやめてくれえ!!』と先輩に叫ばれたが、同じ魔法少女好きな桃井さんならきっと熱い議論を交わせるに違いない!

 

「よく聞いてくれました! まず何と言っても勇敢さですよね。突然超常的な力を与えられて、戦えと言われながらも誰かのために戦う気高さ! そして、仲間や罪のない人々を守り抜く強さ! なにより、可愛いいいいい!! すっべすべの肌とか、同じ人とは思えない髪の色とか、全身からあふれ出る輝きとか全てが神々しくて最高ですよね! 戦闘中の真剣な表情もかっこいいし、戦闘後の安心した笑顔はそれだけでご飯三杯はいけま――「も、もう止めて!」


 ウッキウキで話していたのだが、顔を真っ赤にした桃井さんに止められてしまった。


 そんな……! まだ魅力を全然語れていない!

 これから、俺とマジピュアの物語第一章『邂逅(かいこう)』を話す予定だったのに!


「自分で聞いておいてなんだけど、そこまで嬉々として語られると思わなかったよ」

「まだ言えますよ」

「もういいってば」


 クスクスと口に手を当て笑う桃井さん。

 お酒を飲んでいるからか、その姿はどこか妖艶に見えた。


「本当、好きなんだね」

「愛してます!」


 自信満々に応える。好きなものは好きだからな!


 だけど、俺の返事を聞いた桃井さんは不意に口をキュッとしめて視線を下げた。


「それなら、なんで最近は――」

「お待たせしました! レモンサワーです」


 桃井さんが言いかけた言葉は、ドリンクを持ってきた店員さんによって遮られた。

 桃井さん自身、元々はその問いをするつもりがなかったのか、それ以降その続きを言おうとはしなかった。 



***



「ごちそうさまでしたー」

「ありがとうございました! またのご来店をお待ちしています!」


 会計を済ませ、店員さんにお礼を告げてから店の外に出ると、桃井さんが壁に寄りかかっていた。


 結局、あの後も桃井さんがお酒を飲むペースは収まらなかった。

 初対面ではないとはいえ、異性と二人きりで飲んで酔いつぶれるのはあまり褒められたものではないだろう。


 まあ、俺が異性と思われていない可能性もある。


「ほら、桃井さん帰りますよー。歩けますか?」

「うん……。大丈夫、大丈夫……」


 へにゃっとした笑顔を浮かべ歩き出す桃井さんだがその足取りはフラフラで、見ていられない。

 そう思っていると、桃井さんの身体が倒れかける。


 まずい!


 桃井さんが怪我する→応援しているマジピュアが負傷する→活動休止→マジピュアに会えなくなる。


 高速回転した脳が弾きだした未来に絶望したところで、地面を蹴り出し桃井さんと地面の間にクッションとなるべく飛び込む。


「ぐふぉ!!」


 い、いてぇ……。

 だが、俺が痛かったということは桃井さんのクッションになれたということでもある。

 推しのためにこの身体が役に立てたというなら本望だ。


「ご、ごめん! 南野君、大丈夫?」

「桃井さんの方こそ大丈夫ですか?」

「私は大丈夫だけど、南野君が……」

「安心してください。これでも筋トレしてるので平気です」


 すっと立ち上がり、服に着いた汚れを払う。


 それにしても、やっぱり今の桃井さんを一人で歩かせるのは不安しかない。

 桃井さんに触れてしまうが、ここはおんぶを提案するか。


「桃井さん、嫌だったらいいんですけど、よければ俺におんぶさせてもらえませんか?」

「え……? で、でも南野君の負担になっちゃうし……」

「俺は平気です! 寧ろご褒美です!!」

「え、南野君ってやっぱりそういうのが好きなの?」


 ん? やっぱり?


「やっぱりってどういうことですか?」

「佐渡島先輩が言ってたよ。南野君は生まれながらに二つの性質を併せ持っているSM界の麒麟児だって」


 なに変なこと言ってんだあの人!


「それは嘘ですね」

「そうなの?」

「はい」

「そっか」


 なんやかんやあって、結局桃井さんは俺の背中に寄りかかってくれた。

 桃井さんを背中に乗せ、ゆっくりと歩き始める。


 桃井さんの家の場所は覚えているし、俺自身少し酔っているから出来るだけ大通りの安全な道を通って帰ろう。


 歩き始めて最初の方こそ、桃井さんは俺に話しかけていたが、暫くすると静かな寝息が聞こえて来た。

 

 俺が思うに桃井さんは疲れていたんじゃないだろうか。

 客観的に見ても間違いなく美人に分類される桃井さんは色んな人に話しかけられている。

 サークルでの池谷先輩がいい例だ。


 俺は友達自体は数人程度だし、全員と頻繁に会って遊ぶわけじゃないがその分、自分の好きなことをのびのびやれている。

 それは自分一人の時間が多いからでもある。


 人と関わることが多く、色んな人のことを気にかけなくてはならないからこそ、桃井さんは意外と我を出しにくいのかもしれない。

 おまけに、桃井さんは魔法少女として戦っているという誰にも言えない秘密を抱えている。


「凄いよなぁ」


 自然と口から言葉が漏れる。


 家屋でさえ簡単に壊してしまうような化け物を相手に桃井さんは戦っているのだ。

 

 アニメや漫画を見ているときは、それが普通なことのように思えるがこれは現実。

 日常生活を送ることすら大変なのに、そこに加えて誰かのために戦い続ける彼女たちの姿は俺からするととても輝いて見える。


 まあ、だからこそ好きなんだけどな。


 そんなことを考えている内に桃井さんの家に着いた。

 扉の前まで来たところで、桃井さんの身体を揺する。


「桃井さん、着きました」

「ん、んぅ……。家……?」

「はい」


 どこか寝ぼけた顔の桃井さんを扉の前に下ろし、彼女が部屋の中に入るところを見届ける。

 流石に部屋の中まで様子を見に行くのはやりすぎだろうから、ここでお別れだ。


「今日はありがとうございました! 滅茶苦茶楽しかったです!」

「うん。ありがとう……」

「それでは!」


 扉を閉め、その場を立ち去ろうと桃井さんに背を向けた次の瞬間、トンと背中に体重がかけられた。


 ふ、ふおおお!!

 な、なんで!?

 

「……ねえ、なんで最近はいなかったの?」


 その声はいつも明るい桃井さんとは思えないほど悲壮に満ちていた。

 そして、その言葉は居酒屋で桃井さんが言いかけた言葉の続きなんだと、なんとなく思った。


 最近? いなかった?

 サークルのことか? いや、サークルには定期的に行ってる。大学の講義も行ってる……。


 だが、桃井さんはいなかったと言っている。

 俺が普段はいるのにいない場所、そして桃井さんが関わっている場所であと考えられるのは一つしかない。


「いつも聞こえてくる声援が聞こえてこないのって、思ったより凄く怖かったよ」


 やっぱりそうだ。

 桃井さんが言っているのは、マジピュアの戦いの場にここ最近俺がいなかったことだろう。

 最近と言っても先週行けなかっただけだが、桃井さんは俺がいなかったことに気付いていたらしい。


 いやぁ……認知されてるって嬉しいね!!


「ごめんね、こんなこと言われても迷惑だって分かってるの。でも、怖いんだ。いつか負けちゃうんじゃないかって、何も守れないんじゃないかって、いつまでこんな戦い続けなきゃいけないんだろう……って。私は、南野君が思うような強い魔法少女じゃないよ……」


 脳内お花畑の俺とは対照的に苦しそうにゆっくりと桃井さんは言葉を紡ぐ。

 それは現実であるが故の桃井さんの本音であり苦悩だった。


「だけどね、皆の声が聞こえると不思議と頑張らなきゃって思えるんだ。辛くても、苦しくても自分のやるべきことが見えてくる気がするの。だから……!!」


 その続きが告げられることはなく、背中からは小さな寝息が聞こえて来た。


 割とちゃんと喋ってた気がするけど、寝ぼけてたのか?

 なんにせよ、こんなタイミングで寝落ちしなくてもいいだろうに。


「桃井さん? 起きてますか?」


 問いかけるが目覚める気配は一向にない。


 仕方ない。桃井さんには申し訳ないが、部屋の中に上がらせてもらおう。


 桃井さんの身体を抱え、部屋の中に入る。寝室に勝手に入ることに申し訳なさを感じつつ、ベッドの上に寝かせる。


 暫くの間、静かに眠る桃井さんを見つめていた。

 そうすることで何か分かることがあるかと思ったが、生憎と何も分からない。


 しかし、桃井さんにとって俺たちの声援がそこまで大切なものだとは思っていなかった。

 だけど、気付けて良かった。


 もし、今日桃井さんと話していなければまた俺は中学生の頃の様に大切な人を失っていたかもしれない。


 何処まで行っても、思いは言葉と行動でしか伝わらないのだ。


「桃井さん、いや、ピュアチェリーさんって言った方がいいか。俺はあなたが大好きです。これからも何があろうと応援し続ける。そこに嘘は無い」


 その言葉が届いたかどうかは分からないが、言いたいことは言った。

 後は、行動で示すだけだ。


 推しが苦しいときに支えてこそ、真のファンってやつだろうよ。


ここまで読んで下さり、ありがとうございます!

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