魔法少女フィジカル☆ぶつり!
『ふはははは!! ドーピングさえあれば忌々しい筋トレなんてもう必要ないのだ!!』
『うう……』
『そ、そんな……ぶつりちゃんのフィジカル☆パンチが効かないなんて……』
『魔法も効かないし、もう終わりだよ!』
笑いあり涙ありの映画もいよいよ大詰め。
努力を嫌い、ドーピングに手を染め魔法界と人間界を支配しようとした最悪の魔人チート・ドーピングと魔法少女フィジカル☆ぶつりの一騎打ちの場面になっていた。
しかし、どんな敵も地面に沈めて来たフィジカル☆ぶつりの必殺技フィジカル☆パンチすらチート・ドーピングは耐えて見せた。
更に、ぶつりはカウンターの右ストレートをくらい、リングの上にうつ伏せになってしまっている。
『立て! 立つんだぶつり!! まだ勝負は終わってない!!』
『わ、私は……負けない……!』
リングのロープを支えになんとか立ち上がるぶつり。
しかし、ロープから手を放した途端にその身体がよろめき、再びリングの上に倒れてしまう。
『無駄だ。脳震盪を起こしているお前に万の一つも勝ち目はない。そのまま諦めるがいい。そうすれば命までは取らずにいてやる』
『わ、私は……』
正に絶対絶命。
レフェリーのカウントが無情にもゆっくりと進んでいく。
フィジカル☆ぶつりを支えてきたセコンドの会長も諦めかけたその時だった。
『なに諦めてんのよ。あんた、それでも私のライバル?』
そこにぶつりのライバルにして親友の魔法少女マジカル☆みらいが現れた。
『み、みらいちゃん……』
『だらしないわね。今日だけは特別よ、私が手伝ってあげる』
『ははは!! いいだろう。今更小娘が一人増えたところで変わりはせん! 魔法が効かなくなるようにドーピングをした俺の前では全て無駄ということを教えてやる!!』
高笑いを浮かべるチート・ドーピングにみらいはフッと笑ってみせた。
『バカね。誰があんたに魔法を使うなんて言ったのよ。生憎と私の魔法は洗練された超一流の魔法なの。あんたみたいなド三流に使うなんて勿体ないわ』
そう言ってみらいが杖を振ると、淡い光がぶつりを包んでいく。
『こ、これ……』
『友情、努力、パワー。あんたの好きな言葉は嫌いだけど、今回だけは特別よ。この魔法はあんたの、いや、あんたを応援する全ての人の思いをあんたに届ける』
『そ、それだけなのか!? もっとパワーアップしたり、チート・ドーピングを弱体化したりとかいう魔法じゃ――ぶべら!?』
身を乗り出す会長をみらいは杖でぶん殴った。
『バカね。それじゃ、あいつと同じじゃない。ぶつり、綺麗ごとを言うならあんたがそれを証明しなきゃダメでしょ。あんたが培ってきたもの全てを、ここに置いてきなさい。私たちはあんたの戦いを傍で見てる、応援してる』
『み、みらいちゃん……』
そこでみらいが画面の向こうの俺たちに指を差した。
『なにぼさっとしてんのよ。あんたたちもぶつりに伝えたい思いがあるなら叫びなさい。その手のマジカルダンベルが今ならぶつりにその思いを届けてくれるわ』
ここで、俺は手元のマジカルダンベルを握りしめる。
入場者得点で貰った重さおよそ1キログラムのダンベルを使う時が遂に来たのだ。
「頑張ぇええええ!!!」
椅子に座ったまま、腹から声を出す。
すると、周りからも野太い声援が次々に上がってきた。
「「「がんばええええ!!」」」
『もっとよ!』
「「「がんばええええええ!!!」」」
『もっと!!』
「「「がんばええええええ!!!!」」」
「が、がんばれ!!」
俺の横にいる桃井さんもマスクを外して、身を乗り出して精一杯声援を送っていた。
そして、そんな俺たちの思いが届いたのか遂にフィジカル☆ぶつりが立ち上がる。
『ば、馬鹿な!? 立っただと……!?』
レフェリーによる確認があった後、ゴングが鳴り試合が再開する。
その瞬間、ぶつりは距離を詰め、チート・ドーピングにアッパーを繰り出す。
『ぐっ……! 無駄だぁ!! ドーピングされた俺の顎の強さはクワガタを優に超える!』
『うん、知ってる』
ぶつりは耐えられることを予測していた。
だからこそ、彼女はチート・ドーピングの懐で8の字を描くように上体を揺らす。
『な、なんだこの動きは……! くっ、よく分からんが。この俺のドーピング・パンチの前に再び沈むがいい!!』
ぶつりの予想外の動きに焦ったのか、チート・ドーピングが拳を振り下ろす。
その拳を躱し、ぶつりは勢いをつけたまま拳を繰り出した。
『ぐはっ!? くそっ、だがこの程度で俺が倒れると――!?』
その言葉の続きはぶつりが繰り出した二撃目の拳に遮られる。
その後も、チート・ドーピングが何かを喋り出すより先に左右からぶつりの拳がチート・ドーピングを襲う。
『一撃で倒れないなら二撃で、それでもダメならもう一撃、それでもダメなら……あなたが倒れるまで、この拳を止めない!!』
『な、なんだと……!?』
止まらないラッシュにチート・ドーピングの顔に汗が滲み、苦悶の表情へと変わっていく。
『これが私の今の全てだあああああ!!』
『ば、馬鹿な!? この俺が……! この俺の最強の肉体が、こんな小娘にいいいい!!』
とどめの一撃がチート・ドーピングの腹に突き刺さり、マウスピースがはじけ飛ぶ。
そして、チート・ドーピングはリングの上に沈んだ。
レフェリーのカウントを待たずとも、勝者が誰かは一目瞭然だった。
『Winnerフィジカルゥゥゥぶつりいいいいい!!!』
***
「……ひっぐ。はぁ、よかった……よかったなぁ……」
想像をはるかに超える強敵の登場からの激闘。
まさに映画でやるに相応しい感動的なストーリーだった。
特に最後のぶつりの『鍛えた筋肉はいつか萎む。でも、鍛えたっていう事実は努力してきたって跡はいつまでも私たちの心に残って、苦しいときに支えてくれる。それが自信に繋がるんだよ。だから、努力は裏切らないんだよ』というセリフには涙が溢れだして止まらなかった。
俺も筋トレしよう。
さて、楽しい映画も終わったことだしそろそろ帰ろう。
その前に横の桃井さんが気になり、ふと横を見てみた。すると、タイミングよくこちらに顔を向けた桃井さんと視線がバッチリ合った。
なにか声をかけようかと思ったが、俺より先に桃井さんはこっちに顔を寄せて来た。
「凄くいい映画だったね!」
そして、満面の笑みでそう言ってきた。
「そうでしたね!」
その言葉に俺も満面の笑みで返す。
そして、どちらから言い出すわけでもなく二人で自然と出口に向けて歩き出した。
「それじゃ、俺はこっちなので」
出口まで来たところで映画館の出口に来たところで、桃井さんに別れを告げる。
「あ、ちょっと待て!」
だが、意外にも桃井さんは俺を呼び止めた。
そして、どこか緊張した面持ちを浮かべ俺を見つめていた。
「出来たらでいいんだけど、この後もう少しだけ映画のこととか話さない?」
「いいんですか?」
「私も同じ趣味の人と話すことって殆ど無いからさ、付き合ってくれると嬉しいな」
もう少し話したいと思っていたのは俺も同じだ。
中々大学生になると、魔法少女好きという趣味は公言しにくいからな。
「是非お願いします!」
勢いよく返事を返すと桃井さんは安心したようにホッと息を漏らした。
「なら、行こっか。丁度いい店知ってるんだ」
そう言うと桃井さんは鼻歌交じりに歩き始めた。
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