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理性と本能の間をサイドステップすることが人生かもしれない

「あの、これでいいの?」

「うおおおお!! マジピュアうおおおお!!」


 屋外から場所は移り変わり、桃井さんが暮らすマンションの一室。

 俺の目の前では右手で左腕をさすりながら恥ずかし気に立つ桃井さん――ピュアチェリーがいた。


「ふおおおお!! 一週間の疲れが吹き飛ぶうううう!!」


 正に今の俺は最高にハイって状態だった。

 運動後、あえて水を飲むことを我慢してから居酒屋で飲む一杯目のビールが美味いように、空腹が最高のスパイスと言われるように、渇望しているものを得た時の快感ときたらもうたまらない。

 麻薬、いや、麻薬以上だ。


 幸せとはなにか。

 そんな小難しいことを時に人は考えてしまうが、なんてことはない。

 幸せはここにあったのだ。


「南野君?」

「ふおおおおお!!」

「み、南野君?」

「ふぃいいいいい!!」

「南野君、正気に戻って!」

「はっ!!」


 あまりの興奮に理性を失っていた。

 桃井さんの声に理性を取り戻す。

 あ、危ない危ない。あと少しで欲望のままに桃井さんに襲い掛かって返り討ちにされるところだった。


「すいません、取り乱しました」

「取り乱したってより、何かに憑りつかれたみたいだったよ……」


 よく見れば桃井さんは俺から少し距離を置いていた。

 

「もしかして、ひいてます?」

「えっと、ほんの少しだけね……」


 ほんの少しか。それならまだいいか――。


「ほんの少しだけ、がっつりとひいてる」

「普通にひいてるじゃないですか!」


 俺を傷つけないように気遣ってくれたのかもしれないが、その気遣いが見える分逆にダメージがでかい。


「あはは、冗談だよ。二週間前の時に南野君が大分熱狂的な人だってことは分かってるもん」

「それならよかったです」

「うん。それじゃ、もう変身解いてもいいかな?」

「あと少しだけお願いします!!」

「あ、うん」


 この時を逃せば次にお願い出来るのがいつかは分からない。

 それにマジピュアが戦闘するところに立ち会える機会だって滅多にない。

 せめて一か月はマジピュアに会えなくても耐えられるくらい目に焼き付けておきたい。


 目を大きく見開き、桃井さんの周りをぐるぐると歩き回る。

 勿論お触りはしない。それどころか最低でも1メートルは間隔を開けるようにしている。

 女性の家に招かれているとはいえ、ただのお礼だ。俺が勘違いしないためにも、距離感は大事である。


 それにしても、衣装は当然ながら衣装の隙間から見える桃井さんの肌も美しい。

 乳白色の肌はきめ細やかで抜群のスタイルは男女問わず魅了するに違いない。池谷先輩がしつこく誘いたくなるのも納得だ。


 表情にしたってそうだ。

 改めて見ても高校生と言われても納得できるくらい若々しい。まあ、二年前まで高校生だったんだからなにもおかしくはないか。


「み、南野君……。そんなにジロジロ見られると恥ずかしいんだけど……」


 人目を引く格好をしておきながら、恥ずかし気にスカートを裾を掴み頬を染める桃井さん。


「萌ええええ!!」

「何言ってるの!?」


 おっと、ついついまた心の声が漏れ出てしまった。


「ふう……。すいません、あまりの可愛さに取り乱しました」

「も、もう。さっきから人のこと可愛い可愛いって言って、南野君って意外と女の子慣れしてるの?」

「勘違いしないでください。こう見えても俺は小学校以来彼女が出来たことはありませんし、俺が面と向かって可愛いという人はマジピュアくらいです」

「それ、彼女って言うのかな……?」

「訂正します。将来を近いあった婚約者でした。ちなみに、その子は今地元で高校の同級生と結婚したらしいです」

「それは婚約者じゃないよ……」


 昔はバレンタインで俺にチョコを渡してくれるいい子だったのに……!!


「でも、あまり女性に慣れてないんだ。何でも無さそうに可愛いとか好きって言うから、慣れてるのかと思っちゃった」


 確かに、言われてみれば感情に身を任せているとはいえあっさりと「可愛い」とか「好き」という言葉が口から出ている気がする。


 少なくとも、小学生時代はこうじゃなかった。

 小学校時代の俺は好きな人と婚約出来たという事実に満足しており、「可愛い」とか「好き」とか伝えることを疎かにしていた。


 そして、いつの間にか彼女は俺以外の男に身も心も奪われてしまった。


 ”推し”を応援する時でも、現実世界で好きな人がいる時でも同じだと思うが、心の中で思うだけじゃダメなのだ。

 行動に移した時、初めてその思いが相手に伝わる。


 つまり、今の俺は小学生時代より成長しているということだな!


「まあ、慣れてるとまでは言えないですけど、緊張して喋れないとか、女性に触れられて動揺するとかはないですよ」

「ふーん。えいっ」


 俺の言葉を聞いた桃井さんは何を思ったのか俺の手を握って来た。


「ひょっっっ!!!???」


 え、ちょ、なんで!?

 あ、やばい。心臓の鼓動がどんどん上がってる。

 てか、距離近い! 目の前に桃井さんの顔があるし、なんか甘い香りもする!


「顔、真っ赤だよ」


 いたずらに成功した子供の様に目を若干細めながら桃井さんが囁く。


「ドキッとした? 私ばっかり恥ずかしい思いしてるから、ちょっとだけ仕返ししちゃった」


 揶揄われた。

 だが、不思議と怒りや悔しさはなく、寧ろ至近距離でこんな可愛らしい姿が見れたことへの感謝が湧き上がってくるほどだった。


「……み、南野君? なんで泣いてるの?」


 桃井さんに言われて俺は自分の目から涙が零れ落ちていることに気付いた。


 ああ、そうか……。

 人は心の底から素晴らしいと思えるものに出会えた時にも、涙が出るのか……。


「桃井さん、生まれてきてくれてありがとうございます……!」

「え? あ、ありがとう?」


 いつか桃井さんの実家にお邪魔して、桃井さんのご両親に感謝しよう。


 そう誓った。



***



「それじゃ、俺はここで帰りますね。今日もありがとうございました」


 玄関で桃井さんに頭を下げる。


 あの後、好きという感情が超越し冷静になった俺はそのまま家に帰ることにした。

 今なら、桃井さん――マジピュアと同じ世界で生きているということだけで明日に希望を持って生きていける気がする。

 逆に言えば、帰るタイミングはここしかない。

 ここを逃せば俺はマジピュア依存症になってしまうだろう。


「うん。もう暗いし、気を付けて帰ってね」


 既に変身を解き、部屋着を身に着けた桃井さんが微笑みながらそう言った。


「いえ、こちらこそです。それでは」

「うん。またな」


 手を振る桃井さんに最後にもう一度だけ頭を下げて、扉を閉める。


 ふう。冷静になって考えたら、美人な同級生の部屋にいたのか……。

 マジピュアのことばかりで脳がバグってたけど、普通にやってることどんでもないな。

 今更緊張してきた。


 まあ、今回は運よく桃井さんが俺に貸しを作ってくれたからこうなったが、流石に何度も上手くはいかないだろう。


 さーて、明日からもまた頑張るか!

 マジピュアに出会い人生における活力を補給出来たし、これで一安心だな!


 ルンルン気分でサイドステップを踏みながら帰っていると、お母さんと手を繋いでいる幼女に「ひっ」と言われた。


 サイドステップなんて二度としない。

ここまで読んで下さり、ありがとうございます!

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