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突撃! あなたの家の魔法少女!

 ついてきて、という桃井さんについて行くこと十数分。

 俺と桃井さんは駅から少し離れたところにあるマンションの一室に来ていた。


「はい、どうぞ」

「お、お邪魔します」 


 桃井さんに案内され、部屋に入ると中から甘い香りが漂ってくる。

 部屋の間取りは1DKになっているようで、綺麗に整えられていた。


「じゃあ、ちょっと準備するからソファに座って待っててね」

「は、はい!」


 中学生の時ぶりに入る女性の部屋にドキドキしつつ、扉の先の部屋にあるソファに腰かける。


 な、なんてこった。

 気付けばいつの間にか桃井さんの部屋に来てしまっていた。

 しかも、待っててってことはまさか本当にマジピュアになってくれるのか!?


 まさかこんなことになるなんて……。

 くそっ!

 ファンレターを書いて用意しておけばよかった!!


 ソワソワしながら待つこと数秒、扉の先から眩い光が出て来た。

 そして、扉がゆっくりと開く。


 や、やばい!

 もう来るぞ! こんな近距離でマジピュアの姿を見ることは無いから、喜びのあまり発狂してしまうかもしれない。

 もしそうなれば、桃井さんもドン引きするだろう。


 これまでに俺の脳内に刻み込まれてきたマジピュアの姿を思い出せ!


 ……よし。これで大丈夫だ。

 いくら近距離といはいえ、これまでに何度も見てきているのだ。シミュレーションもバッチリしたし、俺に死角は無い!!


 なんなら、クールに『可愛いな』とかイケメンっぽいセリフだって言ってやらあ!


 扉が開き切り、中から遂に一人の女性が姿を現す。


 リボンでまとめられたストロベリーヘアに、クリッとした大きな瞳。

 キュッと引き締まったお腹に、しっかりと主張しているバストとヒップ。


 なにより、存在感があった。

 オーラとでも呼べばいいのだろうか。まるで、この世界の人ではないかのような神聖さすら感じさせる雰囲気を桃井さん――ピュアチェリーは纏っていた。


「あの、南野君?」


「可愛いいいいい!!」


「ひっ」


 し、しまった! 思わず心の声が溢れ出てしまった。

 桃井さんも完全にひいてるし、今からでも『ふっ、可愛いじゃねえか』っていうイケメンムーブで安心させなくては!


「ああああ!! 抱きしめてえええええ!!」


「ひっ」


 やっちまったあああああ!!



***



「すいませんでした」

「あ、うん……」


 奇声を上げてしまったせいで、ピュアチェリーもとい桃井さんからはかなり距離を置かれている。

 そんな中、俺は額を床にこすりつけていた。


 いくら何でも「抱きしめたい」はやばかった。

 桃井さんがひくのも仕方ない。


「本当に好きなんだね」

「それはもう! 愛してます!!」

「あはは……」


 引き攣った笑いを浮かべる桃井さん。

 その笑みすら可愛かった。


「それで、サインだったよね?」

「はい!」


 そうだった。

 俺はここにサインを貰いに来ていたんだ。長居しすぎるのもよくないだろうし、早速サインを書いてもらおう。


「あの、それじゃサインを……」

「うん」

「背中に書いてもらっていいですか?」

「背中に!?」


 なにか変なことでも言っただろうか?

 海外でも自分の好きなマークをタトゥーにして身体に刻むということはよくあるし、おかしなことではないと思うんだが。


「え、背中でいいの? お風呂入ったら落ちちゃうよ?」

「あ、確かに。じゃあ、彫刻刀で彫ってもらえますか?」

「嫌だよ」

「そんな!? あ、もしかして彫刻刀持ってないんですか? なら、直ぐに買ってきます!!」


 ダッシュで扉の外へ行こうとするが、襟を掴まれてしまう。


 彫刻刀は持っているのだろうか?


「そうじゃないよ! 普通、他人の背中を彫刻刀で刻むなんて痛々しいこと出来ないって言ってるの!」


 なんと優しいんだろう。

 しかし、彫刻刀が難しいとなるとどうしたものか。

 ああ、そうだ。桃井さんは魔法少女だった。


「じゃあ、魔法で背中に焼き印とかしてもらえますか?」

「やらないよ!」

「そんな!?」

「はぁ。なんで提案が悉く痛々しいやつなの……。申し訳ないけど、適当な厚紙に書くね」


 そう言うと、桃井さんは引き出しから白紙を一枚取り出し、サラサラっとペンを走らせた。

 そして、いかにもサインらしい字体で「南野君へ ピュアチェリー」と書いてくれた。


「はい」

「おお……! 家宝にします!!」

「お願いだから、やめてね」


 改めてサインを見る。

 どこか丸みのある柔らかな文字だ。

 しかし、桃井さんは思ったよりあっさりと書いたな。もっと困惑するかと思ったけど、まるでサインを書いたことがあるかのようだった。


「サイン書くの上手いんですね」

「そ、そう? 一応初めてなんだけどね」

「その割には結構凝ったデザインですね」

「あはは……」


 桃井さんの方に視線を向けると、桃井さんは渇いた笑いを浮かべていた。


 それにしてもサインかぁ。


「俺、中学生の頃とか自分のサイン考えて作ってたんですよね。まあ、結局他人に披露する機会は無かったんですけどね」

「へ、へぇ」

「もしかして、桃井さんもサインの練習してたりしたんじゃないですか?」

「あ、あはは……そ、ソンナワケナイジャン」


 桃井さんがやけに片言言葉でそう呟いた直後、少し部屋が揺れた。

 揺れ自体は大したことはなく、短い時間だった。


「地震ですかね?」

「そうみたいだね」


 二人で話していると、棚からノートが、丁度俺と桃井さんの間に落ちた。


「み、見ちゃダメ!」


 桃井さんが慌ててノートを拾うが、開いた状態で床に落ちたノートの中身はバッチリ俺の目に入った。

 そこには不自然なほどいくつものサインが記されていた。

 しかも記されたサインは多種多様で桃井さんの試行錯誤したであろうことが容易に想像できてしまった。


「……サインの練習してたんですね」


 気まずい沈黙が流れる。

 なんだろう。今日は見てはいけないものばかり見る日なのかもしれない。


「あの、さっきも言ったんですけど俺もやってたんで気にしなくていいですよ! 寧ろ普通です!」


 必死にフォローを入れるが、桃井さんは視線を下げたままだった。


「……して」

「え?」

「殺して!!」


 わあ、見覚えのある光景だ。



***



 あの後、顔を真っ赤にした桃井さんを落ち着かせあのノートはお互いに忘れるということで決着がついた。

 ちなみに桃井さんがサインの練習をしたのは丁度一週間前のことだったらしい。


 二十歳にもなってサインの練習してるのは確かに人には言えないよなぁ。


 何はともあれ、無事にサインは入手した。

 後は握手だけなのだが……。


「ねえ、南野君。まだ?」

「ちょっと待ってください! まだ手汗が……!」


 そう既に桃井さんは手を差し出してくれている。

 だが、俺の準備が出来ていないのだ。


 緊張のせいかいくら拭っても手汗が出てしまう。

 気にするほどの量では無いかもしれないが、こんなにも美しいピュアチェリーの手を俺如きが穢すわけにもいかない。


「私、手袋だしそんなに気にしなくていいよ」

「だからこそです。ピュアチェリーの純白の手袋は穢れなき純粋さの証。それを欲に塗れた俺の手で汚すなんて……俺には出来ない!!」

「お、大袈裟じゃないかなぁ」

「大袈裟じゃないです! それでも純情戦士マジピュアですか!?」

「恥ずかしいから、大声で言わないでよ!」


 恥ずかしいって、何を言っているのだろうか。


「いつも自分で言ってるじゃないですか」

「じ、自分で言うのと人に言われるのは全くの別物だよ。私だって本当は名乗りなんてしたくないんだよ……。もう二十歳だし」


 本当に恥ずかしかったのだろう。

 その頬はほのかに赤らんでいた。


「とにかく、あんまり言わないでね?」


 念を押すようにウインクを俺に向けるピュアチェリー。

 か、可愛いいいい!! 好きだ!!


「あ、今なら手汗出てないから握手出来ます!」

「じゃあ、はい」

「失礼します!」


 桃井さんが俺の前に手を差し出す。

 その手をそっと両手で包み込む。手袋のシルクのような質感と少しひんやりした温度が心地いい。

 二度と手放したくないと思ってしまうくらいだった。


「ありがとうございます……ッ!!」


 それでも手放さなくてはならない。

 一瞬、だがこの一瞬を生涯俺は胸に刻み生き続ける。


 名残惜しくも、ゆっくりと桃井さんから手を放そうとした時、桃井さんが俺の手を両手で包み込んだ。


「ひょっ!? も、もももも桃井さん!?」

「お礼、言いそびれてたから」

「お礼?」


 静かに頷くと、桃井さんは俺の顔を見上げた。


「いつも応援してくれてありがとう。南野君の声援、いつも届いてるよ」


 そして、彼女は微笑んだ。


 認知されていた。

 その事実によって、多幸感で胸がいっぱいになる。

 この溢れる思いを抑えることなど出来るはずもなかった。


「あああああ!! 大好き!!!」


「ひっ」


 行き過ぎた愛は人を恐怖に陥れるのだと、可愛らしく悲鳴を上げる桃井さんを見て思った。

ここまで読んで下さり、ありがとうございます!

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