魔法少女の適齢期はいくつですか?
マジピュアはその名の通り、いかにも純粋そうな可愛らしい魔法少女だ。
そんな彼女たちの正体を知る者は誰もいないが、きっと中学生、あるいは高校生だろうと俺は思っていた。
しかし、今俺の目の前には桃井春香さんがいる。
頬を真っ赤にし、顔を隠す彼女は栗色の長い髪に人目を引く優れた容姿と明るく皆に好かれる性格が特徴的な美人だ。
しかしながら、子供っぽさはあまりなく服装もオシャレだ。
そう決して、『純情戦士ピュアチェリー!』なんて満面の笑みで決めポーズをきめるような人ではない。
もし仮にそんな人が大好きな魔法少女の正体だった時、どう声をかけたらいいのだろう?
いや、まじでどうすんだ?
まさかさ、マジピュアが変身を解くところに出くわすなんて思わないし、ましてやマジピュアの正体が桃井さんだなんて思うはずないだろ!!
てか、桃井さんも桃井さんだよ!
二十歳にもなって何で魔法少女やってんだ! いや、まあ個人の自由だけど!!
「あ、あの桃井さん?」
「…………して」
互いに何を言えばいいのか分からない沈黙の中、俯いていた桃井さんがポツリと呟く。
「え?」
「……殺して!」
女騎士みたい。
いやいや、そうじゃない!
明らかに桃井さん涙目だし、とりあえず落ち着かせないと!
「いや、殺しませんから」
「なら、どうするつもり?」
「ど、どうするって……」
「どうせ、これをダシに私にエッチなことを要求するつもりなんでしょ!?」
「いや、しませんって」
「エロ同人みたいに!」
「しませんって!」
「エロ同人みたいに!!」
「なんで二回言ったんですか」
本音を言えば、桃井さんの言う通りエロ同人みたいな展開が脳裏をよぎったが倫理的に考えて却下した。
脅迫は犯罪なんだよね。
エロ同人みたいに! と路地裏で叫ばれると世間体がかなり悪いので、一先ず桃井さんの手を引き、近くのカフェに入る。
人目があれば桃井さんとしても多少安心だろう。
桃井さんもカフェに入ってから多少冷静さを取り戻したのか、いつものような柔らかな表情に戻って来た。
「ごめんね。ちょっと想定外のことで冷静さを失ってたみたい」
「いえ、落ち着いたならいいんです」
「うん。いざとなったら南野の存在を消して私も消えればいいもんね」
「全然落ち着いてないですね!!」
笑顔でなんて恐ろしいことを言うんだ。
しかも、マジピュアとして化け物をぶっ倒せる力を持っているだけに笑えねえ。
「冗談だよ」
「じょ、冗談ですか。笑えないんでやめてください」
「いざとなったら学部の皆に南野が私の着替えをガン見してきたって言いふらすくらいにするよ」
「大学で俺の居場所が消えるんでやめてください!!」
こ、怖すぎる。
桃井さんは学部内でも男女ともに会話する人が多く、人気者と言って差し支えない。
そんな桃井さんに噂を流されればその効果は絶大だろう。
でも、桃井さんにとって俺が見た光景はそれだけ知られたくなかった秘密ということだ。
いや、まあ気持ちは分かる。
仮に俺が密かに世界を守るヒーローだったとしても周りに「俺、ヒーローだから!」とは言いふらせない。
しかも、桃井さんの場合は今年で二十歳。
魔法少女の適齢期は俺調べでは十代前半だ。桃井さんが中学生ならセーフ。
高校生ならギリセーフ。大学生、しかも二十歳を越えた成人となるとギリアウトだ。
なんにせよ、成人の女性がフリッフリの衣装を身に纏い『愛を守る純情戦士! ピュアチェリー! キラッ』なんて言っているところを見るのは、なんていうか……キツイ。
いや、でも逆にありじゃないか?
羞恥心を抱きながらも皆の為に戦う桃井さん。
ありだ! ありだぞ! 個人的には滅茶苦茶応援したくなった!
「南野君? 私の話聞いてる?」
「あ、はい」
「とにかく、さっきのことは私にとって誰にも知られたくない秘密なんだ」
「勿論分かってます! 誰にも言いませんよ!」
「本当?」
「はい!!」
胸を張って答えると桃井さんも安堵の表情を浮かべる。
この言葉に嘘は無い。
一人のファンとして応援している人に迷惑をかけるわけにはいかないからな。
「はぁ、よかったぁ。お礼ってほどじゃないけど、もし私が力になれることがあったら言ってね。代わりに南野君も約束守ってね」
なんだと?
それはつまり、桃井さんの出来ることならなんでもやってくれるということか?
「じゃあ、早速一ついいですか?」
「うん」
「俺の家に来てください」
「え゛……」
桃井さんの表情が凍り付き、そして徐々に俺を見る目に軽蔑の色が濃く浮かび上がる。
ああ! これ誤解されてる!
「ち、違うんです! 変なことをするつもりはなくて、ただちょっと桃井さんのあんな姿やこんな姿を目に焼き付けたいって言うか……とにかく、いやらしい気持ちは少ししかありません!!」
「あるじゃん」
「いや、これは違うんです!!」
し、しまった!
正直な気持ちがつい口から漏れ出てしまった。
俺はただマジピュアの姿で握手してもらったりサインしてもらったりしたかっただけなのに!
そう伝えればいいのだが、人前で『マジピュアになってください!』なんて言われたら桃井さんだって迷惑だ。
なんとか誤解を解きつつ、いい感じに言葉を濁して伝えなくてはならない。
えっと、えっと……そうだ!!
「俺の家で色々とサービスして欲しいんです!!」
おかしい。桃井さんの目が更に険しくなった。
いや、それだけじゃない。周りのお客さんたちもこちらを見てひそひそと何やら囁いている。
し、視線が痛い!
「あ、あの桃井さん……よかったら場所変えて話しませんか?」
「……うん、そうだね」
桃井さんも周りの視線に気づいたのか、頷いてくれた。
素早く会計を済ませ、店を後にする。
桃井さんにはまだ誤解されているのか、俺と桃井さんの間には二メートルくらいの間隔があった。
ある程度人の少ないところで足を止めて、桃井さんの方を見る。
すると、桃井さんは両手を胸の前に構え臨戦態勢になっていた。
「あの、いいですか?」
「うん。私も覚悟を決めたから、南野も襲い掛かって来るならやられる覚悟をしてね」
「襲いませんよ!」
「じゃあ、なんで家に連れ込もうとしてるの?」
「いや、その実はですね……俺、ファンなんですよ」
「ファン? 誰の?」
「マジピュアのです」
周囲に人がいないことを確認してから桃井さんに告げる。
桃井さんはキョトンとした表情を浮かべたのち、俺の発言の意味が理解できたのか頬をほんのりと赤く染めて視線を逸らした。
可愛い。
「そ、そっか」
「はい。それでですね、出来たら握手とかサインとして欲しいんですよ」
「それがお願いしたいことなの?」
勢いよく首を縦に振る。
「なら、なんで自分の部屋に誘ったのかな?」
「いやぁ、出来たらマジピュアの姿で握手とかサインとかお願いしたいんですよね。そうなると、人に見られない個室とかに行く必要があるじゃないですか」
「それで、南野の部屋を提案したんだ」
「はい。あ、おれの部屋が嫌だったらホテルとかでもいいですよ! 部屋取るんで!」
「いやいや、それはお金が勿体ないよ!」
「マジピュアに会えるなら安いものです!」
お金がかかるような趣味も無いし、バイトもしているから貯金はそれなりに溜まっている。
大丈夫だ、と桃井さんに伝えるが、桃井さんは渋い表情を浮かべていた。
「確認したいんだけど、握手とサインだけでいいんだよね?」
「はい!」
「それなら、私の部屋に行こっか」
「……え?」
少し悩んだ素振りを見せた後、桃井さんはそう言った。
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