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友達

 マジピュアによる公開お説教というご褒美をもらった翌日、下宿先の七畳一間の部屋でごろごろしていると、インターホンが鳴った。


 自慢ではないが、俺の部屋のインターホンを鳴らす人間はごく少数だ。

 その大半も友達とかではなく配達員か、電力会社やテレビ関係の営業の人である。


 誰だろうと思いつつ、一先ず扉についているドアアイと呼ばれるレンズから外の様子を伺う。


「……ふぁ!?」


 その先にいたのは、なんと桃井さんだった。


 え、なんで?

 もしかして俺何かしたか? ひょっとして、昨日の件についてまだ説教があるとか?


 何はともあれ、無視するわけにもいかない。

 緊張感を感じつつ、扉を開ける。


「あ、南野君おはよう!」

「おはようございます……ところで、どうしたんですか?」

「うーん、とりあえず中に入れて貰ってもいいかな? ここだと他の住人にも迷惑かかるかもしれないからさ」

「あ、はい」


 断ることも出来ず、言われるがままに桃井さんを部屋に招き入れる。


「お邪魔します。わあ、思ったより綺麗だね」

「グッズとかありますからね。汚い部屋には大切なものはおけませんよ」


 部屋の中には、魔法少女もののアニメのポスターやらフィギュアやらも置いてある。

 それに、他ならぬピュアチェリーのサインがあるのだ。

 万が一にもそれらを汚すことは出来ない。


「……あのサイン、なんか光ってない?」

「よくぞ気付いてくれました!!」


 そう。実は桃井さん――ピュアチェリーから貰ったサインはラミネート加工をした上で額縁に嵌めた。

 飾る場所も上の方にして、毎日拝むようにしている。

 この部屋の守り神とも言っていい。


「どれだけ疲れててもあのサイン見ると元気が湧いてくるんですよね! 毎日一回は拝ませてもらってます」

「そ、そうなんだ……」

「あ、座布団しかないですけどよかったら使ってください。俺は飲み物入れますね。お茶とコーヒーだったらどっちがいいですか?」

「じゃあ、お茶をお願いしようかな」


 丸机の前にある座布団に座ってもらい、その間にキッチンへ行き冷蔵庫から冷やしておいた緑茶を出す。

 そして、コップを二つ取り出して緑茶を注いだ。


「お待たせしました」

「ありがとう」


 緑茶を桃井さんの前と俺の前にそれぞれ置き、とりあえず一口飲む。


 ホッと一息ついたところで本題に入ることにした。


「それで、今日はどうして俺の家に? そもそも、家、知ってたんですか?」

「えっと、家は知り合いを通じて教えてもらったんだ。来た理由は……昨日のお礼を言おうと思ってね」


 昨日のお礼?

 昨日はお礼されるようなことはしていない。

 怒られることはしたけど。


「お礼ですか?」

「うん。昨日は応援してくれてありがとう」


 そう言うと、桃井さんは深々と頭を下げた。


 え、それだけ?


「それだけのためにわざわざ来てくれたんですか?」

「うん。本当は昨日伝えるべきだったんだけど、南野君が逃げるようにどっか行っちゃうから言いそびれたんだよ?」


 それは申し訳ないことをした。

 しかし、大学でも言えただろうにわざわざ家に来るとは律儀な人だ。


「あ、それと連絡先交換しようよ。いざという時のためにね」

「いいんですか?」

「勿論!」


 スマホを取り出し、桃井さんと連絡先を交換する。

 

 おお。これでいつでも桃井さんに連絡が出来るわけだ。

 つまり、桃井さん――ピュアチェリーにいつでも会えるということでもある。


 まあ、多分使わないけどな。

 必要ないときにしつこく連絡する男は嫌われるってネットにも書いてあった。


「ねえ、南野君はさ死ぬのって怖くないの?」


 不意に、桃井さんはそう問いかけて来た。

 急にどうしたというのだろうか。

 そもそも、その問いに対する答えなんて一つだろう。


「怖いに決まってるじゃないですか。死んだらもう二度とマジピュアに会えないと思うと、発狂しちゃいますね。……いやだああああ!!」

「あ、今発狂するんだ」


 ふう。

 ちょっと想像しただけでも恐ろしかった。

 霊体になって現世に留まれるならいいが、死後どうなるかなんて誰にも分からないからな。

 不確定な死後に希望を持つより、今ある幸せを噛みしめるのが俺の生き方である。


「すいません、ちょっと取り乱しました」

「大丈夫、慣れて来たから」

「それはよかったです!」

「話を戻すけど、死ぬのが怖いのによく海に飛び込めたよね。危うく死んじゃうところだったよ?」

「桃井さん、知ってますか? 人間って先祖を辿れば元々は海中で生きてたんですよ?」

「うん。でも今は違うよ?」


 冗談で返したら、強すぎる正論が帰って来た。

 やめてくれ。その正論は俺に効く。


「昨日はね、嬉しかったよ。でもね、冷静に考えたら怖くなったんだ。いくら何でも南野君の行動は軽率過ぎる」


 さっきとは打って変わって真剣な表情で桃井さんが俺を見つめる。

 

 軽率過ぎる、か。否定はしない。


「それでね、このまま南野君が軽率な行動を取って傷つくところを私は見たくないの。だから、南野君さえよければ私の友達になって欲しいんだ」

「……ん? なんでそうなるんですか?」


 ちょっと話の繋がりが見えてこなかった。

 俺の軽率な行動を止めたいことと俺と桃井さんが友達になることは関係があるのか?


「友達が傷ついたら凄く悲しいでしょ? 私だったら、凄くショックを受けちゃうな。泣いちゃうかもしれない。南野君は大好きなマジピュアを泣かせていいの?」

「ダメですね!!」

「でしょ? だから、私と友達になれば南野君は私――ピュアチェリーを泣かせないために無茶な行動は出来なくなる。違う?」

「た、確かに……」


 なんと考え抜かれた作戦なのだろうか。

 現代の孔明かと思った。


 しかし、この作戦には大きな穴がある。


「でも、それは俺と桃井さんが友達になったらの話ですよね?」

「もしかして、嫌だった?」

「いえいえ、嫌じゃないですよ」

「なら、いいんじゃない?」

「確かに」


 その後も桃井さんの言葉巧みな誘導により、俺は桃井さんと友達になった。

 ちなみに一番の決め手は「ピュアチェリーにいつでも会えるよ?」だった。

 

 いざという時にマジピュアの肉壁になれないのは遺憾だが、それを補って余りあるメリットがあると言っていい。

 

「それじゃ、南野君。またね」

「はい!」


 この後バイトがあるからと部屋を後にする桃井さんを見送る。


 ただの大学の同級生だった桃井さんと僅か数週間で友達になってしまった。

 しかも、桃井さんは実はピュアチェリーという事実もある。

 実質、推しと友達になったようなものだ。


 俺、近い将来に死ぬのか?


 しかし、これすらまだ俺の幸せな生活の序章に過ぎないとはこの時の俺はまだ知る由もなかった。

これで一章は一先ず終わりです。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました!

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