推しを訪ねて海中へ
途中で視点が変わるところがありますが、ご了承ください。
桃井さんと飲んだ翌日の朝、俺は佐渡島先輩に連絡して、今は佐渡島先輩の車で海へと向かっているところだった。
「朝からお願いごとだって言うから、急いで来てみたら……落書きに付き合わせた上に海に行きたい? 本当、お前は変な奴だな。それ誰かに見せるつもりなのか?」
まだ午前九時だからか、先輩は眠そうな顔だった。
「まあ、そんなところです」
「ふーん。まあ、何でもいいけどな。それより約束通り女王様への謁見代、奢れよ」
「はい。それにしても先輩も本当好きですよね」
「悪いか?」
「いえ、俺も先輩と同じなんで」
「なんだと……? お前も女王様の下僕希望だったのか!?」
「あ、いや、そういう意味じゃないです」
「おいおい、それなら早く言えよ! でも、そうか……。よし、今度俺からも女王様にお願いするから二人で拷問受けような! 水責めとかされてみたかったけど、一人じゃ怖かったんだよ」
「そういう意味じゃないって言ってるじゃないですか!!」
そうこうしている内に、海に着き先輩が車を止める。
朝ということもあるのだろうが、人の数は少ない。
そんな中、テトラポッドの上にいる化け物の姿が目を惹いた。
「おいおい、なんだあれ……。おい、南野よく分からないけど、あれはやばい。車乗れ。逃げるぞ」
先輩が慌てて車に戻ろうとする中、化け物の前に姿を現した彼女の姿を見て俺は自分の勘が間違っていなかったことを確信した。
「先輩、ここまでありがとうございました!」
「おい! 南野!」
先輩にお礼を告げ、マジピュア――桃井さんが戦う場所へと向けて走り出す。
それにしても、遠目から見てもマジピュアは可愛いな!
青い海にチェリーと白の衣装が良く映えている。きっとSNSに投稿すれば瞬く間にバズるに違いない。
今すぐカメラを構えたい衝動をグッと堪え、桃井さんがいる場所を目指す。
テトラポッドの近くまで来ると、こっちに走って来る子供たちの姿と共にテトラポッドから飛び見事な跳躍力を見せ、宙を舞う桃井さんの姿が見えた。
す、すげえジャンプ力だ!
衣装の桃色も相まってその姿はまるでフラミンゴ!
呑気にそんなことを考えていると、桃井さんは海から伸びるタコの足のようなものに捕まり、海中に消えていった。
「うおおおおい!?」
あ、あの化け物め……!
海の中に俺たちの大好きなマジピュアを引きずり込んで何するつもりだ!?
許せねえ……! マジピュアの活躍シーンは皆見たいに決まってるだろうがあああ!!
「舐めるなよ、タコ野郎め! ガチのファンはな、推しの活躍を見るために時に海を渡るんだよ!!」
勢いよく海へと飛び込み、必死に泳ぐ。
これでも俺は小学生の頃、町内会の水泳大会で決勝まで勝ち上がったくらいには泳ぎは得意だ。
押し寄せる荒波に負けずに、泳ぎ続け、そして遂に海中に巨大なタコの影を見つける。
タコが潜っている場所はそれなりに深く、潜水を試みるが届かない。
くそっ。あそこまで潜るには体内の空気を限界まで減らす必要がある。
だが、そんなことすればまず間違いなく溺死まっしぐらだ。
高校の物理の授業を思い出せ!
要は浮力を重力が上回れば人は沈んでいくんだ。つまり、重いものを持てばいい!
そうと決まれば重いもの探しだ。
海に潜れる範囲で手ごろな重さの石を探し、それを抱える。
すると、ゆっくりとではあるが確かに身体が沈み始めた。
よしっ! 後は俺の息がどれだけ持つかだ。
マジピュア初の海中戦、しかとこの目に焼き付けるぞ!
***<side 桃井>***
暗い海の中を私の身体を連れてディストーンはどんどん潜っていく。
魔法少女になっているおかげで、普通の人より身体能力が大幅に上がっているけれど海中でも呼吸が永遠に出来るわけじゃない。
少しずつ、だけど確かに限界は近づいていた。
(このままじゃ、息がもたない……! 海の中じゃ、助けも呼べないし、一か八かもう一度マジカルアローで……!)
この距離なら外すこともないはず。
覚悟を決め、手に持っている弓に意識を集中させる。
だけど、そんな私の行動を予想していたかのように、触手による拘束が強まった。
(ああ!? く、苦しい……!)
触手が首へと伸び、容赦なく締め上げる。
口からごぼっと空気が漏れる。
全身の力が少しづつ抜けていき、視界がぼやけていく。
海面の光が遠ざかっていく、それはまるで私の未来が閉ざされていくようなそんな感覚だった。
(いや、いやだよ……)
いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていた。
適性があるからという理由で魔法少女として戦うことになってから、命がけの戦いの怖さを知った。
身に着けている衣装のおかげか、血こそ流れないし、大けがこそしないものの殴られれば全身を痛みが襲う、意識が何度も飛びそうになる。
それでも、気を失うことも戦いから逃げることも許されない。
だって、私は魔法少女だから……。
私が戦わなければ不当に幸せを奪われてしまう人々がいるのだから。
誰かのためにと言えば聞こえはいいのかもしれない。
でも、私が戦っている理由はきっと義務感と恐怖心からだった。
戦う力があるのに、それを振るうことなく逃げて後ろ指を指されることが怖い。
私のせいで悲しむ人が生まれることが怖い。
だから、私は戦い続ける。
だけど、私は一人で戦っていけるほど強くはないから、誰かに傍で支えていて欲しかったんだ。
(わたし、死んじゃうの……? いや……だ……、誰か助けて……怖いよ、一人じゃ、戦えないよ……)
どんどん光が遠ざかり、闇に身体が吞み込まれていく中、光を一つの影が遮った。
その影はどんどん大きくなっていく。
(なに……あれ……?)
他の魔法少女が助けに来てくれたのかもしれない。
そんな淡い希望が胸の中に沸き起こる。
そして、その影がどんどん近付いてきて、遂にその正体が明らかになる。
(うそ……なんで、なんで……南野君がここにいるの?)
石を抱えて沈んでいく南野君は私の目の前まで来ると、私に気付いたのか応援団の様に手を振り出す。
まさか応援するためだけに、こんな海中に飛び込んできたというのだろうか。
だとしたら、南野君はとんだ大馬鹿者だ。
私が呆気に取られていると、南野君は突然自分の着ていた白いTシャツを引きちぎり始めた。
(な、なにしてるの!? いくら海だからってこんなときに露出狂に目覚めないでよ!)
このまま下半身も丸出しにするんじゃないか、そんなあり得ないことを不安に思いつつ、触手に拘束されているせいで顔を背けずにいると、南野君が私に背中を向けて来た。
(あ、南野君って意外と鍛えられてて背中大きい……じゃなくて、背中になにか書いてある?)
視界が霞む中、目を凝らして背中の文字を見る。
そこには赤く大きなハートの中にやけに達筆な太字で”愛”とだけ書いてあった。
バカじゃないかなぁ。
いや、きっとバカなんだろう。
バカじゃなきゃ、これを見せる為だけにこんなとこまで追いかけてこない。
だけど、そんな南野君の行動が私の心を覆いかけていた闇を振り払った。
(本当に不思議。頑張れって言われたわけじゃないのに、どうしてこんなに生きなきゃ、頑張らなきゃって思えるんだろう)
胸の奥から沸き上がる思いを力に変え、魔法で生み出された弓を強く握る。
それを察知したディストーンが拘束を更に強めてきた。
だけど、声援を貰った魔法少女が負けるはずもなかった。
(マジカルラブアロー!)
何処から出て来たのかと思うくらい、先ほどとは桁違いの力で拘束を振り払い、桜色に輝きを放つ矢を放つ。
その矢を至近距離で浴びたディストーンはあっさりとその姿を消した。
「がぼぼが!!」
そして、そんな私の姿を見て南野君は歓喜の雄たけびらしきものあげた。
あ、そんな海中で喋ったら……。
「……ッ!!」
案の定、空気が足りなくなって苦しくなったのか、水中で南野君がもがき始める。
や、やっぱり……。
でも、私もそろそろ限界が近いし、南野君を抱えて海面に上がらなきゃ……!
苦しそうな表情の南野君を抱え、一気に海面を目指し泳ぐ。
海面からは温かな光が差し込んできていた。
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