試合準備
前書き。
才理 彩架:セツラ
結華 聖歌:カグヤ
羽田 桜星:レッドワーフ
自動山札=デッキ
女の子でこの冒険者デッキを持つなんて変わった趣味してるねと言われてしまったカグヤはデッキを持って項垂れていた。セツラもレッドワーフもこれには流石に掛ける言葉が思いつかなかったのか、何も言わなかった。・・・というか、言えなかった。
「どうしようレッドワーフ君、カグヤちゃんがやる気なくしたら部の存亡が・・・・」
「んなもん僕に聞かないでください。誘ったの先輩なんですから、・・・まぁ僕はとりあえず本音を言いたくない先輩の為に賞獲れるくらいには練習するんで」
「・・・・・・ぶっすぅ~~」
「そんな図星みたいな顔しても何出ませんよ先輩。早く目の前で干物になってる聖歌を何とかしてください」
「・・・・釣れないなぁ君は・・・。ま、いいけど」
残念そうな、惜しそうな顔をしながらもサラッと掌をひっくり返すように口調を変えるセツラ。レッドワーフは「めんどい人だな」と小声で言いながらも、若干カグヤを憐れんだ目で見る。
カグヤが選んだデッキテーマは【冒険者】。数々の仲間やイベント、アイテムによって連続で連携攻撃をすることを重視したデッキだ。勿論冒険者の種類は老若男女、騎士や盗賊団や隠れお姫様、勇者や後半で強敵相手に勇者を逃がす師匠的なジジイも居たりする。
だがしかし悲しいかな。表面では可愛い女の子のイラストや格好いい女騎士のイラストがあったってのに、中身はほとんどが男で構成された暑苦しいカード達。
そんな阿鼻叫喚一歩手前の野獣のカードを広げて固まっていたカグヤに投げられた店長の一言が、
―――「君はノンケそうに見えて案外腐敗してる方か・・・、そんなに熱心に男達を見る女の子も珍しい。このデッキを選ぶなんてかなり変わった趣味を持ってるね」
である。
いやぁ、運のツキが良くなかったのだろう。無事、カグヤは放心→鬱一歩手前まで光速で飛んで行った。・・・・同情してしまうな。
セツラはカグヤの背中を揺すり、無理矢理肩を持って立ち上がらせた。その眼には「まだこの壊滅状態を復活させる策がある!」とでも言いたげな、赤い炎と輝きのある光沢が散らばっていた。
「さぁて、カグヤちゃん。そんな桜星君みたいな醜い死んだ魚の顔をしてないで、まだチャンスはあるんだから!―――店長。『改訂記念の特別指導講演』の特典は『特製スタートデッキ』ともう一つあったでしょ!」
「僕そんなひでぇ顔してるか・・・・?」
レッドワーフがげんなりとした顔でサクヤを見るも、セツラはいつものノリで軽く受け流す。
そして急なセツラの声音に店長が半分怯えた表情で「あっ!」と手を打った。
「UR確定のスペシャルパックか!確か【冒険者】テーマだから、・・・これか」
店の中から複数のパックを見比べ、探していたものを見つけてカグヤに差し出す店長。
URとはウルトラレアの略称である。今回のチュートリアルに参加した人には選んだスタートデッキを強化できるスペシャルパックを貰うことが出来る。通常のパックでURカード自体が封入されていることはかなり珍しく、”妨害”系のカードの次の次の次くらいには入手率が低い。その分テキストはバケモノ級の能力が書かれており、文字通りURに恥じない性能をしているのだ。
そんなURカードが確定で入っているスペシャルパックだ。誰もが憧れる。そんな一枚に出会える可能性があると言うのに、カグヤの反応はとんでもなく沈んでいた。
「どうせ神頼みで男共のデッキを選ぶ私ですよーだ。パック開けてもどーせ暑苦しい汗臭い輝いている(別の意味で)男のカードが出るんだろーよ・・・・・」
「カグヤちゃん口遣いがチンピラ・・・・」
「誰に似たんだその口遣い・・・・、絶対素の声だぞそれ」
レッドワーフが同じく店長から貰った【魔法使い】テーマのスペシャルパックを開けながら、カグヤのチンピラ口調に軽く引く。多分親父さんか叔母のどちらかだろう。DQNとレディースの総長が遺伝子レベルで美少女に組み込まれているとか新し過ぎる。
カグヤはチンピラ口調で、そしてほとんど自虐的なことを言いながらもスペシャルパックを貰う時は「ありがとうございます」と、すごく丁寧な口調で言った。
だが、スペシャルパックを開けるときの表情は言葉で言い表し難いもので、ため息を吐きながらパックを開けていく姿は、何というか最早病人のように生気が無かった。
しかし、そんな哀れな子羊に天から恵が与えられたのだ。
いや、言い直しておこう。
神が一回ミスったことを帳消しにしに来たのだ。
「えーと、『イベント! 覚醒への試練』、またイラストが男・・・。『イベント! 聖なる力を求めて』、女の子だけどなぁキャラじゃない・・・。『イベント! 闇を越えた先で』、これも女の子・・・。『イベント! 愛する者の為』、女の子と男の子のイラストか・・・・。『悪意』、・・・ナニコレ・・・?で、最後のは――――ぅえッ!!??」
最後のカードを取り出そうとしたカグヤの口から変な息が零れた。
あの病人っぷりからは想像もできないような可愛い声が辺りに拡散されたことで、周囲に居た他のアバターが一斉に振り向く。店長のソプラノ声の時とエライ違いである。
「どしたのカグヤちゃん?」
「せ、せんぱ、・・・・これ・・・・・」
「んえ?えぇっとぉ・・・・・・ぶふぉぁッッッ!!!!????」
カグヤが震える指の先にあったカードを覗き込み、思い切り吹き出すセツラ。そんな噴出しっぷりを見たレッドワーフが「どした?」と、同じようにカードを覗き込む。そして彼もまた一瞬でサクヤが噴出した理由が分かったのだった。
指さされた先にあるカード。
灰色の長髪をなびかせて数々の魔法陣を背中に展開している霊気のようなオーラで包まれた女性。
強く、慈愛に満ちた目をしており、洗礼を受ける際に着る白い服を着ていた。
そう、それは【冒険者】テーマのURカードの中でも屈指の封入率の低さを誇るカードである、
『奇跡と奇蹟の大聖女 シフル』だったのだ。
「うはぁ・・・・めちゃめちゃ可愛い~~~!!」
今さっきまでの床に落ちた生鮮食品のような、食品廃棄物テンションは何処へやら。カグヤは当たった『奇跡と奇蹟の大聖女 シフル』に頬ずりをしていた。それはもう子猫を愛でるかのように、だ。
「まさか最新版の【冒険者】のURを引かれるとは・・・・」
店長が半ばドン引きしつつ、感心したようにカグヤを見る。
このVRTCGにはカードのレア度と言うものが存在する。
下から順に紹介をしよう。ついでに強さも。
ノーマル(N):出やすい。普通の強さ。
レア(R):まぁ出やすい方。ちょっと強い。
グレイトレア(GR):ちょっと出にくい方。まぁ強い。
スーパーレア(SR):出にくい方。普通に強い。
ハイパーレア(HR);出にくい。強い。
ウルトラレア(UR):出にく過ぎる。馬鹿強い。
ゴッドクロス(GX):過剰に出ない。自己完結の強さ。
ユニオンクロス(UX):ヤベェ。永久機関から余剰エネルギー出る。
これがカードショップで売られているパックから出るレア度の階層である。
他にも大会に参加することで得ることが出来る限定パックも存在するが、此処では割愛する。
そんなURのカードにハートを浮かべて愛でているカグヤにセツラが話しかけてきた。
「カグヤちゃん、せっかくURが当たったんだしぃ”UW”しない?」
「え~~、う~~んめんどくさ~~~い」
「めんどkッッ!!・・・・言うようになったのこの小娘ぇ・・・・」
セツラの顔面が一瞬般若に変わった気がしたが、多分気のせいだろう・・・。美少女があんな麻薬中毒者もビビって逃げ出す顔面をするはずがない。
セツラはすぐにいつもの優しい顔に戻り、そっとカグヤに声を掛ける。
「その子、カードゲームで三次元にしてもっと見て見ない?イラストには描かれてない声や後ろ姿も見ることが出来るよぉ」
「みょッッ!!?」
「う~ん、でもぉ二次元で満足しちゃってるカグヤちゃんには世界の半分しか知らなくてもいいよねぇ?」
「えぇッ!?やだやだ!見て見たい!!」
カグヤに背を向けて残念そうに語るセツラにカグヤが泣きついて駄々をこね始める。
そんなカグヤの行動にセツラの顔面は「引っかかったぜぇ」と、なんか水戸黄門あたりの時代劇で出てくる悪徳領主のような顔面をしていた。
「でもぉ、カグヤちゃんは”UW”なんてしたくない。シフルちゃんの三次元見たくないもんねぇ?」
「そ、そんなことない!むしろ見たい!シフルちゃんの後ろ姿見たいもん!!」
「じゃぁ”UW”する?」
「する!!」
「なら早速ゲームをしに行こう!」
「うん!!」
半泣き状態でセツラの手中にどんどん収まって行くカグヤを見ながら、レッドワーフはデッキ内容を見ながらボソッと、自分にだけ聞こえるように呟いた。
「聖歌チョロ過ぎるんだよなぁ・・・」
レッドワーフがデッキにスペシャルパックで引いたURを入れると同時にセツラからお声がかかった。
「レッドワーフ君。カグヤちゃんの相手をしてあげなさい」
「えぇー、セツラ先輩が相手してあげればいいじゃないですか。心にもない言葉で相手を喜ばせるの得意でしょ?」
とてつもなく嫌そうな顔をしながら、とても先輩に対してする発言ではない発言がレッドワーフの口から晒される。だがしかし、セツラはセツラで涼し気な表情でそれを聞き流して命令する。
「部長命令です。カグヤちゃんにバレない程度に持ち上げなさい」
「なんちゅー権限乱用だ・・・。断れないじゃねぇか・・・・」
「分かったやりますよ」と、半ばなげやりな態度と言葉遣いでレッドワーフが立ち上がる。
やはりこの男も部長命令の前には無力だったようだ。・・・カッコ悪い・・・。
死んだ魚の目を更に腐らせたレッドワーフがとても楽しそうな二人の後を追って出ると言う、なんとも奇妙な光景が出来上がったのだった。