決着
魔法陣を通して現れたのは二本のねじくれた角を持つ巨大な龍だった。その眼には正気は無く、赤黒く光る眼、常時塞がれた口の隙間からは黒い瘴気が二酸化炭素のように吐き出されていた。身長的な問題もあるとは思うが、その巨体も相まって恐怖感がVRで再現される。
そのあまりの邪悪さに観衆も解説実況も黙ってしまった。無理もない。観衆が想像していた像を軽く踏み潰されたからだ。
Text――――――
『暴走龍 ガギリガリオス』
種族:ドラゴン
コスト:MP3 パワー:8000
特殊効果:『積年の憤怒』:このカードが召喚された次のターン以降にこのキャラが攻撃する時、このカードの打撃力+3する。
――――――――
そして沈黙する事数秒―――、
「なぁぁんんっっっっとぉおおおお!!!ここでエトワール選手、このデッキの中に入っている切り札を出してきたぁあああああああああああああ!!!!!!!!!」
「声可愛いのにやってることが極悪非道・・・・」
シズリは感激し、アオイはボソッと悪口を言う。マイクに拾われまっせ。
まぁしかしアオイの言う事も分からんでもない。実際に萌え声、小悪魔、男の子なのにやってることは妨害に切り札最速召喚なのだから。顔こそ隠れているもののその眼には一体何が映っているのだろうか。
誰にも彼の考えてることは分からないと言うのに、更にエトワールは初見さんが見ている中、とんでもない発言を噛ました。
「俺はこのままターンエンド」
「「「「「「――――!?」」」」」」
その言葉に会場にいる全員が凍り付いた。解説も実況も、なんなら対戦相手のグレイシアまで口をパクパクさせている。
そりゃそうだろう。どう考えたって相手の場にはキャラがおらず、今こそ絶好の攻撃チャンスなのだと言うのに、彼は”出しただけ”で引き下がったのだから。まるで何かを警戒するような、それでいて何かを狙っているような―――、
しかし、グレイシアはその行動に強く奥歯を噛む。それもそのはず、彼の手札には暴走龍を返り討ちにするための対抗魔法があったのだから。
そんなことを考えてるなんて実況達は気づいていないのだろう。未だにエトワールの行動の意味が分かっていなかった。
「え!?うぇ!?な、なななな、何と、ターンエンドしてしまいました・・・・」
「おかしいですね。あのデッキにはループ勝利や永久妨害、コンボ攻撃が出来ないように仕組まれたデッキ・・・、もしかして上層部すらも把握できなかったコンボが・・・・?」
あわあわと眼を回しながら実況をするシズリ、そしてエトワールの行動の意味を探すアオイ、そして未だに状況が呑み込めていない観衆達・・・。
そしてエトワールは言う。
「さぁどうする現代王位保持者?デッキ枚数は60枚。同名カードはしっかり4枚まで入っているが、勿論”限界突破”カードは1枚ずつしか入っていない。このデッキ制作した上層部、多分「別の環境テーマどうしで掛け合わせたらバランス崩れるだろう?」とか思いながら組んだだろうな」
どういう表情なのか、全く分からないながらも言えることはエトワールは、まるで相手に対して尋ねているかのような口ぶりだと言う事だ。煽ってもおらず、分かっていないと言う訳でもない。半信半疑のスタイルで相手に確認を求めているのだ。
その問いにますますグレイシアは心中に疑問が湧く。湧きながらも―――、
「我がターン、ドローだ!」
態度では絶対に譲らない。その精神でカードを引く。
そして―――、
「我はMP1を支払い『闘魂戦士 グラ』を、更にコスト無しで『月光の影 零譜』を召喚する」
魔法陣から顕現するは上半身に筋肉の鎧を付けた拳士、そして全身が影で包まれた逆手剣を持った忍者だ。
Text――――――
『闘魂戦士 グラ』
種族:人、戦士
コスト:MP1 パワー:5000
特殊効果:このキャラが出たターン中、このカードの打撃力+1する。
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Text――――――
『月光の影 零譜』
種族:人
コスト:無し パワー:6000
特殊効果:無し
――――――――
「おぉ―――っと!!ここでグレイシア選手、盤面を展開してきました!!」
「これでパワー合計11000、ガギリガリオスを倒せるだけの数値です」
「いや!まだだ!我がMPを2払いアイテム装備『雷槍』!!」
グレイシアがカードを高く掲げると、カードが光り形を持たない稲妻で創られた槍が顕現し、彼の手中に収まる。見てるだけでしびれてしまいそうになるその輝きに一部女性観客がしびれていたのはさておき、だ。
シズリが興奮したように鼻息を荒くする。
「なぁんとなんとなんと!!!!グレイシア選手、ついにアイテムを装備!しかも能力お化けだ!!」
「アイテムカードは使うことによって、デュエリスト自身がキャラと同じく戦うことのできるカードです。しかし、従来のバトルによるパワー差で破壊されることがなく、特殊なカードでしか破壊することが出来ません」
アオイがゆっくりとシズリの背中をさすりながら解説する。
Text――――――
『雷槍』
種族:雷
コスト:MP2 パワー:7000
特殊効果:自身のキャラ全ては、相手のキャラを破壊した時、打撃力分のダメージを相手に与える。
――――――――
相手キャラを破壊すればそのままダメージが通ると言う、キャラに攻撃すべきか相手に攻撃すべきかの迷いを消し飛ばしてくれる最強のアイテムの一角だ。
そんな特殊効果が武力勝りなアイテムを装備したままグレイシアは攻撃宣言に入る。
「ここで観衆達に見せてやろう!これが”UW”が”ユニオン”という単語を使っている理由だ!!我が場にあるグラと零譜でガギリガリオスに”連携攻撃”ッ!!!」
『行くぞォッ!!』
『了』
グレイシアが片手を振り上げると、その号令に従い戦士と忍者が一斉に暴走龍に走り出した。
”連携攻撃”、それはアイテムやキャラ同士が力を合わせて相手の強いキャラを倒すために作られた”UW”における戦術の一つだ。
「暴走龍のパワーは8000!そして零譜とグラの連携攻撃力は合計11000だぁッ!!」
シズリがマイクの拡声機能を通り越して絶叫する。これでは暴走龍は破壊され、エトワールには2ダメージが入ることとなる―――。
だがしかし、エトワールにとってはこれはもう既に考えの内の一つに過ぎなかったのだ。
―――上層部は”分かってて”このデッキを作った。
エトワールはそう言っていたのをグレイシアは直前になって思い出す。そして自身の手札を見て、今もう一度「相手も同じデッキ」を使ってる事実を再確認して自身の行動を後悔した。
『おおぉ!闘魂殴りぃッ!!』
『影縫いの刃!』
熱血に燃える炎の拳、そして影から形成される黒き暗器が戦場に鎮座する暴走龍に向けて放たれる。そしてそこに『雷槍』の力が合わさり、雷撃を纏った必殺の一撃が暴走龍の腹部を貫き、その衝撃そのものがエトワールに被弾する。
「・・・・・」
エトワールに炎雷を纏った暗器が刺さるが本人はまるで何事も無かったかのような顔をしている。実際、VRシステムにより痛覚や衝撃が伝わらない身体の構築になっているが、ここまで仏頂面な態度だと一周回ってなにかのバグを想定してしまう。
だがそんなことよりも恐ろしい事があった。
それはエトワールの掌に収まっていた1枚のカード。
「俺がダメージを受けた時に手札から発動する。対抗魔法『不屈の反撃魂』。俺が受けたダメージの分だけカードを引く。連携攻撃が仇になったな現在王位保持者。俺はカードを2枚引くぞ」
Text――――――
『不屈の反撃魂』
種族:戦士、ドロー
コスト:無し
特殊効果:『対抗』:自身がダメージを受けた時に発動する。ダメージを受けた数値分、自身はカードを引く。このカードは1ターンに1度使える。
――――――――
「なんと此処でエトワール選手、限界突破カードを手札に引き込んでいたぁ――ッ!!何という強運か!!しかぁし、グレイシア選手アイテム含めの3枚連携攻撃をしなかったのは正解かぁッ!!」
「限界突破カードとは、あまりに能力が強すぎるためデッキに1枚しか入れることが出来ないカードの総称です。勿論、このデッキにも数枚の限界突破カードが入っています」
シズリの言う通り、もしグレイシアが3枚連携攻撃で防ぐ手立てが少ない効果ダメージ3を与えていたらエトワールは3枚ドローを為していただろう。確かに今の結果はグレイシアも予想してい事らしく、ホッと軽く息を吐いた。
しかし、安心するのはまだ早い。エトワールの動きがまだ残っているのだから。
「更に俺のキャラクターが破壊された時、墓地からこの魔法を発動することが出来る。|対抗魔法《カウンターマジック『錯乱の霧』。相手の場のアイテムかキャラクター1枚を選び、破壊する。俺の選ぶカードは『雷槍』だ!」
Text――――――
『錯乱の霧』
種族:破壊
コスト:無し
特殊効果:このカードが墓地にあり、自身の場のキャラクターが破壊された時、そのカードを場に残す代わりにこのカードを山札の一番下に置き、発動する。相手の場のアイテムかキャラクター1枚を選び、破壊する。このカードは1ターンに1度使える。
――――――――
どこからか異次元の歪みを体現したような霧が発生した。その霧から生えだしたるは幾千もの黒の手だ。絶対に触れてはならない。生物としての本能がそう叫ぶほどには、その手たちには生物としての大事な何かが欠けている様に思えた。
黒い触手。その破壊を司る魔の手が伸ばしたのはとある少年が右手に発生させた雷の槍。そう、グレイシアの所有する『雷槍』だった。
幾千もの触手はその見た目に反し、一つ一つが持つ破壊の力は凄まじいものだった。
―――現に、グレイシアの持つ形無き雷の槍を触っただけで粉々のエネルギーの粒子に戻してしまった。
「なんとぉ―――!!グレイシア選手のアイテムが破壊されてしまいました!!せっかくのアイテムが出番なく退場!誠に残念だぁ―――ッ!!」
「その分、エトワール選手の先読みが凄いと言う事です。まさか今さっきの未攻撃も何かしらの意図があるのでしょうか・・・?」
「いや、今さっきのはただの演出だよ。本気の暴走龍の強さを見てほしいからね。現在環境トップのテーマなんだ。本気じゃない暴走龍よりも覚醒状態の暴走龍のモーションが格好いいと思うんだよ」
アオイが懸念した暴走龍の未攻撃の意図の推察をエトワールが否定し、限りなく純粋に近い答えを吐き出した。アオイや観衆達はそれで納得できるがグレイシア、そして観客席での光景を眺めていた聖歌にはそれが真実ではないと気づいた。
「(我の手札を見透かしていながらあの発言だと・・・、萌え声で可愛いのに性格は最悪。そんなキングがあの発言・・・)」
「(まるで”王位保持者”の肩書を安く見られないようにするための演出に見える・・・)」
ある意味彼らはエトワールの真意に気づいたようだった。
だがなんにせよエトワールの真意が探れたからと言って状況が一変するわけではない。グレイシアのターンは終了し、エトワールのターンに入る。
グレイシア・ヴァン・グリフ
ライフポイント:10
魔力エネルギーポイント:0
エトワール
ライフポイント:8
魔力エネルギーポイント:0→1
何も言わずにドローをし、MPを1回復した後、エトワールはふっと黒フード上からでは分かりにくく笑みを浮かべた後、8枚の手札から更に3体のキャラクターを場に出した。
「俺はMP1を支払い『闘魂戦士 グラ』、『月光の影 零譜』を2体を召喚する」
三つの魔法陣から顕現するのは先ほどグレイシアが使っていた戦士のキャラと、忍者のキャラだ。
「そ、総合打撃は脅威の8・・・・ッ!!これ全てが決まってしまえばグレイシア選手の残りライフは2となってしまいます!!」
「やはり環境テーマの暴走龍は1枚でも俄然強力ですね・・・」
アオイが息を呑み込んでそういう”暴走龍”。このテーマは自身のライフやMP、手札やターンを消費することで火力を上げに上げる脳筋デッキだ。そしてこの模擬戦争用に入れられたカードの暴走龍の覚醒条件は”ターン消費”。一番場に残りにくく、基本暴走龍に置ける活用方法は壁だ。
だがしかし、このデッキでは最強の打撃役となる。
エトワールは早々にキャラクターを出すと攻撃宣言を行った。
「まずは零譜2体でデュエリストに攻撃」
『『了』』
「ぐぅッッ!!」
2体の零譜の攻撃がヒットし、グレイシアが呻く。実際に外傷や痛覚は無いが、やはり現物のような生物が攻撃を加えてくると言うのはある種の恐怖があるのだろう。恐怖とは時折人類の錯覚で本当に痛みを与えてくるのだ。
本VRTCGでは正にその恐怖感による痛覚を上手く出していると思う。
だがまだエトワールの攻撃は終わっていない。
「グラでデュエリストに攻撃。効果によって、グラの打撃は2だ」
「させるかぁッ!『即退場の落とし穴』発動!グラを破壊する!」
Text――――――
『即退場の落とし穴』
種族:破壊
コスト:無し
特殊効果:『対抗』:このターン中に登場したキャラが自信を攻撃する時、そのカードを破壊する。
――――――――
本来は暴走龍を駆除するために使われるはずだったグレイシアの魔法。そのカードを先に見こしたエトワールによって使い道を見失ったと思えたが、今正にその真価を発揮したのだ。
『我が熱血の拳をしかと受け止めy』
グラの気合の入った掛け声が途中で抜けた。それはそのはず。真下にぽっかりと穴が開いたからだ。
『なぁ――――――』
グラの声が真下から上に突き上げるように響く。未だ何が起こっているのかよく分からなかったようだが、更に追い打ちをかける魔法を唱える。・・・・エトワールが。
「対抗魔法『受け継がれる闘気』。自身の場に居る『闘魂戦士 グラ』を自ら破壊して『即退場の落とし穴』より先に効果処理をする。俺の場に居る暴走龍はこのターン中、”2回攻撃”を得る」
『我が闘気、しかと受け止めよ!!』
落とし穴から威勢の良い声が響き、赤い闘志が暴走龍の身体を包み込んだ。出たかと思えば落とし穴に落とされ、訳分からないままエトワールの魔法の贄にされるグラ。それでも戦士としての本質を忘れず、闘気と栄気をささげた彼が一番のMVPだろう。
Text――――――
『受け継がれる闘気』
種族:戦士、強化
コスト:自身の場のキャラクター1枚を破壊する。
特殊効果:自身の場のキャラクター1枚を選ぶ。選ばれたキャラはこのターン中『2回攻撃』を得る。
――――――――
「なななななんとぉ――――ッ!!!エトワール選手!対抗魔法に対抗魔法で応戦んんんんん!!!しかも暴走龍が驚異の2回攻撃だぁ―――ッ!!」
「対抗魔法同士がぶつかった時は後に出した対抗魔法の効果から先に処理するルールがあります。これにより、グレイシア選手の『即退場の落とし穴』は不発に終わりました」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!!!!!!!」」」」」
観衆から盛大な拍手と称賛があふれ出した瞬間だった。あらゆるアバターが立ち上がり、驚愕の頭脳プレーに喜びの声を上げていた。
「そう来るか・・・」と、聖歌も自然と頬を紅潮させていた。
「君がそう来ると信じていて正解だったよ。起死回生の一手である”あのカード”なら、俺の場に居る暴走龍も軽く封じ込めることが出来る。あれには”ライフを必要とするからね”。少しでもライフは残しておいた方が良かった。そう思ったんじゃないかな・・・?」
「・・・・・くっ、正解だ」
エトワールの確認の質問にグレイシアが悔しそうに頷く。
「コレで最後だ。2回攻撃を得た『暴走龍 ガギリガリオス』の攻撃、デュエリストに4ダメージのダイレクトアタック!」
『グゥオオオオオオオオオオッッ!!!』
エトワールの攻撃宣言に打撃を司る暴力の塊が動き出した。黒い炎と共に吐き出される瘴気、そして破壊と殲滅を目的とした憎悪に染まった四つの眼。
―――深紅のオーラと黒いエネルギーを全解放し、真っ黒な力を携えて―――、
戦争を終結させる剛腕が振り下ろされた。